Report 2.

――単調な機械音声――

フロルに関しての情報はさほど多くはない。
彼らが真に活躍した時代は、あまりにも遠い過去の出来事であり、その時代の記録も今に至るまでに多くが失
われてしまった。
 ここに記すのは、フロルについてのごく一般的な情報であり、彼らの内面に対して何らかの形で迫るものでは
ないという事を、最初に述べておく。


 惑星フロルについて、まず一番最初に提示されるのが、宇宙における原初の知的生命体が生じた星、という事
である。だが、これ自体は完全に正しいとは言い難い。より正確に語るならば、宇宙において初めて高度な文明
を築いたのがフロル人であった、という事だ。
 フロル人よりも先に知的生命体が生み出された可能性は、今であっても否定はできない。しかし、フロル以前
の文明の痕跡はは、今のところ宇宙を見渡しても、存在していない。フロルのように、文字、言葉を今現在に伝
える事ができた文明は存在しない。
 そして、フロルを超える文明もまた、未だ存在していない。

 
 それほどまでに高度な文明を作り上げたフロル人だが、現在、その姿を見ることは非常に困難だ。
 それは、長らくの外帝王との戦いにより、フロル人自体が激減した事や、フロル人の故郷である惑星フロルが
死を迎えた際にフロル人達が宇宙へと脱出し散り散りになった事も起因している。
 外帝王については別ファイルにて記しているので、此処では割愛するが、外帝王もまた惑星フロルの出身であ
り、元を辿ればフロル人達と近しい存在とも言える。
 彼らを近しくさせているのが、共生細菌バチルス・フロリアである。宇宙からの放射線をエネルギー転換し、
宿主に還元させるこの細菌の恩恵については、後述しよう。この細菌が体内にいることで、フロル人はフロル人
として確立されているのだ。
 そして、このバチルス・フロリアの突然変異体が外帝王である。


 フロル人についてだが、彼らの容姿に関しては、よく分かっていない。生粋のフロル人は、今やほとんどいな
いからだ。
 惑星フロルの死滅と共に、フロル人達は外帝王を斃すべき志だけを同じくし、宇宙に散らばっていった。彼ら
は様々な星に降り立ち、そこで自分達のような知的生命体が現れるのを待ち、知的生命体が文明を築き始めると
彼らの中に溶け込み、フロルの血脈を紛れさせていった。
 この理由としては、三つある。
 一つは、フロル人の持つバチルス・フロリアを、星々に広める為である。バチルス・フロリアは、今のところ
外帝王に対して最も有効な対抗手段である。むろん、薄まったフロルの血ではバチルス・フロリアは大きな効用
を齎さないが、ある程度の抵抗を示す事が出来る。これは、所かまわず宇宙を食い潰そうとする外帝王に対して
の、大きな対抗手段となる。
 二つ目は、バチルス・フロリア自体の変異を促す為である。外帝王はバチルス・フロリアの変異体であり、今
もバチルス・フロリアに抵抗しようと世代交代を繰り返している。故に、フロル人達も外帝王により有効なバチ
ルス・フロリアを見出そうとしているのだ。
 そして三つ目。これが、一番の大きな理由である。フロル人達は飛来した星に、対外帝王兵器として『白金卵』
――通称『EGG』というものを埋め込んでいる。この『EGG』は、バチルス・フロリアを活性化させ、取り込んだ
宇宙線を外帝王殲滅線に変換するというものである。
 ただし、この『EGG』は、バチルス・フロリアの機能を使用する為、バチルス・フロリアと適合できる者でな
くては使用できない。
 バチルス・フロリアは、フロル人と共にあらゆる星に飛来し、フロル人がその星の知的生命体と交わる事で、
星由来の生物にも適合できるよう進化しているが、しかし完全に適合しているわけではない。フロル以外の星の
生命体が許容できるバチルス・フロリアの数は、フロル人よりも遥かに低いのだ。
 フロル人のみのコミュニティーを作り、その中でのみ繁殖という事も考えられたが、それではバチルス自体の
変異が起こりにくい。
 それにフロル人達が延々と星に君臨する事による弊害も考えられた。フロルは現時点で宇宙の中で最も高度な
文明を持った存在だ。それを悪用せぬ者が――フロル人の中からも、現れないとは考えられない。何よりも、フ
ロル人達のほとんどが、自らが延々、他の星に順応せずに君臨する事を良き事とはしなかった。
 故に、彼らは星の生命体と交わり、その中に溶け込んでいった。
 ただし、『EGG』を扱うべき存在として、フロルの血をより濃く受け継いだ、或いは先祖返りしたかのような
バチルスに高度に適合する存在が、必ず現れるように遺伝子に幾つかのスイッチを残して。
 ここで、当初のフロル人の容姿についての話に戻るのだが、先に述べたように、フロル人の正確な容姿は分か
らない。少なくとも、人型である事は分かっているが、眼の色、肌の色、水棲であるのか陸棲であるのか、指の
本数などまでは情報として残っていない。
 ただ、唯一分かっているのが――そしてこれが『EGG』適合者、即ちフロルの血の濃い者を見出す最も簡単な
印なのだが――体毛が銀、または限りなくそれに近い色である、という事である。
 事実、これまでの『EGG』適合者を見ると、体毛は銀と言って差し支えない色である。


 その他、フロル人について特筆すべき事と言えば、やはりその寿命の長さにある。
 彼らは数千年単位で生きるのだ。一代一代が長いため、故に高度な文明を作り上げる事が出来たのだろうか。
しかし、長命である故に生殖活動は頻繁には行われなかったようで、爆発的に人口が増えるという事はなかった
ようだ。
 有性生殖であり、所謂男女の性があったようだが、幼年期は両性体である事が情報として残っている。性別は
長じるにつれ、男女のどちらかに分けられるようだが、ある程度、本人の意識が反映される。
 また、繁殖期には性別を変える事も可能である。
 そして彼らは、ある時期になると、齢をとらなくなる。
 こうした特性は、おそらくバチルス・フロリアによるところが大きいだろう。何故ならば、『EGG』適合者も、
長命であること以外については、ほぼ上記の特性を有する事になるからである。
『EGG』適合者の寿命が延びないのは、そもそも寿命が延びるような肉体ではないからである、と推測される。


 現存するフロル人については、幾つかの記録があるが、定かではない。
 彼らの数名は、外帝王に対抗する機関として、銀河連合軍を作り上げ、その際に『EGG』に関しての情報も期
間の中に残された。ただしこれも完全ではなく、どの惑星に『EGG』が存在しているかの全てを把握はできてい
ない。