名もなき石



 メグレス。
 第四十二ハルルシュルー銀河のミシュティー系第八番惑星は、今現在、宇宙倫理機構が外帝王と激
しい攻防を繰り広げている激戦地となります。
 宇宙倫理機構が、どれか一つの星に対して、強く働きかけるということはほとんどありません。そ
れはその惑星の独立を守るためにも重要なことです。しかし、メグレスに関しては、宇宙倫理機構は
全軍総動員して、外帝王の対処に当たっています。
 それは、何もメグレスが特別な星、というわけではありません。
 メグレスは、他の惑星と同じく、知的生命体が住まい、文明を作り上げ、そして進化と退化の天秤
の上を行き来する。そんな惑星の一つに過ぎません。
 そもそも、先に述べたように、宇宙倫理機構が一つの惑星に対して総動員で対処するなどという事
は有り得ません。宇宙倫理機構とは、外帝王に対抗する組織ではありますが、表立って惑星を支援す
るということはないのです。
 宇宙倫理機構が惑星に働きかける時は、必ずや、その惑星のEGGか、それに準するものを通しま
す。それは惑星の独立を乱さぬためのものであり、宇宙倫理機構が惑星そのものに大して権力を行使
せぬという意志表示でもあります。
 外帝王に浸食されている惑星の中には、宇宙倫理機構にもっと積極的に関わってきてほしいと望む
ところもあるでしょうが、宇宙倫理機構が一つの惑星に手を出した挙句、その惑星を支配するなどと
いう可能性は、決して捨てきれません。
 事実、宇宙倫理機構とて純粋に外帝王と対抗するためだけに集った者達ばかり、というわけではな
いのです。組織の中にも、必ずや私利私欲に走る者もいれば、外帝王憎しのあまりに命令無視をする
者もいます。その果てに、惑星の一つの犠牲など軽いもの、と思う事もあるでしょう。
 こうした事態を避けるために――宇宙倫理機構が争いの火種とならぬように、宇宙倫理機構は惑星
への介入は最小限にとどめているのです。
 しかし、メグレスに関してはそういうわけにはいかなかった。
 白金卵。
 フロルが残し、惑星に産み付けた外帝王に対する、唯一の劇薬。
 EGGと呼ばれるそれは、知的生命体が存在する可能性のある惑星のほとんどに産み付けられてい
ます。そう、思われています。
 ですが、メグレス、この惑星にはEGGそのものが存在していません。
 いえ、存在していない、と言い切ることはできませんが、その歴史を紐解くに、EGGが存在した
という痕跡を見つけることができませんでした。
 メグレスには、他の、知的生命体が存在する惑星と同じように文明が確立されています。
 初期知的生命体は、メグレス歴において、およそ二万六千年前に発生しました。メグレス人には、
大きな特徴として、後頭部から背中にかけて、鉱石のような硬い角が無数に生えています。宝石のよ
うに様々な色合いのものもあれば、金属質なものもありますが、それらの角はメグレス人が死しても
永く残ります。
 初期知的生命体にもこの角があり、現存する最古の知的生命体の骨格に残る角は銀色に煌めいてい
ます。
 銀色、ということで、この最古の知的生命体にEGGが関与しているのではないか、と思われた方
もいるかもしれませんが、残念ながら銀色の角というのは、メグレスではごくごく普通のものです。
 むしろ、赤や青といった角のほうが、珍しくあります。
 さて、この二万六千年前の初期知的生命体から、今までのメグレスの歴史を紐解くと、確かに卵に
ついての記述がないわけではないのですが、いずれも神話の域を出ず、その卵に関しての特徴――銀
に輝く、人を選ぶ、などの記述は欠片もないのです。ただ、生命の起源を示す一つの象徴として使わ
れているにすぎません。
 メグレスにEGGが存在していないのではないか、という理由の一つが、これなのです。
 そしてもう一つ、EGGが存在していない――いえ、そもそもフロル人が飛来してはいないのでは
ないか、という疑う理由があります。
 メグレス人には、銀髪の者が存在しないのです。
 他の惑星でも、銀髪というのが非常に珍しく見当たらない、或いは一見すると銀髪には見えない、
ということがあります。
 メグレス人には、銀髪という者が、一人たりともいません。
 メグレス人は大きく分けて、五つの人種に分けられます。
 鉱石のような角を持ち、その角の周囲まで硬化した肌の黒いオーブディーン。同じく鉱石のような
角を持ちますが、角の周りは硬化せず、肌も白いパールアン。無色透明の角を持つ白い肌のクォーテ
ィン。色ある角と、角の周りを岩のように硬化させたジェミリア。揺らめく色合いの角を持つオアー
プ。
 彼らは肌の色と角の質は違いますが、髪は黒か茶色、または赤しかないのです。いずれの髪も、銀
には近くなく、見間違えることもないでしょう。
 長き歴史を振り返って、記録を遡っても、銀の髪――或いはそれに近い色という者は存在していな
い。
 故に、メグレスにはフロルは飛来さえしていないのではないか、と囁かれるのです。或いは、銀の
髪は不吉だとして、殺してしまったのか。
 如何なる理由であれ、現状、メグレスにはEGGは存在しません。どこかに眠っているのかもしれ
ませんが、しかしメグレスの外帝王の侵略を阻む状態にはありません。
 メグレス人は、外帝王へのせめてもの抵抗として、宇宙倫理機構に応援を要請しました。過去、前
例のない事でしたが、宇宙倫理機構は惑星メグレスへの介入を許可しました。軍が編成され、他の惑
星のEGGを伴って、外帝王と対峙しました。
 ですが、未だ外帝王の侵略は止まりません。
 それもそのはずです。如何に編成された軍にEGGがいるといえど、それは他の惑星のEGGでし
かないのです。EGGは、自らの惑星のために力を振るう存在。惑星に渦巻く死者の骨と灰を纏い、
戦う者達です。
 骨と灰――死者を利用するEGGを揶揄する言葉ですが、この言葉を使わせていただきます――こ
れは、その惑星に由来するものです。そしてEGGは惑星一つに対して一つ。他の惑星の生物が、別
の惑星のEGGには決してなることはできない。このことが関係しているのか、EGGは自らの惑星
に由来する骨と灰しか利用できないのです。
 ですので、メグレスに応援に駆け付けたEGGも、存分に力を出すことはできず、外帝王も未だ退
かぬまま。
 今後、メグレスがどのようになるのか、外帝王を退けたとしても、EGGなき現状では、再び外帝
王が侵略するとも知れず。
 メグレスは、ただただ不安と、どこにいるとも分からぬEGGへの希望と絶望の間を揺蕩うのです。




 EGG:不在