連続児童誘拐事件。
 一件目と思われる事件は、今から半年ほど前まで遡る。思われる、としているのは、ここアメリカ
では誘拐事件などは日常茶飯事で、連続であるかどうかの判断があまりにもつきにくいからだ。
 誘拐事件に限らない。強盗や殺人、麻薬関係の事件も非常に多く、日本人である柿崎などはその犯
罪率の高さに苦笑いしている。
 別に、歩いていれば犯罪被害に遭う、というわけではない。ただ、アメリカには未だにスラム街の
ような場所も多く存在しており、そうした貧困の現場ではどうしても暴力が先に走り出すことが多く
なってしまうのだ。
 そして、そうした暴力に真っ先に狙われるのは子供だ。
 子供の誘拐事件の中には、親が子供を売り払ったなどという一種の人身売買も絡んでいる。そうい
う事例も多々あるのだ。
 親が売り払う以外にも、人身売買組織が子供を攫って行くこともある。
 そして、欲望を御しきれない連中が、子供を連れ去って、思いを遂げた後に殺害することも。
 アメリカ全土で、子供が被害に遭う事件は一体どれだけ起こっているというのだろう。そしてその
有象無象に起こる事件の中に、連続と言えるだけの関係性を見い出すことは、困難を極める。
『連続』と冠が付く事件は、往々にして犯人がそう宣言して付けられるものだ。名高い連続殺人事件
とて、犯人から声明があったから、或いは捕まった後に関与していた事件がごろごろと出てきたから
に他ならない。
 それほどに、無数に事件を結びつけるというのは困難なのだ。
 しかし、それでもエリアスが追っていると思しき連続児童誘拐事件が、『連続』と冠されたのには
被害者にある共通点があったからだ。
 ウィルはネット上に纏められていた被害者の顔写真を一つ一つ見ていく。
 みな、年端もいかない子供達だ。ただし性別に偏りはない。家族構成や家庭の状況もばらばらだ。
ただ一つの共通点を除いては。
 銀髪。
 誘拐された子供達は、皆が皆、銀髪なのだ。肌の色も眼の色もばらばらだが、髪だけは銀と共通し
ている。むろん、その銀色にも濃淡があるのだが、それでも人が銀と表現する範囲内だ。
 そういえば。
 ウィルは幼い銀髪の少年の写真を見ながら、その少年の後ろにエリアスの残像を見出す。彼もまた、
見事な銀髪だった。
 子供の頃は銀髪でも、大人になれば金に変じる事が多いのに、エリアスの髪は掛け値なしに銀色だ。
珍しい、と思う。エリアスがこの誘拐事件に携わっているのは、誘拐された子供達と自分に共通点を
見たからだろうか。
 そう思って、違うな、とウィルは頭を振る。
 エリアスがこの誘拐事件に携わっているのは署内での判断であって、エリアスの意志はないだろう。
そしてエリアスは、携わった以上、解決に向けて全力を尽くすだろう。彼は、そういう男だ。
 では、そんなエリアスが携わっている事件について、こそこそ調べているウィルはなんなのかとい
うと、別にエリアスが気になって調べているというわけではない。

「あのさ、俺の学校の知り合いも、その事件に関わってるンだよネ。」

 くちゃくちゃとガムを噛みながら、そんな事を伝えてきたのは最年少の隊員だった。
 若干十歳であるにもかかわらず、昨年マサチューセッツ工科大学を主席で卒業した天才少年は、ご
く一般的な子供の学校にも行きたいということで、今年からロス市内にある学校に通い始めた。

「その学校の生徒――俺の知り合いね、そいつがいなくなってンの。」

 こいつ、と天才少年が差し出した画像には、あどけない表情の銀髪の少年が小さく笑みを浮かべて
いる。

「銀髪の子供ばっかりっていうのが、厭らしいよネ。」

 自前のドレッドヘアーを弄りながら、彼は言う。

「厭らしい、とは?」
「あ、うん。俺はサ、アフリカ系の人間だから、どうしてもそういう珍しい特徴を持った人間を攫っ
てるって聞くと、なんか呪術的なのを考えちゃうンだよネ。」

 俺自身はそんなの全然信じてないんだけどサ。
 彼は肩を竦めて、

「でも、未だにそういうの、信じてるの多いよ。大陸では。」

 大陸とはアフリカの事だろう。そして彼の言っている事は事実だ。アフリカでは、アルビノの人々
の身体が呪術道具として売買されていることが、たびたびネットニュースで取り上げられている。

「そういうビジネスかなって、思ったンだけどネ、俺は。でも、そういうことを取り扱ってるアング
ラサイトを巡ってたら、これは違うかなって。」

 天才少年は、天才ハッカーでもある。ネットの奥底に蠢く悪意の流れについては、ウィルなどより
も遥かに詳しい。

「アメリカで素材を調達してるっていうンなら、それを売買の現地に持っていくルートがあるはずな
ンだけど、そのルートが使われてる形跡はないんだよネ。そこに接触しようとした形跡もない。だか
ら、これはそういうビジネスじゃなさそう。」

 きっと、このことは警察も気づいているよ。
 天才少年はそう言った。警察という巨大機関が、それを調べられないはずがない。

「だから、これはアングラ系の事件じゃないネ。それこそ、現場で足を使って調べる案件なんじゃな
いの。そういう意味ではエリアスは最適かもネ。」

 エリアスは部屋に籠ってネットで何かを調べているようなタイプではない。足で街を駆けずり回っ
て人から話を聞き、そこかしこに落とされている痕跡を探す人間だ。
 この誘拐事件について、エリアスは一体何を嗅ぎ取っているのだろう。
「それに、この件については銀髪っていうキーワードがある。警察なら、そういう子供を調べ上げて
見張ってるンじゃないの?」
「それはあるかもな………。」
「ついでに言うなら、俺の知り合いには、もう一人銀髪の子がいる。」

 それは本当に知り合いか。
 怪訝な顔でウィルが少年を見ると、そういうことにしておこうよ、と悪戯っぽい笑みが浮かんでい
た。

「それに誘拐された子が知り合いっていうのはホント。あいつ、良い奴なの。ほら、俺はこんなだけ
ど、あいつは馬鹿にしないし。」

 こんな、というのは一度大学まで行っておきながら、しかしそれで社会に馴染めずにもう一度学校
をやり直している事を言っているのだろうか。
 それについてウィルは詳しく聞かなかった。代わりに、

「そのもう一人の銀髪の子供というのについて、詳しく教えてくれ。」

 にんまりと少年が笑った。