マッドが呆然としている間に、その人影は大きく腕を広げてマッドを包み込んだ。
蝋燭の炎が揺れ動く教会の中で、マッドは呆然と立ち尽くしていた。その眼の前で、突然、何の
気配もなく、扉が大きく開け放たれた。
途端に、笛のような高い音が鳴り響き、身を切るような凍えた風が吹き込んでくる。黒々と開い
た闇の中で、まるで花弁のように白い破片が飛び散って、教会の床の上を滑っていく。滑って、け
れどもそのまま残る事はなく、小さな染みを残して消えるそれに、マッドが一瞬眼を向けたと同時
に、闇の中で蠢いていたものが、ざり、と音を立てた。
消えていく白い破片を、雪だ、とマッドが認識した時には、足音はまるで横たわっていた距離を
全て飛び越えたと言わんばかりに、すぐ傍で鳴り響いた。
はっとしてマッドが顔を上げた時には、ずぶ濡れの、あちこちから凍える滴を滴らせた、茶色の
滲む男が両腕を広げていた。
その真ん中で、二つの青い眼が爛々と、冷たく、しかし何か安堵を孕んで輝いている。
「………マッド。」
聞こえた声は低かった。
けれども、瞳と同じくらい、安堵に満ちていた。
そうして、広がった両腕が、マッドを囲い始める。ゆっくりとした速度のそれは、その気になれ
ば逃れられた。けれど、呆然と男を見上げるマッドは、逃走という言葉など忘れたかのように、そ
の場に立ちつくしていた。
逃げないマッドを、男の両腕は、了承と受け取ったのか、ぎゅっと抱きしめてきた。
抱擁は、酷く冷たかった。それに、湿っていて、マッドの身体にまで雪の白さが映りそうだった。
事実、頬や首筋に当たる男の髪や髭は濡れていて、マッドの顔に水の線を引いていく。
それでもマッドが身を捩らなかったのは、男の両腕が必死だったのと、男の声があまりにも心細
そうだったからだ。
「マッド、マッド………。」
何度も自分の名を繰り返す男に、地に落ちていたはずの優越感が再び頭を擡げる。投げつけたク
リスマスケーキと同じように崩れ去ってしまっていたはずなのに。
「マッド、すまなかった………。」
耳元で低く囁く声。
その声に擽られながらも、マッドは突っぱねるような声を出す。
「今更、何だよ。てめぇは一人でいるほうが良いんじゃねぇのか。俺からの憐れみなんか、いらね
ぇんだろ。」
「マッド………。」
そうじゃない、ともどかしげな声が耳元でする。
「すまなかった………。お前がくれるものは、どんなものであっても欲しいし、大切だ。」
「いらねぇっつったじゃねぇか。」
「………すまない、あれは、ただの我儘だ。」
お前が他の誰かのもとに行ってしまうような気がしたから。
囁く男の声は、いつも以上に必死さと、甘さを孕んでいる。マッドを抱き締めながら、少しずつ
唇を耳元から米神に移動させ、柔らかく口付けを繰り返す。
それでも、マッドは硬い声を出す。
「今更、何言ってやがる。どうせ箱の中身見て、慌てただけだろうが。それとも、また何かたかろ
うってのか?」
もうてめぇには何もやれねぇよ。
硬く言い放つと、サンダウンはぎゅっと、ますます強くマッドを抱き締めた。そして、構わない、
と呟く。
「お前だけで、良い。」
言葉は、切実だった。
マッド以外は何もいらないと、身体を冷たくした男は、本気でそう言っている。
「マッド………来てくれ。」
抱きつく声音に、マッドは身を震わせた。
それを誤魔化すべく、両腕に力を込め、突っぱねる。
「うるせぇな、分かったから、とりあえず離れろよ。てめぇ、冷たいんだよ。ずぶ濡れで人に抱き
つきやがって。」
湿った身体に震えた所為だと誤魔化して、マッドはサンダウンから身を離した。
ただし、突っぱねた腕の先では、指先がサンダウンの肩に引っ掛かっている。その指先をサンダ
ウンが摘まみ取り、そっと爪先に口付けた。