私はサンダウン・キッドの馬だ。
名前は特に決まっていない。
主であるサンダウン・キッドが保安官であった頃から私は彼の馬であり、彼が保安官の任を返上
し賞金首になった時も彼についていった。そんなこんなで、主とは数年以上の付き合いがある。
Forelock
私の主であるサンダウン・キッドは寡黙な人間だ。
それは保安官であった頃から変わらない。それが災いしてか、主は長らく独り身だった。擦り寄
る女は少なくなかったように思うのだが、どうも主の反応の薄さの所為か、皆、主の元を去ってい
く。
人間の雌とは不可解なものである。我々動物ならば、雌は皆強い雄に惹かれるものだ。それ故、
雄は自分を強く見せようと、身体を大きく見せたり、派手な飾りを付けたりして、自分をアピール
するのだ。
それから考えれば私の主は、決して雌に受けない雄ではない。保安官の任に着いていた以上、普
通の人間よりも強い事は疑いなく、食うに困るという事もない。普通に考えれば、ハーレムの一つ
や二つ――まあ、人間は一夫一妻制なのでハーレムを作るという事はないが――率いていても、お
かしくはない。
が、人間の雌は、それだけでは満足しないようだ。基本的に無口無表情である主は、人間の雌に
は面白みがないらしく、結果、主は今でも独り身だ。おまけに賞金首になってからは、誰かと付き
合う事もなくなった。要するに、交尾の回数が減った。
むろん、それについて馬である私が口出しするつもりはない。馬と人間では、交尾や番について
の考え方も大いに違うだろうし、それに何より、主が賞金首になった事については、もはや馬が関
知するべき事ではない。私は主についていくだけだ。
ただ、強いて不満を言うとすれば、主が人との付き合いを失くしたおかげで、私も馬同士の付き
合いを失くしてしまった事だ。
主が保安官であった頃は、当然の事ながら私にも仲の良い馬が何頭かいた。それは兄弟であった
り、子供の頃から付き合いの馬であったりと多種多様だ。
しかし、主が賞金首になってからは、こうした馬達にも当然別れを告げなくてはならなかった。
もう子供ではなかったから恋しがるという事はないけれど、しかし別れの時には一抹の寂しさがあ
った。
しかも、根なし草と化した主人の生活では、例え馬と知り合ったとしても、それは一晩の付き合
いで、次の日には別れてしまうような関係だ。かつてのように長い付き合いというものは、どうし
ても築き上げる事ができない。それに、耐えられないというほどの事でもないのだが、やはり寂し
さは付き纏う。
時折、果たして主はそうした寂しさは感じていないのだろうか、と不思議に思う事があるのだが、
無表情な、ともすれば動物よりも表情筋が退化している可能性ある主の顔からは、そうした感情は
読み取れなかった。
何一つ感情を読み取る事ができない主が、やはりどうやら寂しかったようだと分かったのは、最
近の事だった。
最近の主は、何やらそわそわとしている。強いて言うなれば、発情期を迎えた鳥――確か、雌の
為に家を作る鳥がいたような気がする――のようだ。犬猫のように目立つような発情期ではなく、
ほとんどの人間ならば気が付かないだろうけれど、長年連れ添っている私にはそれが分かった。
何かを待ち焦がれるかのようにそわそわする主の姿は、これまでに私も見た事がないもので、も
しかしたら今までした事のなかった求愛行動も行うんじゃないだろうか、と思ってしまう。いや、
もしかしたら、主の中では既に求愛行動をしているつもりなのかもしれない。それくらい、主は、
発情している。
雄相手に。
そう、主が発情している相手は、雌ではなく、雄だ。
別にそれについて私は特に何かを言うつもりはない。私はただの一介の馬に過ぎない。主が番の
相手として選ぶのが、誰であろうと私が口出しする事ではない。それに、別に雄同士の番など、珍
しいものでもない。
だから、主が求愛行動を雄にとろうが、その相手が主を狙っている賞金稼ぎであろうが、私には
関係のないことだ。そんなわけで、私は主が主の求愛相手と銃の撃ち合いをしていても、黙ってそ
れを見ているだけである。
だが、主の求愛相手――賞金稼ぎマッド・ドッグというのだが、そのマッドドッグの馬は、私の
ように広い心で人間同士の恋愛の行く末を見守るつもりはないようだ。
この、マッド・ドッグの馬、ディオという名前の馬は、珍妙な事にかつて一度人間だった事があ
る。もともとは第七騎兵隊の馬だったのだが、全滅した騎兵隊達の憎しみを背負って人間と化し、
悪さをしていたようなのだ。しかしそれを私の主と今の奴の主に止められ、再び馬に戻ったという、
