マッドは、もそもそとベッドの中から這い出した。
その際、がっちりと腰を掴んでいるおっさんの腕の中からも抜け出さなくてはならないので、朝
のベッドから抜け出すのは、非常に難易度の高いミッションである。
珍しい事に、サンダウンと一緒に過ごした夜なのに、身体は何処も痛くない。
久しぶりの夜の逢瀬の場合は、サンダウンは丁寧ながらもしつこくねちっこい攻め方をしてくる
のだが、昨夜は行為そのものよりもマッドを腕の中に抱き込む事に感慨深げだった。だから、行為
は至って穏やかで、マッドにはサンダウンの問い掛けに答える余裕もあったくらいだ。
ゆったりとマッドを抱きながら、サンダウンは髭面をマッドの頬に擦り寄せながら囁いた。
「……明日の、朝ご飯は?」
その声に、何処となく甘えた気配があったのは気の所為か。
最近、なんとなく思うのだが、サンダウンはマッドの前でのみ、色々と手を抜いているような気
がする。着替えをそのまま放置しておく事だとか、食事が出てくるまで何もしようとしないところ
だとか。
まさか、マッドの知らないところでも、そんなふうに生きているわけではあるまい。食事など、
生活の根本なのだから、少なくとも自分でなんとか見つけ出しているはずだ。
が、マッドの前ではその基本の生活機能すら発揮しないのは、何故だ。
すりっと擦り寄ってくるおっさんは、性欲以外の欲望を、自分からぶつけてきた事はない。要す
るに、マッドの前でだけは、完全なヒモである。
そのヒモは、昨夜、くすぐったくなる様な行為の真っ最中に、囁いてきたのだ。
「朝ご飯………。」
「うるせぇなぁ……。」
普段とは全く違う、まるで羽毛に触れられているかのような行為に身を捩りながらも、マッドは
答えた。
「いつも作ってやってんだろうが。別に今更いちいち聞く事でもねぇだろ。」
マッドはサンダウンの好みなど知らない。それに食事を作る時、サンダウンのリクエストを聞い
てやった事もない。サンダウンに食事を施してやっているのは、あくまでマッドが食事を食べるつ
いでであって、別にサンダウンの為に作っているわけではないのだ。だから、サンダウンのリクエ
スト何かを受け付けてやるなんて、そんな事はする必要はないと思っているし、サンダウン自身、
これまでマッドにリクエストを言ってきた事はないのだ。
けれども、サンダウンはしつこく、マッドの身体を弄りながら、明日の朝ご飯はなんだと聞いて
くる。
あまりのしつこさに、マッドはサンダウンの腕を掴んで行為を中断させて、忌々しげにその髭面
を睨み上げる。
「なんなんだよ、てめぇは。何か食いたいもんでもあんのかよ。」
だったら、そう言いやがれ。
そう言うと、サンダウンはマッドの首筋に顔を埋めてきた。そして、違う、と呟く。そう言う意
味で言ったわけではない、と呟く。
では一体なんのつもりか。
なかなか本音を言わないサンダウンに、マッドは苛々とする。適度な駆け引きは確かに好ましい
が、マッドはもともとはまだるっこしい事は嫌いだ。それにサンダウンの場合、駆け引きというよ
りも、言語障害ではないかと思うくらい本音を言わないのだ。
「おい、キッド。」
「……聞いてみたくなっただけだ。」
苛々と声を上げたマッドの声に、サンダウンの声が重なった。
「もう、お前以外に聞く相手はいないから。」
その声は、特にどんな色も含まれていなかった。ただ、心の端から溢れたものが、偶々零れ落ち
てしまっただけのようだった。
ただ、それでもその一言に重きが置いてあるように思えたのは、それが寡黙なサンダウンが零し
た声音だった所為か。もしもこれが、ただ駆け引きの為だけに零した言葉であるとすれば、あまり
にも感情が籠っていなく、けれどもやはり酷く相手の心を貫くが故に、サンダウンを底意地の悪い
人間だと思うだろう。
底意地が悪いのか、それとも本心だったのか。それさえも悟らせない男は、マッドの首筋に顔を
埋めたまま、再び呟いた。
「マッド……明日の、朝ご飯は……?」
その問い掛けに、マッドは白状する。
「まだ、何も決めてねぇよ……。明日、保管庫を見て決めるつもりだった。」
だから、とマッドは続ける。
「あんたが食いたいもんがあれば、さっさと言え。」
それを聞いたサンダウンが、小さく笑った気配がした。首筋で震える髭が、くすぐったい。顔を
上げたサンダウンは、マッドの耳元に口付けると、低く呟いた。
「……お前の作るものならば、どんなものでも。」
翌日。
炒めたソーセージとキャベツと人参の千切りを見つけたサンダウンは、もぎゅもぎゅとそれを口
に詰め込み始めた。