予想していた通り、鈍い色をした空からは、大粒の雨が降りかかってきた。
瞬く間もなく、サンダウンの茶色いポンチョは雨粒を幾つも吸い込み、焦げ茶色へと変貌した。
要するに、普段以上に小汚くなった。
視界は、降りかかる雨が巻き起こす水煙で、真っ白に染まった。けれども水はけの悪い大地は泥
塗れで、視界の下半分は茶色がかって見える。完全に湿気ているどころか、サンダウン自身はびし
ょ濡れだった。おまけに、脇を通り過ぎる風は冷たく、それが濡れた身体を凍えさせていく。放っ
ておけば、そのまま氷の彫像になってもおかしくない。
一刻も早く、何処か暖をとれる場所を見つけるべきだ。
けれども、そんな事よりも、マッドを見つけなければ。
サンダウンは、雨によって押し流されてしまったマッドの気配を、ふんふんと探る。今のサンダ
ウンには、自分が氷の彫像となる事よりも、どうやら傷つけてしまったマッドを探し出すほうが先
決だった。
サンダウンに、手作りのクリスマスケーキを投げつけたマッドの思いは、如何ほどだったのか。
マッドの気持ちなどサンダウンには推し量れない。推し量ろうとしたところで、それが成功した
事は一度もない。大体、実を言えばサンダウンなんかよりも、マッドのほうが心を隠すほうが上手
いのだ。きゃんきゃん吠える声に、一体何処まで真実が含まれているのか、サンダウンには分から
ない。
ただ、紛れもなく、クリスマスケーキをぶつけてきたマッドは、傷ついていた。傷つけたのは、
サンダウンだ。というか、マッドを傷つける事が出来るのは、マッド自身を除けば、サンダウン以
外に誰もいない。もしもいたら、その相手はハリケーン・ショットでサンダウンが粉砕している。
マッドを傷つけてしまった以上、サンダウンは何処にいても、例え一流の高級ホテルの暖炉の前
にいたとしても、それは凍えているのと同じだ。
もともと、サンダウンには何もない。サンダウンの中身は空っぽで、そもそもサンダウンは元が
氷の彫像のようだった。そこに熱を注ぎ込んだのは、他ならぬマッドだ。マッドの近くにいる時が、
サンダウンにとっては一番温もりを感じている時であり、一番人間らしい時だ。
だから、マッドがサンダウンから離れてしまっている今、サンダウンは既に氷の彫像となってい
ると言っても過言ではない。雨風による凍えなど、マッドがいない事の比ではない。
マッドがいない今、サンダウンは凍える事がどういう事かさえ分からなくなりつつある。
マッドを捜し出して、腕の中に抱き込まなければ、寒さも温もりも感じない。
けれども、鈍色の雲が暗くなり、辺りから絶対的な光の量が減少しているというのに、マッドの
姿は広い荒野の何処にも見当たらない。闇の色に近くなる辺りの景色は、星も月も雲に閉ざされて
いる故に、夜空特有の透明度がない。まるで、マッドの姿を雲が覆い隠してしまったようだ。
ずぶ濡れになりながら、冷え切った荒野を彷徨う。
もしかしたら、マッドはもう、何処か賑やかな街に辿り着いて、明るく温かな光の下で誰かの胸
に埋もれているのだろうか。サンダウンが、絶対に手を出せない場所で。
ぎり、と歯噛みして、馬首を翻す。だが、何処を見ても、光はないように思えた。辺りには雨粒
が地面に叩きつけられる音だけが響く闇ばかりが広がっている。
このまま、本当に凍えてしまおうか。
サンダウンは、希望が見えない空を見て、本気でそう思った。彫像になったサンダウンを見て、
マッドが何か心に刺を差し込まれるというのなら、それも良いと思った。このまま明日の朝まで、
ずぶ濡れの姿のままでいたなら、きっと霜を張った彫像になれる。
それほど、辺りは凍えていた。
ふ、と。
雨音が遠ざかった。ような気がした。身体に纏いつく水も、重みが少し和らいでいる。ぼんやり
と空を見上げていると、ひらりと雨の中に白いものが混ざり始めていた。
雪だ。
あまりの凍えに、雨が耐え切れずに白く変貌したらしい。
雪の白さは、それ自体が光っているわけではないのに、仄かな明かりを湛えて見える。昔からそ
うだったけれど、雪の夜はいつもよりも辺りが明るかった。
何の明かりもない夜よりも、とサンダウンは思う。例え雪明りであっても明かりのあるほうが、
人は捜しやすいのではないかと。雨で流されてしまったマッドの気配が、雪の何処かに固められて
落ちていないだろうかと、辺りを見回した。
見回した先に、薄ぼんやりと、小さな光が見えた。それは遠く、けれども辿りつけぬほど距離が
あるわけではない。仄かに明るいその場所は、近付けば、本当に小さな寂しげな町だという事が分
かった。明かりなどは一つか二つしか灯っておらず、普段ならば見落としてしまいそうだが、雪明
りのおかげで、その小さな明かりでも暗闇の中で浮き上がって見える。
小さな町は、マッドが立ち寄るような町には思えなかった。
だが、何故だかその町が温かいように見えて、サンダウンは小さな町に近付いた。
近付いてみても、町には光が沢山灯ってはいなかった。やはり、一つか二つ、ひっそりと明かり
を灯す家があるだけで、賑やかさはなく、死に絶えゆく者の静けさがあった。
しかし、それでも、何故か町の一画だけが途方もなく明るく、温かいように思えた。その一画に
あるのは、この時期一番人が訪れる教会だったから、そう思ったのかもしれない。淡い後光を放っ
ている教会は、ひっそりとしていたけれども、確かに誰かの鼓動が聞こえた。
サンダウンが、その鼓動の音を聞き違えるはずがなかった。
その中に誰が匿われているのか、はっきりと確信しながら、サンダウンは冷たくなった扉を大き
く開け放った。扉は、内包しているものを守ろうと錆びついた音を上げたが、けれどもすぐに大人
しく口を開く。
教会の中は、オレンジ色の光が、仄暗く、一杯に詰まっていた。蝋燭の炎は震え、あちこちに不
思議な陰影を作っている。そこに雪明りが加わって、不思議な空間はいっそう現実離れして見えた。
その中で、突き抜けて黒い影が、黒い眼を大きく見開いて立っていた。
冷たそうな白い指を硬く握り締め、口から雪と同じくらい冷たそうな白い吐息を零して。
その吐息の中で、小さく、キッド、という声が零れたのを、サンダウンは聞き逃さなかった。