非常に面倒臭い経歴を持っている。
そして、一度人間になった事のある奴は、馬の癖に考え方が人間に近く、しかも人間同士の恋愛
模様も間近で見てきた所為で、主人達の発情にまで口を出そうとしている。
サンダウンなんか俺のご主人と釣り合うわけねぇだろ、アホ!だとか、ヒゲの分際でご主人とい
ちゃつこうなんてどういう了見だ!とか、私の主をけなすような言葉を延々と続けて吐く。
つまり、奴は私の主と奴の主が番になる事が嫌なのだ。
「あたりめぇだろうが!俺のご主人は男なんだぞ!ご主人は可愛い嫁さん貰って、可愛いベビー達
と幸せに暮らすんだぞ!そんな温かい家族計画を、なんでヒゲ如きに潰されなきゃならねぇんだ!」
「……それは、お前の勝手な計画だろう。」
叫ぶディオに、私は淡々と指摘する。私達の背後では、私の主が酒でマッドを釣ろうとしている。
悲しいかな、私の主はあまり求愛行動が上手くないようだ。ただ、そんな拙い主の求愛行動――も
とい、酒にマッドは釣られているようだが。
そんなマッドを見てディオは、いかーんご主人それはいかーん、と叫んでいる。ともすれば私の
主とマッドの間に割り込みそうだ。
「止めろ。人間同士の事に口を突っ込むな。」
「やかましい!馬が主人の貞操を守ろうとして何が悪いってんだ!」
「別に、無理強いをしているわけではないだろう。」
「あのおっさんの存在そのものが無理強いなもんだろうが!」
意味不明な事を叫ぶディオは、大体男同士の番は人間では認められていないと言う。
「おっさんがご主人みたいな美青年を押し倒すなんて、ただの犯罪だ!あのヒゲはそれを自覚する
べきだ!」
そうだそうだ、と自分で同意の相槌を打っているのは、虚しくないのだろうか。
そんなディオを眺めながら、しかし、と私は真実を告げてやる。
「人間も、雄同士で番になる事はあるようだが。私は何度か見かけた事があるぞ。」
「やかましい!そんなもん眼の錯覚だと思っとけ!」
かなり無理やりな事を言い始めた馬に、私はこれはいかんと思う。ディオは些か頭に血が昇りや
すいタイプの馬だ。そして頭に血が上ると、下手をしたら自分でも何を言っているのか分からなく
なっている可能性がある。
そういう時は、頭を冷やす為にも心を落ち着ける為にも、毛繕いをしてやるのが一番である。こ
れはあらゆる動物に言える事である。
「落ち着け………。」
言いながら、ディオの黒い項をコリコリと食んでやる。すると、あぅ、という声が上がった。
「……なんだ、まだ慣れないのか?」
一度人間だったディオは、馬としてブランクがある。つまり、馬として重要な毛繕いの技術及び、
毛繕い自体に慣れていない。その為、私がこうして毛繕いをしてやろうとすると変な声を上げ、結
果、自分が気持ち良い部分は相手も気持ち良いのだが、自分の良いところが分からない為、毛繕い
の技術も上がらない。
半ば呆れたようにディオを見ていると、ディオはじろりと私を睨んだ。
「あんた、言い方が卑猥だ。」
「卑猥?何がだ?」
「くそ、所詮あのヒゲの飼い馬だもんだ。そりゃあ似るよな。」
「何の話だ……?」
何か、非常に失礼な事を言われているような気はするのだが、何を言っているのかがまず分から
ない。私は単に、ディオの馬としてのこれからの事を心配してやっているだけなのだが。しかたな
くもう一度項に口を近付けたら、思い切り避けられた。
何故だ。
思わず顔を顰めると、ディオが非常に嫌そうな顔をしていた。どうやら本気で毛繕いが嫌らしい。
「お前、そんな事でこれからどうするつもりだ。」
「うるせぇ!てめぇに毛繕いして貰わなくったって、俺はご主人に毎日ブラッシングしてもらって
んだよ!」
「そういう問題ではない。毛繕いとは我々馬にとっては重要なコミュニケーション能力の一つだ。」
「だからって、あんたに手取り足取り教えて貰いたかねぇよ!教えて貰うんなら白馬が良い!」
「ふん、子供ならともかく、良い歳した大人の馬に毛繕いの仕方を教えてくれる馬などそうそうい
るものか。」
そう告げて、私はディオの鬣をくいくいと引っ張る。力任せに引っ張れば痛いだけだろうが、絶
妙の力加減で引っ張ってやれば、此処も十分に気持ちが良い。現にディオは、嫌だ、と言いながら
も、ふにゃんと身体の力を抜き始めている。その隙を見逃さずに、項やら肩口やらをこりこりと甘
噛みしてやれば、耐え切れなかったのかディオはその場に脚を突いた。
ちょうど良い。今の内に毛繕いの仕方を手解きしてやろう。
そう心の中で頷いて、私はディオに圧し掛かった。
そんな私達の背後で、主人達は酒盛りを始めていた。