Report 1.

 ―――男の声―――

 外帝王については今更語るべき事もないが、奴らの恐ろしさが幸いにして宇宙全土には広まっていない事を考
えれば、これより先、奴らに踏み躙られる銀河の縁への警告として、今一度話しておこう。
 この文書を手にした君達は、これまでに例えば、無機物が自律して動く様を見た事があるかね?
 ああ、自律機械――アンドロイドなどの我々が制御している物は除き給え。いや、含めても構わないか。それ
も含めて、君達が意図せぬ動きをした事は?
 なければ幸い。君達の身近に、外帝王が存在せぬ理由となる――理由づけとしては弱いがね。奴らは潜伏して
いる事もある。まあ、それは置いておくとしよう。
 では、もしも、無機物達が動く様を見たことがあれば?
 言っておくが、それは神の御業でも奇跡でもない。アンドロイドならば心が宿ったとでも思うかね?いいや、
そんな淡い感傷は捨てたまえ。君達が感傷に浸っているその隙に、奴らは今度は無機の身体から有機の身体――
即ち、君達に乗り移ろうとするだろう。
 外帝王とは、そうした存在――即ち、自らの肉体を持たず、他者の身体を乗っ取って破壊しつくす侵略者なの
だよ。



 奴らの始まりを語るには、宇宙の初期より始めなくてはならない。
 宇宙の初期、という言い方はあれだね。宇宙の全容は、未だ分からないから、何が初期なのか分かったもので
はない。
 正確に言うならば、宇宙に知的生命体が現れ始めた頃、だ。


 惑星フロル。
 この星こそが、全ての始まりだ。
 そして、宇宙における知的生命体の始まりでもある。
 フロルにおいて、宇宙原初の知的生命体が現れた。それはフロル人でもあり、宇宙初の宇宙人でもあったわけ
だ。
 フロル人の詳細は我々には分からない。彼らは非常に長命で、そして慣れ合う事もしなかった。長命である故
に、密接した人間関係を作る必要がなかったのかもしれない。彼らと、我等の中では流れる時間の感覚が違うと
いう事も有り得る。
 だが、それは今は別の話だ。外帝王へと話を戻そう。
 惑星フロルにおいて、フロル人という知的生命体が生まれた。フロル人の体内にはある特異な共生細菌がいて
ね。この共生細菌――『バチルス・フロリア』と我々は便宜上呼んでいるのだけれども、これらは宇宙から降り
注ぐ光線――ガンマ線だとか紫外線だとか、あまり身体には宜しくないものを、エネルギー変換する機能を持っ
ていた。そしてそのエネルギーを宿主たるフロル人に還元する。
 おそらく、フロル人が長命たる所以も、この辺りにあるのだろうね。
 そして、外帝王の由来も、この共生細菌にある。
 君達は、突然変異という言葉を知っているだろう?人間などでは、そうそう大きなものは起こりにくいが、細
菌などの微生物ではそうした事は人間よりも起こりやすい。単純な形状だからだろうか、唐突に、がらりと変わ
ってしまうのだよ。
 そう。
 外帝王は、バチルス・フロリアの突然変異種だ。
 しかし、外帝王の存在が確認された当時、フロル人達は欠片も外帝王を問題視していなかった。実は外帝王は
バチルス・フロリアに対して脆弱性があるんだ。外帝王は宇宙全てを喰らい尽くす侵略者だが、原本である共生
細菌だけは、食い潰す事ができなかった。それどころか、毒でさえある。
 ああ、外帝王は無機体にも寄生できる。そこから広がる可能性はあるかもしれない。
 けれども、原本たるチルス・フロリアも、実は有機体だけではなく無機体を宿主とする事が出来る。それを応
用して、フロル人達は機械を動かしていたからね。そして、バチルス・フロリアが寄生している無機体・有機体
は、外帝王に対して圧倒的な抗体を持つ事になる。
 ただ、バチルス・フロリアを受け入れる事ができるものというのは制限される。無機体はそれほどではないが、
有機体の場合は有機体側が拒絶反応を起こす事がある。と言っても、惑星フロルには、バチルス・フロリアを宿
主と出来ない生命体は、基本、いなかった。
 だから、外帝王が、爆発的に感染する、何てことは起こらなかったのだよ。


 では、何が此処まで外帝王を蔓延らせる原因となったのか。
 発端は、フロル人達が、別惑星より持ち込んだ一粒の種が原因だった。
 当時、フロル人は既に宇宙へと飛び立つ技術を確立させ、ありとあらゆる惑星へと飛び回っていた。そして、
辿り着いた星の何かしらを持ち帰り、研究していた。
 そう、それこそが、外帝王の望んでいたものだった。
 外帝王は、バチルス・フロリアよりも先に、その種に寄生した。種はやがて芽吹き、咲き誇り、種を残し、そ
の種が再び芽吹く。
 そうした事を繰り返し、外帝王は、着実に勢力を伸ばした。
 そして、フロル人達がその脅威に気が付いた時には、もはやどうする事も出来ないほどに、外帝王は惑星フロ
ルにのさばっていた。
 先程、フロル人達は慣れ合わないと言ったが、外帝王に対する時は別だった。あらん限りの知識を結集させ、
外帝王の封じ込めを模索した。
 封じ込めは――確かにフロルの中にのみ閉じ込めておくという意味でなら、ある瞬間までは成功していた。そ
の瞬間までは、確かにフロル人達は外帝王を宇宙には吐き出させはしなかった。
 けれども、如何にフロル人であろうとも、その瞬間を止める事はできなかったのさ。
 惑星フロルの死の瞬間を。


   死はありとあらゆるものに平等だ。
 長命たるフロル人でも、いつかは必ず死を迎える。
 そして数多生命を抱える惑星も。
 惑星フロルの晩年は、外帝王の侵略に曝され、決して安穏としたものではなかった。だが、その死によって、
外帝王という存在も消える事が出来たなら、どれ程良かっただろう。フロル人達も、それを望んでいた。
 けれども、それは叶わない。
 外帝王は、フロル人達の持つ宇宙船を一つ乗っ取った。その宇宙船もバチルス・フロリアが共生していたのだ
が、長い長い月日をかけ、外帝王もある程度はバチルス・フロリアに対抗する術を備えつつあった。
 むろん、フロル人達は奴らをなんとしてでも星に留めようとした。けれども外帝王はそれらを掻い潜って、宇
宙に解き放たれてしまった。 
 奴らは様々な惑星に降り立ち、宿主を求め、宿主が見つかると寄生し操り、惑星そのものを食い潰しては勢力
を増やし、そしてまた新たな星を探すという行為を繰り返している。
 奴らが何を思い、先には破滅しかないであろう破壊行為を繰り返すのか、分からない。
 ただ、分かっている事は、奴らには他の生物の破滅などは、どうでも良いという事だけだ。
 この宇宙には、無数の生命体で溢れている。そのほとんどが外帝王に対して牙を剥くが、しかし中には奴らに
おもねる輩もいる。
 グラッドウルブル艦隊が、その最たる者だ。彼らは外帝王の先兵として、惑星に乗り込んでは略奪し、略奪し
たものを外帝王に捧げている。外帝王が望むがままに、な。
 しかしそうしたところで、命が助かるはずもあるまい。
 外帝王には、己ら以外に『仲間』なんてものはいないのだからね。