サンダウンが眼を覚ますと、香ばしい匂いが漂ってきた。そして、昨夜腕の中に抱き込んで寝た
 はずの、黒い賞金稼ぎの姿がなかった。
  のそのそと起き上がって、その姿を探すと、黒髪がひょこひょこと台所で跳ねているのを発見し
 た。香ばしい匂いもそこから漂ってくる。ふんふんと鼻をうごめかせて、本日のマッドの匂いは、
 この匂いなのか、とマッドが聞けば顔を顰めそうな事を考えた。
  そして、そんなサンダウンの考えを読み取ったわけではないだろうが、顔を上げてサンダウンを
 見るマッドの眼差しは、酷く怪訝そうなものだった。
  なんだよ、と口を尖らせたマッドに、何でもない、とサンダウンは首を横に振る。サンダウンと
 て、何を言えばマッドの機嫌を損ねるか、全く知らぬというわけでもない。此処でマッドの匂いに
 ついて言及すれば、今までの経験から言ってマッドが白い眼でサンダウンを見る事は分かっていた。
 その理由までは分からないとしても。
  なので、理由は分からないとしても、マッドの匂いに関しては黙っておくべきだと考え、代わり
 に匂いの原因を探る事にした。その為に、マッドをじぃっと見つめると、マッドが非常に面倒臭そ
 うな表情を浮かべる。

 「だから、なんなんだよ。」

  さっきからこっちを見やがって。
  落ちつかねぇよ、とマッドが煩げに呟く。その頬が、ちょっぴり赤い。それについては言及すべ
 きだろうか、とサンダウンは一瞬考えたが、赤いマッドが逃げてしまうのもおもしろくないので、
 黙っておく事にした。代わりに、無難に匂いについて言及する。

 「この匂いは………?」

  香ばしい、マッドの匂い。むろん、マッドの匂いであるとまでは言わなかったが。
  すると、サンダウンの心底までは読み取れなかったらしいマッドは、視線をちらりと自分の手元
 に指し示す事で、答えとした。
  マッドの手元にあるのは、キツネ色に焼き上がったパンだった。
  それを見て、サンダウンは、はてと首を傾げる。

 「何もなかったんじゃないのか?」

  昨日、マッドは材料がほとんどない的な事を言ってなかっただろうか。だから、昨夜の晩ご飯も
 非常に質素だったのだが。

 「小麦粉はあったんだよ。それと、ナッツとか、乾かした果物とかは。」

  だから、それを使ってパンを作ってみた。
  そう、無駄に器用な男は告げる。
  なるほど、昨日サンダウンの相手をせず、台所で何かしていると思っていたら、パンの種を仕込
 んでいたのか。そして、熟成したそれをたった今焼き上げたのだろう。漂う香ばしい香りは、その
 所為か。

   「シュトレンってわけにはいかねぇけどよ。」
 「しゅとれん?」

  聞き慣れぬ言葉が、マッドの口から零れ出る。それを聞き咎めれば、マッドがむっとしたようだ
 った。

 「てめぇが食いたがったんじゃねぇか。」
 「……私は、しゅとれんなるものを知らないのだが。」

  ぷくりと膨れ始めたマッドの頬に、まずい兆候だ、と思いつつもサンダウンは言わずにはいられ
 なかった。サンダウンはそんなものの名前を口にした事はない。というかその言葉を知らない。
  すると、マッドの頬は更に膨れ上がっていく。

 「てめぇは、俺にクリスマス料理をたからなかったか、ああ?」
 「む……。」

  確かに、たかった。
  という事は、しゅとれんなる物体は、クリスマス料理なのか。それならば合点が行く。

 「食いたくねぇってんなら、食わなくたって良いんだぜ。」

  むくれたマッドは、香ばしい匂いのするそれを引っ込めようとする。それをサンダウンは慌てて
 引き止めた。
  誰も、食べないだなんて、言ってない。
  マッドの手からパンを奪い去り、抱え込む。その様子を、マッドが呆れたような眼で見つめてい
 た。

 「それ、食うのか。」
 「食べる。」

  当り前だ。マッドが作ったものを食べなかった事なんか、一度もない。
  
 「そう言えば、あんた、結局あのケーキ、食ったのか。」
 「食べた。」

  マッドが風呂に入っている間に、全部平らげた。確かに形は崩れていたが、味に問題があるわけ
 でもない。そのまま全部食べた。
  それらは全て、サンダウンにとっては当然の事なのだが、ふとマッドを見ると、何だか頬が赤く
 なっている。そう言えば、サンダウンがマッドを見つめた時も、頬を赤くしていたが。その様子を
 可愛いな、と思いもしたが、それを口にすればマッドが逃げる事は眼に見えていた。
  仕方なく口を閉ざし、サンダウンは奪い取ったパンをもそもそと口に運ぶ。
  ナッツとドライフルーツをふんだんに練り込んだパンは、しっとりと甘い。日が経てば、フルー
 ツの味が徐々に生地の中に広がっていくのだと呟くマッドの言葉を聞きながら、サンダウンはとこ
 ろで、と問い掛ける。

 「買い物には、行くのか?」
 「行くさ。何にもねぇからな。」

    そうか、とさくさくパンを食べながら、今晩のご飯は何になるのかな、と考えた。