自分で言いだした事なのだが、しかしそれが齎した効果の事を考えると、何だか非常に腹が立っ
てきた。腹立ち紛れに、むっつりとした表情で、すたすたと歩いていたら、慌てたようにマッドが
追いかけてきた。
マッドと一緒に訪れたのは、比較的大きな街だった。
その街は、サンダウンが想像する、ありとあらゆるクリスマスの色を詰め込んで装飾されており、
探せば何処かに大きなモミの木が飾られてあっても不思議ではない。
金銀で彩られた通りを、親子連れが行き交うのを見る度に、遠くに置き去りにした自分の本分を
思い出しそうになる。
けれども、それを見ても、今は世界から弾き飛ばされてしまったような気分にはならなかった。
それはおそらく、すぐ隣で真面目な顔をして野菜を見分しているマッドがいるからだろう。
黒い仕立ての良いコートに身を包んだマッドは、色とりどりの明かりの下で人生を謳歌し、中心
で踊っていてもおかしくない。けれども、マッドは今は大人しくサンダウンの傍にいる。それだけ
で、サンダウンは気分が落ち着く。
マッドの黒い短い髪は、クリスマスの光を浴びて毛先が震えるように煌めいている。すっきりと
通った鼻筋も艶やかに一筋の光を受け止めている。
人参と睨めっこしているマッドは、隣にいるだけで自慢になるくらい可愛らしい。そんな事を思
いながら、マッドの黒い旋毛を見ていると、マッドがむっとした表情をしてサンダウンを見上げた。
「てめぇも見てねぇで手伝えよ。」
野菜を選んでいるマッドは、選んだ野菜を次々に紙袋の中に放り込んでいる。しかしそれは、マ
ッド一人の手では持てないくらいに膨らみ始めている。それをマッドはサンダウンに見せつけ、野
菜が一杯に詰まった紙袋を押し付けている。
勿論、サンダウンにはそれを拒否するという選択肢もあった。しかし、拒否すればその途端、マ
ッドが何処かに去っていくという可能性は捨てきれない。いや、むしろその可能性は大きい。なの
で、サンダウンはマッドが押し付けてくるがままに、それを受け止める事にした。無言で紙袋を受
け止めたサンダウンに、マッドが特に嬉しそうな表情もしなかった事が気にならなくはないが。
両手の空いたマッドはといえば、次に肉屋へと向かっている。
ローストチキンでも作るのだろうか。サンダウンはなんとなく、わくわくとしながらマッドの後
を追いかける。別に、ローストチキンを期待しているわけではないが、クリスマスの時期の肉屋に
ローストチキンを想像しないのは無理と言うものだ。因みに、期待と想像は違う。
「………あんた、気味悪いぞ。」
サンダウンの視線に何を感じ取ったのか、マッドはちらりと肩越しにサンダウンを見て、ぼそり
と呟いた。
「やる事ねぇんだったら、その野菜、馬にでも積んでこいよ。」
まるで、追い払われているように聞こえた。だから、むっとしてその場に立ち尽くしていると、
マッドが小さく溜め息を吐いた。
「あんた、この後、店を見て回りてぇんだろ。だったら、それは邪魔だろうが。」
なるほど。
マッドの言葉に、サンダウンはあっさりと頷いた。確かに、店を見て回るには、大量の荷物は邪
魔だ。サンダウンは、いそいそと荷物を馬に積みに向かう。
背後で、マッドがもう一度、大きく溜め息を吐いた事にも、気付かない。
そうして、いそいそと肉屋の前に戻ってきた時、マッドの手には紙袋がぶら下がっていた。一体、
何を買ったのか。鶏か、七面鳥か。
魂を盗もうと窺い見る悪魔のように、紙袋の中身を覗き見ようとするサンダウンに対して、マッ
ドは些かの慈悲も与えなかった。つまり、中身が何の肉なのか、教えようとしなかった。別に、教
える必要もないのだが。
「さっさと行こうぜ。」
ふい、と顔を背けて、マッドはさっさと行ってしまう。その後を追いかけながら、サンダウンは
マッドの手の中にある袋から視線を逸らし、マッドの手そのものに眼を向ける。
マッドの手は相変わらず繊細だった。
西部の荒くれた男とは比べ物にならないくらい、細く、白い。良く良く見れば傷なども多いが、
それを差し引いても、やはり秀麗だ。指一本一本、爪の先まで切り出された彫刻のよう。
