顔を貸せ、と言われるがままに、ウィルはエリアスについていった。通りのネオンサインの光を浴
びると、エリアスの銀髪はいよいよ眩しく、思わず目を伏せてしまいそうになるほどだった。ネオン
の波が治まって、辺りが街頭と星の光だけになって、ようやくまともに見ることができるようになっ
たが、それでも十分に煌めいている。

「どこに行くんだ。」

 通りを離れて、随分と人気がなくなった道を歩くエリアスの背中に、ウィルはとうとう声を掛けた。
 エリアスとこうして二人でいるなんて、任務でもなけれは有り得ない。話すこともないままエリア
スの歩みに従っていたが、流石にこのまま無言でいるのもどうかと思う。
 エリアスはウィルの言葉に、振り返りも歩みを止めもしなかった。相変わらずの背中のまま、

「家だ。」

 と短い返事があった。

「家って、君の?」

 エリアスの返事は短かったが、しかしウィルの度肝を抜くには十分だった。
 決して仲が良いとは言えない人間が、唐突に家に連れて行くと言うのだ。興味以上に驚異を感じて
も仕方がないだろう。
 だが、それ以上にウィルの中に不審が広がる。

「君の家は、こちらじゃないだろう。」

 エリアスの家は、こんな人気のない場所ではない。大通りに面してはいないが、それなりにショッ
ピングモールの近い、セキュリティチェックの厳しいマンションがエリアスの住居で、それは今エリ
アスが向かっている方向とは逆の場所にある。

「なんでてめぇが俺の家を知ってるんだ。」

 振り返らなかったので表情こそ分からなかったが、明らかにエリアスの声には苛立ちと不快感が波
打っている。

「君の個人データに住所だって記載されているだろう。」
「てめぇはそれを覚えてんのかよ。」

 薄気味悪い奴だな。
 エリアスの声から苛立ちが消え、呆れが広がる。ただし、不快そうな色合いはそのままだ。そのこ
とが、少しだけウィルを焦らせた。だから、一言だけ追加する。

「他の隊員のものも覚えている。」
「それはそれで気持ち悪い。」

 どうあがいても、ウィルに対するエリアスの評価は変わらないようだ。そしてこれまで、彼は欠片
もウィルを振り返っていない。

「それで。」

 ウィルは、仕切りなおすように、もう一度問い直す。

「どこに行くんだ?」
「だから、家だ。」

 このままだと、同じことの繰り返しになる。ウィルがどうにかして、エリアスから別の答えを引き
出そうとしていると、歩み寄りはエリアスからあった。

「俺達は、いくつかセーフハウスを持ってるんだ。別に、たかだか刑事に何かがあるとは思ってねぇ。
それでも何かを思って用意してるんだ。まあ、俺の場合はそういう意味でその家を持ってるわけじゃ
ねぇんだが。」

 エリアスが向かうのは、そのセーフハウスの一つだという。
 車を走らせて一時間ほどの郊外の小さな林の中に、そのセーフハウスはぽつりとあった。
 それは居間と寝室と水回りがあるだけの、本当に小さな家だった。けれども家の周りは刈りそろえ
られた芝で覆われ、花壇には今は季節ではないため花は咲いていないが、薔薇が家を取り囲むように
植えられている。
 きっと薔薇の花が咲く頃になれば、さぞ美しいだろう。そんな家だった。
 そして。
 ウィルは、家の玄関の鍵を開けるエリアスの横顔を見つめる。エリアスには、あまり似合わない家
だ、そんな事を思っていた。では、どんな家なら似合うのか、と言われると困るのだが、エリアスか
らは、どうしても普段の生活というのが見えてこない。強いて想像するならば、刑事という激務を鑑
みて、食事もおざなりな、ただ寝るためだけの家、というものである。

「おい、何をぼさっとしてるんだ。」

 既に家の中に入っているエリアスが、動かないウィルを、扉を開いたまま促す。

「あ、ああ。でも本当に良いのかい?」

 ウィルの言葉に、エリアスの形の良い眉が、ぴくりと動く。何を今更、と。
 けれどもウィルには腑に落ちない。エリアスがこうしてウィルを家に誘ったことが。エリアスの中
でウィルの評価が、あの瞬間に変わったとは思えない。こうしてウィルを誘うこと自体、本当は嫌な
はずだ。

「お前、自分の立場分かってんのか。」

 エリアスの声は、不愉快そうで、同時に面倒くさそうだった。

「私の立場………?」
「俺の立場も理解してねぇようだからな……。俺は説明したつもりだったんだが。」

 いいか、と彼は扉が閉まらないように扉に身体を凭せ掛ける。

「俺は上層部が揉み消したがってる事件を追っている。俺の分署の連中は、署長も含めて解決したが
ってる側だが、区間長以上は怪しいんだ。んでもって、俺は奴らが事件を起こしてる現場を目撃した。
お前もだ。この状況が、どれだけまずいか、分かるか?」

 俺はいいんだ、とエリアスは顔を顰める。

「俺のは、仕事だからな。だが、お前は赤の他人だ。巻き込まれるべきじゃないし、危険な目にも合
わせられない。」
「危険な目って……。私だって地球連合軍の一員だ。自分の身を守る事くらいできる。」
「馬鹿か。地球連合軍は宇宙からの侵略者相手にしか戦えねぇだろうが。地球人相手に、お前は何が
できるんだ。しかも相手は、おそらく警察関係者――FBIだって絡んでるかもしれねぇんだ。言っ
ておくが、奴らは逮捕権を持ってる。軍に所属してるお前には逮捕権はない。適当な罪をでっち上げ
られて捕まれば終わりだ。」

 今頃、俺の向こうの家には奴らが張り込んでるだろうよ、とエリアスは呟く。

「尾行してた奴らは一応撒いたが……。それでも、ここだって安全とは言えねぇが、少なくとも時間
稼ぎにはなる。まあ、本当に多少の時間稼ぎだろうが。それでも、分署の連中が、誘拐犯の足取りを
追うだけの時間は稼げたはずだ。」

 奴らの行き先が分かるのが先か、それとも奴らが此処を見つけるのが先か。
 エリアスは呟いて、

「いずれにせよ、地球連合軍なんて肩書は意味がねぇんだ。無防備に首を突っ込んだお前は、奴らに
とっては簡単に消せる相手なんだよ。だったら、まだ、俺と一緒にいたほうが、ましだ。」
「それは………君が私を守るということ?」
「言っておくが、警察としての義務だからな。」
「ああ、うん………。」
 
 エリアスとしてはウィルを守るなんてことは、まっぴらごめん、というところだろう。
 いや、とウィルは考え直す。エリアスは誰かを守ることに対して、毛嫌いするような男ではない。
誰かの命が危機に瀕している場合、個人の好き嫌いを完全に押し殺して、相手がどれだけ憎くとも、
その身を投げ打ってでも助けるような男だ。
 エリアスは警察としての義務と言っているが、むしろ完全にエリアスの中に刷り込まれてしまって
いる特性に近い。
 自分の命をまるで軽んじているようなその様子に、ウィルは幾度となく苦言を呈してきた。しかし
今の状態――エリアスがウィルを守っているという状態は、ウィルが引き起こしたことであるので、
何も言えない。
 そんなことを望んでいるわけではないのに、と心の中で叫ぶ。
 できる事なら、自分がエリアスを守っておきたかったのに。