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マッドは意外と大人しくサンダウンについてきた。
あんたの服まだちょっと湿気てるぞ、とぶつぶつ言いながらも、マッドはサンダウンに手を引か
れるままついてくる。
もしも、これがもう少し大きな街での出来事であったなら、サンダウンとしても二人で店でも見
て回ったりするのだが、生憎と昼間でも対した人通りを望めない町では、そんなデート紛いの事は
望めない。それならば、早く小屋に戻って、二人っきりでゆっくりとするのが得策だ。
そう思ったサンダウンは、マッドの言った通り、少し湿気ている服を着こんで、昨日来た道を引
き返している。
幸いにして、雪は積もるほどではなかったらしく、薄暗い雲が通り過ぎた後の荒野は、泥に塗れ
ているものの、晴れやかな青空を覗かせていた。
帰るぞ、と言ったサンダウンに、マッドは少し微妙な表情を浮かべて、それでも自分の馬に跨っ
た。その表情と様子に、もしかしたらこのまま何処か別の所に行ってしまうんじゃないかという不
安が擡げたが、それは杞憂だったようで、マッドは大人しくサンダウンの後を追うように馬を走ら
せる。
随分と素直で、それにやけに大人しいマッドに、サンダウンは首を傾げる。
素直にサンダウンの後をついてくるのは良いのだが、どうしてこんなにも素直なのか。湿気てい
るだとかそういう事は言うのだが、それ以上の軽口は叩いてこない。普段なら、沈黙などに世界を
支配されて堪るかと言わんばかりに喋っているのに。
具合でも、悪いのか。
それとも、サンダウンに対して、まだ何か、怒っているのか。
マッドがサンダウンに対して怒りを抱く事については、思い当たる節が多過ぎて今すぐに何らか
のフォローをする事は難しい。それに、今、変に何か口走って逆効果になる事も避けたい。せっか
く、凍える荒野の中でマッドを見つけ出したのだ。せめて、小屋について、マッドが逃げられない
ように手を打ってから、聞いてみよう、そうしよう。
サンダウンは深く頷いてから、マッドがついてきている事を確かめる為に、ちらりと背後を見る。
そして、マッドがいつにない神妙な顔で――何故そんな顔をしているのが非常に気になるのだが―
―ついてきている事を確認し、ほっと安堵する。
「少し、急ぐぞ……。」
ぱかぱかと並足で進ませていたのでは、日が暮れる。
そう思い、サンダウンは後ろに声を掛けた。すると、マッドは神妙な表情を崩さないものの、頷
いた。その首肯を見て、サンダウンは馬の脚を速めた。
ちらちらと背後を時折確認しながら、なんとか日が暮れる前に小屋に辿り着いたサンダウンは、
馬から降りた後、同じようにマッドも馬から降りたのを見て、ようやく本心から安堵した。
茶色い馬と黒い馬の二頭を厩に入れ、これでマッドがサンダウンを通り越して何処かに行って
しまったりしないと確信できたような気がする。
ただし、マッドの表情はやはり何処か硬い。
やはり、まだ怒っているのだろうか。サンダウンがマッドを責めた事を。
だが、サンダウンにしてみれば、あの時は必死だったのだ。まさか、マッドがちゃんとサンダウ
ンの為にプレゼントを用意しているなんて思えるわけもなく、自分だけがプレゼントを用意したの
かと憮然としたのだ。
………。
そこまで考えて、はっとした。
しまった。自分は、プレゼントを隠さずに、思いっきりソファの上に放置してきた。せっかくの
クリスマスプレゼントなのだから、隠さないと意味がない。
思い至り、サンダウンは神妙な顔をしたマッドを置き去りにして、慌ててマッドよりも先に小屋
の中に駆け込む。いきなり素早く動いた、普段はのそのそ動くおっさんの姿に、マッドが怪訝な顔
をした事にも気付かない。
小屋に駆け込んで、ソファの前に辿り着くと、やはりそこには小さな小包と、薔薇の花束が置き
っぱなしにされていた。慌ててそれらを拾い上げ、小包はとりあえずソファの下に潜り込ませる。
後で、マッドが掃除をする前に別の場所に移動させるとして、当面は此処で大丈夫だろう。
しかし問題は花束のほうだ。こんなもの、何処に隠せるわけでもない。というかクリスマスまで
なんて悠長な事言える代物ではない。そんな事していたら枯れてしまう。いや、今も少し、萎びて
いる。
隠す場所を思いあぐねて、うろうろと部屋の中をうろついているうちに、マッドがぺたぺたと足
音を立ててやってきた。
「おい、キッド。あんた、これ置きっぱなしにしてどうするつもりだよ。捨てるぞ。」
言いながら部屋に入ってきたマッドは、ひしゃげた四角い箱を持っている。それはマッドの毛作
りケーキが入っている箱だ。中身は崩れているが。それをマッドはゴミ箱に放り込もうとしている。
それを見たサンダウンは慌てた。
「……何をする!」
「あん?何って捨てるんじゃねぇか。」
「そんな、勿体ない!」
お前の作ったものなのに。
万感の思いを込めて、そう言ったが、マッドにはあまり効果がない。
「勿体ないって……あんた、まさかこれ食う気かよ。」
どんだけ意地汚ねぇんだ、と言ってマッドはゴミ箱に放り込もうとしていた手作りケーキから眼
を離し、サンダウンを見上げた。そして、怪訝な表情を浮かべる。
「ってあんた、一体何持ってんだ。」
茶色い湿気たおっさんの手の中にある、似つかわしくない物体を見咎めたマッドの眼は、ぱかり
と大きく開いている。
どう考えてもサンダウンの手の中にある赤い薔薇に気付いた風情のマッドを見て、サンダウンは
ばれた、と思った。クリスマスプレゼント――本命のほうは幸いにして隠されているけれども――
の正体が、ばれてしまった。しかも薔薇の花束は萎れかけているという失態。こんな事になるのな
ら、柄にもなく花束なんか買うんじゃなかった。
蕾が開いて枯れるまでにマッドに逢えるだろうか、なんてとち狂った事を考えていた自分を呪い
殺してやりたい。
冷静に考えて、萎れたり枯れたりした花に、プレゼントとしての効果などあるわけがないではな
いか。
黙り込んだサンダウンに、マッドは少しうろたえたようだった。
「……なんだよ、その薔薇。」
「なんでもない。」
「ふぅん。じゃあ、これ、捨てても良いな。」
「駄目だ!」
「じゃあ、その薔薇はなんなのか教えろよ。」
ケーキを捨てようとしたマッドを止めると、マッドは意地悪く聞いてくる。ただし、その眼には
何か戸惑ったような光が瞬いている。
しばらくの間、二人は無言で見つめ合った。片方は萎れた花束を持ち、もう片方は潰れたケーキ
を抱えている。二人とも、互いの手の中にある物体を見たまま、沈黙し固まっている。
硬直を先に解いたのはサンダウンだった。
ゴミ箱の前で、ぺたんと座りこんでいるマッドの前にのそのそと行き、おずおずと赤い、萎れか
けた薔薇を差し出した。
「………お前に。」
お前の為、だけに。
跪いて、マッドの手の中に押し込んだ。