その手を握り締めたい衝動に駆られたが、流石に此処でその行動はまずいだろう。人目が多すぎ
る。代わりに、その手に似合うものは何なのかを考える事にする。そしてそれこそが、サンダウン
が店先を見て回りたいと言い張った理由でもある。
マッドへのクリスマスプレゼントは、もう買ってある。それはソファの隙間に隠されている。
だが、よりマッドに似合うものを買いたいと思うのが、普段マッドに奢って貰ってばかりの賞金
首の考えだった。
もちろん、マッドの姿はいつでも思い浮かべる事が出来る。乾いた荒野の中で、マッドの全てを
呑み込んだ混沌の黒は非常に目立つし、その魂の形は存在そのものが稀有だ。忘れようと思って忘
れられるものではない。
けれども、それでも、より、その魂の形に見合うものを、と望んで、マッドをその場に連れ出し
たのだ。
繊細さと、獰猛さを内包した白い指。
その白い指に、彼の黒い愛銃以上に似合うものは一体何か。
それを、ずっと考えている。
マッドならば、どんな物でも似合うだろうと思う。七面鳥だろうが、赤い薔薇だろうが、象牙の
箱だろうが、ガラスの手袋だろうが、きっと全てがマッドを彩る為に煌めくだろう。けれども、そ
れらの中で一番マッドの魂に近いのは何なのか。
店先で煌めく貴金属の全て、それらよりも、マッドの魂の形に一番収まる物は。
「あ………。」
店先をちらちらと覗き込んでいたマッドが、小さく声を上げた。そうして、ゆっくりと伸びた白
い指。思わずその先を見れば、そこにあるのは上品な色合いで散らばる紙切れ――いや、そこに規
則正しく、けれども細かく刻みこまれたインクの染みは、はっきりとサンダウンには分からない音
を示している。
それは、まるでマッドの指に吸い付くかのように、ぴったりとマッドの白さに寄り添った。
確かに西部にもあるにはあるが、けれどもそれほどまで馴染みがあるわけではないその上品な紙
は、サンダウンにとっても縁がないものだ。
それが、マッドの魂にすっぽりと収まるのを見て、サンダウンは何故か酷く動揺した。
他の何かだったなら、それほどまでに動揺しなかっただろう。けれども、マッドの過去を垣間見
せるようなそれは、駄目だ。その刻まれた黒い染みが読めるという事は、マッドの過去が何処に位
置していたのか、僅かなりとも見えてしまう。
楽譜に指を這わせているマッドの眼から、一瞬、荒野も賞金首も何もかもが遠ざかり、サンダウ
ンのいない何処かが映ったような気がした。それを見て、サンダウンはひやりとする。先程まで、
マッドの傍にいて、落ち付いていた心が嘘のようだ。
いけない、と思った。
このまま、マッドを見ていたら、醜い魔王が腹の底から湧き上がっていきそうだ。不安と嫉妬を
抱えて、世界から弾かれてしまう。
マッドから視線を引き千切るように離し、出来る限り平静を装って告げる。
「……帰るぞ。」
声は、マッドには普通に聞こえただろうか。マッドが、怪訝そうに顔を上げるのが、気配で分か
った。それに背を向け、さっさと一人で歩き出す。
「おい………!」
マッドが慌てるような気配がした。がさごそと音がして、マッドが追いかけてくる。その事に安
堵しつつも、サンダウンは歩みを止めない。
「キッド、待てよ!」
ばたばたとマッドが足音を立てる。それと同時に、肉の入った紙袋もごそごそと音を立てる。
「待てって言ってんだろ!」
駆け寄ってくるマッドの手が伸びて、サンダウンの腕を掴んだ。そしてぐい、と引っ張られる。
それに従って振り返ると、マッドが怒ったような顔をしていた。
「何なんだよ、てめぇは。店を回りたいっつったのは、あんただろうが。」
「もう、良い。」
欲を出して、魂の欠片なんか探すんじゃなかった。魂の欠片がサンダウンから遠ければ遠いほど、
サンダウンが世界との差を感じるだけなのに。マッドの過去が、サンダウンと似通っている保障な
ど何処にもなかったのに、何故それを望んだのか。
後悔するよりも、自分の行動の愚かしさに、腹が立つ。
苦々しいものが込み上げて、サンダウンは再びマッドに背を向けて、歩む脚を速めた。