瞼の上に突き刺さる空気が冷え込んでいるのを感じて、マッドはぬるい眠りから浮上した。
  身体の周りは温かいもので覆われている為、そちらに身を委ねてしまいそうになり、外気に冷や
 された瞼もその温もりのほうに埋めようと、小さく唸って身を捩る。
  すると、身体を覆っていた温もりのほうが、ぴったりと密着してきた。次いで、耳を食む感触が
 して、マッドはぎょっとしてばっちり眼を覚ました。



  マッドの身体に抱きついて、はむはむと耳を甘噛みしているおっさんは、マッドの肩がびくりと
 震えた事に気付いたのか、耳から口を離した。代わりに、マッドの顔を覗きこむように頭を持ち上
 げている。

 「マッド?」

  眼が覚めたのか、とマッドの状況を確かめようとする男に、マッドは昨夜の事を薄っすらと思い
 出して、うぞうぞと逃げようとする。
  今、自分達は全裸だ。
  いや、全裸で抱き合う事については別に今更かもしれないが、けれども昨夜は実を言えば何一つ
 として致していない。本当に抱き合っていただけだ。身体を撫でまわされたり、口付けされたりは
 したけれども。
  何もしていない。
  が、それが逆に何だか気恥ずかしいような、そんなような。別に恥ずかしがる必要もないのだが
 けれどもマッドの心境が何故かそれを許してくれないという、なんだか微妙な状態。
  そして、マッドの心境を丸ごと無視しているおっさんは、寝ぼけているのか――この男に関して
 寝ぼけるなんていう可愛げのあるものは存在しない――マッドを抱き締めて、ふんふんとマッドの
 匂いを嗅いでいる。マッドとしては、昨日風呂に入っていないのに、匂いを嗅がれるなんて不本意
 この上ないのだが。
  ひときしり匂いを嗅いで満足したのか、サンダウンはマッドに問い掛ける。

 「……起きないのか?」

  抱き締められて匂いを嗅がれていたマッドにしてみれば、お前に抱き締められているのにどうや
 って、という思いだが、それを言い始めても意味がないので、黙っておく。代わりに、サンダウン
 の問い掛けに答える。

 「後で起きる。あんたこそ、さっさと起きりゃ良いじゃねぇか。」
 「………後で、というのはいつの事だ?」

  サンダウンはしつこい。このおっさんは、何故か、マッドを押し倒した状況下だと必要以上にし
 つこくなる。普段はあれほど淡白な顔をしている癖に。マッドの横など通り過ぎていく癖に。この
 むっつりめ。
  だが、マッドの心を読む事などした事がないサンダウンは、しつこくいつ起きるのだと聞いてく
 る。鬱陶しいおっさんに、マッドは吐き捨てるように答えた。

 「あんたが起きた後で起きる。」
 「……ふむ。」

  マッドの言葉の何に納得したのか、サンダウンはもぞもぞと身を起こす。ふわりと離れていく温
 もりに、少し身体を震わせていると、それに気付いたのかサンダウンが毛布でマッドを包み込んだ。
 再び温もりに包まれるマッド。
  マッドを毛布で包んだサンダウンはといえば、さっさと身支度を整える。昨夜、あちこちに散ら
 かしていた濡れた服を拾い上げ、乾いてんのかそれ、とマッドが疑問に思う間もなく、それを身に
 付けていく。
  そうして出来上がった、なんとなく湿っぽいおっさんは、湿気た状態でマッドの顔を再び覗き込
 む。

 「起きないのか?」

  なんだ、この、しつこいおっさんは。

 「出てけよ。そしたら起きる。」

  服着たおっさんの前で、全裸曝して服を身に付けていくなんていう逆ストリップを、なんでせね
 ばならないのか。
  そう言うと、そうか、と意外と素直にサンダウンは頷き、のそのそと狭苦しい部屋から出ていく。
  ぱたん、とドアが閉じてしまってから、マッドはもぞもぞと毛布から顔を出し、視線だけを巡ら
 せて部屋の中を見回した。昨日、此処に連れてこられた時も思ったが、なんて殺風景な部屋だ。ベ
 ッド以外には何もない。あるとすれば、脱ぎ捨てられた自分の衣服だけ。
  勿論、こんな町にちゃんとした宿なんかを望めるはずもないのだが、けれども連れ込まれた宿が
 こんな安宿である事に、薄っすらとだが憮然とする。別に、華やかなホテルに連れ込めと言ってい
 るわけではないのだが。
  そんな事を考えていると、再び部屋の扉が開いた。そして入ってくるサンダウン。入ってきたサ
 ンダウンは、まだ毛布に埋もれているマッドを見て、顔を顰めた。

 「………起きてないじゃないか。」
 「てめぇこそ、なんで戻ってくんだ!」

  サンダウンの台詞に、マッドは怒鳴り返す。すると、サンダウンは眼に見えて傷ついた表情をし
 た。

 「……戻ってこないと、お前を連れて帰れないだろう。」

  それともやはり何処かに行ってしまうつもりだったのか。
  みるみるうちに、なんだか再び恨み事を呟きそうに変貌するサンダウンに、マッドは慌てて首を
 振る。

 「そうじゃねぇ。そうじゃねぇけど………。」

  なんであんたはそんなに拘るんだ。クリスマス期間を俺と過ごす事に。
  それではまるで、恋人である事を期待されているようなものではないか。
  いや、もしかしなくても、期待しているのか。そして期待させたのは、もしかしなくても、俺か。
  あの手作りケーキはそういう意味じゃないのか、とぶつぶつと呟いているおっさんは、どう考え
 ても期待している。大いに。

 「嫌がっても、連れて帰るぞ……。」

  禍々しい気配を放ちながら、唸るように言い始めた男は、どう考えても本気だった。