サンダウンは、そのままマッドを押し倒した。




  少し顔を離し、マッドを見下ろすと、マッドの白い頬が少し赤くなっている。微かに肩で息をし
 ているが、けれども呼吸が困難であった為だけではないようだ。
  顔の赤いマッドを可愛いと思いながら、その顔中に口付けを落としていると、マッドは擽ったそ
 うに身を捩った。
  米神に口付けながら、そろそろと黒い後頭部に腕を差し込み、もう一方の腕は腰を引き寄せて拘
 束すると、戸惑ったような声が聞こえてきた。

 「おい、待てよ。」

  黒い眼が忙しなく、逃げ場を探すように彷徨っている。普段は獲物を追い詰める肉食獣のように
 獰猛な光を湛えているのに、今はまるで、追い詰められた小動物のようだ。
  マッドの白い手がサンダウンの胸を突いて、押し戻そうとしている。が、そんな力はサンダウン
 の前ではないものに等しい。マッドよりも体格が良く、そしてマッドよりも強いサンダウンの特権
 である。
  なので、サンダウンはマッドの抵抗など無視して、その身体の線をなぞる。マッドが、ふるり、
 と身を震わせた。震えた黒く長い睫毛には、小さな光が降り積もっている。
  細い首筋に顔を埋めると、く、と息を詰めたのが分かった。抱き寄せている腰も、女ほどとは言
 わないが、細い。掌も指先も、少し力を込めれば折れてしまいそうだ。それくらい、マッドの身体
 つきは繊細だ。こうして、自分の腕の中に入り込むまで、無事であった事が不思議なくらいだ。
  けれども、この身体には賞金稼ぎの頂点としての責が圧し掛かっている。
  金で動く賞金稼ぎは、けれども果たしてそこに真があるかを見極めねばならない。それを怠り、
 殺すべきでない人間を殺した場合には、それらは全て賞金稼ぎに跳ね返ってくる。保安官のように、
 街の治安を愚直に守れば良いわけではない。それに保安官は法で守られているが、賞金稼ぎには守
 ってくれる法はない。 
  自らを守りつつ、けれども真偽を見出し、時には法に逆らって銃を抜く。
  けれども、そこに、悲痛さはない。マッドが自分の立場について悲痛さを物語った事は一度もな
 い。楽譜に触れる事ができた過去があったとしても、その過去から遠く離れた場所にいるかもしれ
 ないのに、マッドがその事について悲嘆を口にした事はなかった。
  きっと、保安官の任でさえ全う出来なかったサンダウンには、出来ない。
  だから、時折どうしようもないほど、この若い賞金稼ぎが愛おしくなる事がある。
  繊細な身体で、サンダウンが逃げ出した物事以上のものを背負って向き合う青年が、愛しくて堪
 らない。
  散らばった黒い髪に指を差し込んで、掻き混ぜるように撫でる。そうしながら、口付けを深めて
 いくと、マッドがむずがるように身を捩る。

   「マッド………。」
 「だから、待てって。」

  マッドは抵抗を諦めていなかった。頬を赤くしているくせに、サンダウンの腕の中から逃げよう
 としている。

 「何故?」

  待て、と言われてサンダウンは何が問題なのかと問う。
  確かに自分達が成している事は、女の少ない西部では通常よりも多いとは言え、それでもやはり
 明らかに常軌を逸している行為だろう。サンダウンとて、当初はマッドをそう言う眼で見る自分に
 酷く嫌悪したものだ。
  だが、どう考えてもマッドは誰の目から見ても魅力的であるし、そもそもマッドがサンダウンを
 許した時点で今更だった。
  それに、此処には自分達以外誰もいない。小屋の扉には鍵を掛けているし、それを壊してまで入
 り込んでくるような無粋な輩もいない。それに、此処には聖母の像も、救世主の十字架も何もない。
 サンダウンは神の威光などそれほど信じていない。
  マッドが許しさえすれば、それで良い。

 「だから、飯の準備が……!」

  マッドは台所に視線を彷徨わせながら、そう叫んだ。
  そちらを見れば、なるほど、七面鳥が転がっている。しかし、確かに七面鳥は期待して楽しみに
 していたけれども、けれどもそれ以上に眼の前の獲物のほうが魅力的だ。

 「後で良い……。」
 「良くねぇ!あの七面鳥を捌かねぇと……!」

  中に香草を入れて丸焼きにしてやるのだ、とマッドは意気込んで叫ぶ。それはそれで美味そうで
 ある事は認める。だが、それよりも自分のほうが美味しそうな姿をしている事を、マッドは自覚す
 るべきである。

 「マッド、マッド………。」

  耳元で囁いて、マッドの着ているシャツに指を掛ける。綺麗な縦縞の入ったシャツはすっきりと
 して、マッドに良く似合っている。だが、その下にある白い肌のほうが、もっと綺麗な事をサンダ
 ウンは知っている。 
  まだ抵抗の気配のあるマッドの手首を掴んで抱き締める。

    「お前が、欲しい………。」

  そうして、おそらく、この世で一番強欲な言葉を囁く。
  サンダウンには、自分が強欲である事を知っていたし、そしてその欲を満たす為の力を持ってい
 る事も知っていた。
  荒野に生きる、荒野には似つかわしくない繊細で、けれども獰猛な獣を手に入れたいなど、強欲
 な人間でなければ思わないだろう。そう言う意味では、サンダウンは誰よりも人間らしいのだろう
 と思う。
  きっと、愛しいと思う事も、おこがましい。
  けれども愛を囁かれたマッドは、サンダウンの腕の中で大人しくなり、サンダウンの愛撫に身を
 委ねている。
  その身体を抱き上げて、サンダウンは白いシーツの海へと連れ去った。