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塒の中には何もなかったので、マッドは買い物に行く事にした。
小麦粉と干し肉と野菜屑。
それが、塒の中にある食料の全てだった。あとは、マッドが作ったナッツとドライフルーツ入り
のパンと、サンダウンが抱え込んでいる元ケーキである。元ケーキについては、サンダウンがもそ
もそと口の中に詰め込んでいるので、もうすぐしたらなくなってしまうだろう。
酷く真面目な顔をして、崩れたケーキと向き合っているサンダウンは、放っておいたらそれを抱
き締めてしまいそうなくらい、熱い眼差しを壊れたホイップクリームに注いでいる。
その眼差しを不気味に思うよりも、何だか気恥ずかしいような気がするのは、きっと気の所為だ。
マッドは自分にそう言い聞かせ、何を買うのかを紙に書き出していく。
そして、あらかた書き終えた時――その内容がクリスマスを意識している事には眼を瞑る――ケ
ーキに熱い眼差しを注いでいたサンダウンが顔を上げた。
「行くのか?」
そう言って、そわそわとポンチョと帽子をかぶり始めたおっさんは、明らかにマッドの買い物に
ついてくる気のようだった。
一体、マッドに何を期待しているのか。よもや、恋人同士っぽくクリスマスの買い物に行きたい
とか思っているのではなかろうな。或いは、マッドがこのまま再び何処かに行ってしまう事を恐れ
ているのか。その両方かもしれないし、そのどちらでもないのかもしれない。
サンダウンの思惑を考えれば、なんだか凄く恥ずかしい話になりそうな気もするので、マッドは
深く考えない事にした。
「ああ。なんにもねぇから、買い置きしておかねぇとな。」
殊更素っ気なく言ったにも拘わらず、何故かサンダウンは嬉しそうだ。心なしか。
そんなに、マッドと一緒にいるのが嬉しいのか、どうなのか。
昨夜、ぴったりと張り付いて離れなかったサンダウンの事を思い出し、マッドは慌ててそれを頭
の中から追い払う。そんなもんを思い出しても何の得にもならない。
そんなマッドの前で、サンダウンは出かけるのを今か今かと待っている。子供か、お前は。
下手をしたら、マッドを引き摺って、そのまま馬の前に乗せて背後からマッドを抱えるようにし
て馬を走らせそうなおっさんに、マッドはそれは避けねばと思い、必要品を書き留めた紙を持って
自分もコートを羽織る。その様子を、何故かサンダウンがじぃっと見つめている。
そして、こそこそと近寄ってきて、マッドの肩越しにマッドが手にしている紙を覗きこもうとす
る。
「なんだよ?」
「いや………。」
ぼそぼそと呟いて離れていくサンダウン。どうやら、マッドが何を買おうとしているのかが気に
なっているようだ。もしかしたら、サンダウンの中では壮大なクリスマス計画が組みたてられてい
るのかもしれない。
まさか、クリスマス・ツリーが欲しいだなんて言わないだろうな。
以前、恐ろしい面持ちで想像した想像が、再びマッドの頭の中で勃発し、急いでサンダウンに釘
をさす。
「言っとくけどな、今日買うのは食料品だけだからな。他のもんは買わねぇぞ。」
なんでこんな事言う必要があるんだ、と考えながら、マッドはそれでもクリスマス・ツリーを飾
る事だけは阻止しようと言い募る。男二人がクリスマス・ツリーを飾りたてるなんて事、考えただ
けでも、うすら寒い。
けれども、サンダウンは何故かしつこかった。
「……別に、店先を眺めるくらい、良いだろう。」
なんだ、それは。
完全に、一緒に買い物がしたんですと言わんばかりの口調に、マッドは頭を抱えたくなった。サ
ンダウン・キッドとは、こんな男だっただろうか。
「なんでだよ。なんか欲しいもんでもあるのかよ。」
意を決して、クリスマス・ツリーなんていう答えが出ない事を祈りながら、マッドはサンダウン
に問うた。
すると、サンダウンは、別に、という全ての解答を投げ出すような答え方をした。
「だったら良いじゃねぇか。」
「そっちこそ、店先を見るくらい、構わないだろう。」
何故か一歩も退かないおっさん。いや、よくよく考えてみれば、サンダウンが退いた事など、今
まで一度たりともなかった。頑固なのだ、このおっさん。
「言っとくけどな、モミの木なんか買わねぇからな。」
「……そんなもの、いらん。」
マッドが、最終手段と言わんばかりに、その言葉を口にすると、サンダウンは何を言っているん
だ、という顔をした。そんな言葉一体何処から出てきたのか、と言うような。
違うのか、と拍子抜けしたが、まだ安心は出来ないと思い、念の為に続ける。
「電飾も買わねぇし、オーギュメントも買わねぇぞ。」
「いらん。何故そんなものを買わねばならんのだ。」
サンダウンの顔が、凄く呆れている。他の人間には無表情にしか見えないだろうが、サンダウン
は、今、凄く呆れた顔をしている。
「もしかして、お前は、それが欲しいのか……?」
「いらねぇよ!」
恐る恐る問い掛けられ、マッドは間髪入れずに怒鳴り返した。
しかし、サンダウンは食い付いてくる。
「……そう言えば、何処かの街には巨大なモミの木を飾っている所があると聞いたが……それが、
見たいのか?」
「違うっつってんだろうが!」
放っておいたら、食料品を買いに行くだけの話が、デートコースを見て回る話になりそうだ。
それを阻止するべく、マッドは遂に折れた。
「分かった!店先見るだけなら、かまわねぇ!これで良いんだろ。」
「ああ。」
しかし、サンダウンは続ける。
「だが、お前は良いのか?ツリーを見なくて。」
「誰も見たいなんか言ってねぇ!」