茶色いおっさんは、茶色い砂の上を這うようにしてマッドを探していた。





  マッドにぶつけられた茶色の物体の中身は、サンダウンが以前、欲しい欲しいとごねた事のある
 ケーキだった。しかも、どう見ても手作りの。
  念願のマッドの手作りケーキというものを手に入れたサンダウンは、しかしその念願の物体が顔
 面に投げつけられたものであり、その所為で粉々に砕けている所為で、残念ながら手放しで喜べる
 状態ではなかった。
  そもそも、マッドがそれを投げつけたという事は、マッドは非常に怒っていたというわけで。

  確かに、サンダウンが悪かった。
  マッドが女の匂いを染み込ませている事に我を忘れて、ぐじぐじと責め立てるような事を言った
 サンダウンは、マッドの眼から見れば最低以外の何物でもないだろう。せっかく手作りのケーキを
 いじらしく――かどうかは分からないが――持ってきたというのに、いきなり香水の匂いや女にプ
 レゼントを準備していた事を責め立てられれば、マッドでなくとも怒る。
  しかし、マッドも、それならそうと早く言えば良かったのだ。普段いつもガトリング砲並に、ぽ
 んぽんと言葉を並べ立てる癖に。サンダウンの口など、とっとと塞いで、いつものように言葉の海
 で薙ぎ倒せば良かったのだ。

    そんな、明らかに責任転嫁な事を考えるおっさんは、実は自分の仕出かした事に、けっこうショ
 ックを受けていたようだ。崩れたケーキを手にしたまま、その場でしばらくの間凍り付いていた事
 からも、明らかだ。
  我に返って、そんな事を考えている場合ではないと気付いた時には、黒ゴマのようになっていた
 マッドの姿は何処にもない。
  しまった、見失った。
  サンダウンは、慌てて厩に急いで、自分の愛馬を引き摺り出し、その背に跨る。
  マッドが投げつけたケーキには、サンタやらツリーやらの砂糖菓子が乗っていた。という事は、
 あのケーキはクリスマス用のケーキという事だ。つまり、マッドはクリスマスを此処で過ごす事を
 考えて、あのケーキを作ったのではないか。多分。
  にも拘らず、サンダウンはマッドに、すぐに出ていくつもりなんだろう、と言った。すぐ出てい
 くつもりならば来なければ良い、とまで言った。
  良くない。
  全然良くない。
  すぐ出ていくつもりだろうがなんだろうが、来なければ良いなんて事は全然ないし、すぐに出て
 いかせるつもりも全くない。
  しかし、実際のところ、マッドはサンダウンに手作りケーキを投げつけて去ってしまった。そん
 な結末、サンダウンは望んだ記憶はない。
  望んでいない結末を正す為、サンダウンは慌てて愛馬に跨り、荒野の彼方に駆け去った賞金稼ぎ
 を追いかける。
  が、とりあえずマッドが黒ゴマになった方向に馬を駆けさせてみたが、黒ゴマの姿さえ消え去っ
 た今現在、地平線の彼方に消え去った後、一体何処に行ったのか、皆目見当もつかない。基本的に
 追いかけられる事に慣れた――要するに捜し出して貰う事までマッドに押し付けている――おっさ
 んは、捜し出す事には慣れていない。

  そもそも、マッドは行く可能性があるところが多すぎる。
  住所不定無職の自分を棚に上げ、サンダウンはそう思った。マッドの行動範囲は普通の賞金稼ぎ
 よりも広いのだ。立ち寄る街も多い上、身を寄せる娼婦の数も賞金稼ぎの数も無駄に多い。自分だ
 けにしておけ、とは流石に言わないが、思わなくもない。
  そんな移り気で浮気性な賞金稼ぎを、この荒野のど真ん中から見つけ出すのは、至難の技に思え
 た。一体、マッドはいつも自分をどうやって見つけているのだろう。
  愛の力か、やはり。
  マッドが聞けば、雄叫びを上げて飛び蹴りを喰らわせてきそうな、頭の湧いた事を考えながら、
 サンダウンはだだっ広い荒野をうろうろする。何処かに、マッドに匂いが落ちていないだろうかと
 鼻をふんふんさせてみるが、こういう時に限って風向きが逆方向だったりする。

  おまけに。
  サンダウンは顔を顰めて、天を仰いだ。
  いつもは強すぎるほどの青い空が広がっているはずのそこは、いつの間にやら分厚い雲が折り重
 なって、犇き合っている。そこから漂う、少し生臭い、鉄錆びたような臭い。
  どうやら、雨が近付いているらしい。
  荒野の雨は、一度降り出せば驟雨になる。雷鳴を伴い、何もかもを洗い流そうとするように、地
 面という地面は川になる。そうなってしまえば捜し物を見つけ出す事は困難で、その中を渡り歩く
 事自体が難しいだろう。
  しかも、今は冬。冬の季節に降る雨は、体温を奪い、下手をすれば死に直結する。サンダウンは
 ともかく、いやマッドも旅慣れているからそのあたりの事は心得ているだろうが、しかし早めに見
 つけ出してやったほうが良い。

  早く見つけ出して、連れ帰って、そして今度こそ口付けて。

  そうするまでの間に。
  サンダウンは、ふと、小屋の中に置いてきたマッドへのプレゼントを思い出した。

  あの薔薇は枯れずにいてくれるだろうか。