「なんだ、どうしたんだ?」

 ふらふらと会議室にやってきたウィルを見て、目を丸くしたのは第三駆逐艦の古参であり、そして
隊長であるウィルを補佐する副隊長だった。
 日本出身の副隊長は、その国民性からか、常日頃からその場の空気を読み、何かと隊員達の仲を取
り持つことが多い。今回もその気質から、ウィルの様子を見過ごせなかったのだろう。よろよろと椅
子に座るウィルに近づいてきた。
 その後ろからひょっこりと、ロシア出身のガタイの良い中年の隊員も顔を見せる。

「大方、エリアスのことだな。」

 ロシア訛りの英語で、ずばりと確信を突いたロシア人はぽりぽりと顎を掻きながら、まあ気にしな
いほうがいいよ、と不可能なことを言ってくる。
 
「エリアスがああなのは、今に始まったことじゃないし。別にウィルにのみああいう態度をとってる
わけじゃないからさ。」
「それはそうかもしれないけれど。」

 ウィルとしては、エリアスが誰彼構わずああいう態度であることも問題だと思っている。任務に支
障がなかったとしても、だ。

「それで、今度は何を跳ねのけられたんだ?」

 わざわざコーヒーを入れて持ってきてくれた柿崎副隊長は、エリアスがウィルに辛く当たった理由
を問うた。

「エリアスも意味なく突っぱねたりしないだろう。一体何を頼んだんだ?」
「次回の任務の先兵を頼んだんだ。経験の浅い隊員ばかりだから、彼がいれば心強い。」

 エリアスの戦闘能力は一級だ。ただただ攻撃力が高いだけではなく、被害を最小限に抑えて戦う事
もできる。だから、味方がどれだけ――言い方は悪いが足を引っ張ったとしても、それをカバーする
ことができるのだ。

「もちろん、彼一人に負担を強いるつもりはない。私も同行するつもりだ。そのつもりだったんだけ
れど………。」
「跳ねのけられた、と。」
「忙しい、と言われてね。」

 これが他の隊員であったなら、地球の安全と一体何を秤にかけて忙しいのか、と問い詰めたいとこ
ろだ。しかし刑事でもあるエリアスの『忙しい』には、市民の安全がかかっている。
 外帝王が襲来しているからといって地球上の犯罪が減るわけでもなく、外帝王が襲来しているから
地球上の犯罪を見逃していいのかと言われればそんな事はない。

「理由は分かってはいるんだ。分かってはいるんだが、毎度のことながら、その、にべもない返答が
少しばかり堪えてね。」

 あの美貌に、容赦なく拒絶されるのだ。自分以外の人間にもそうなのだろうが、しかし天使もかく
やという顔に拒絶されるのは、少々きつい。
 ウィルの言葉に、聞いている二人も苦笑いを浮かべている。

「まあ、意味なく断られたというわけじゃないんだから、良いだろう。尤も、エリアスが無意味に任
務を放棄するなんてことはないだろうが。」

 やるべきことはやる男だからな。
 柿崎の言葉に、ウィルは頷く。エリアスが任務をないがしろにするような男ではないことは、隊長
に任ぜられてから今までの任務で、よくわかっている。もしも今回の任務が、エリアスにしかできな
いような危険な任務であったなら、エリアスは刑事としての仕事にどうにか都合をつけ、地球連合軍
としての本分を全うするだろう。
 正直、今回の任務は、経験の浅い隊員達を本隊に据えていることからも分かるように、さほど難し
い任務ではない。ただ、何か起きた時の為にエリアスにもいてほしかった、というだけだ。
 エリアスの中では、新人隊員達よりも、刑事としての事件のほうが重要だった、というだけだ。一
体どんな事件なのか、は気になるが。
 すると、ぼす、と目の前に新聞が投げて寄越された。怪訝に思って新聞を投げたロシア人――ヴァ
レリを見ると、

「エリアスが追いかけてる事件が気になるんじゃないの?たぶん、それだよ。」

 くい、と顎をしゃくり、記事を見るように促す。 
 目の前に落とされた新聞は、ちょうどとある記事がすぐに目に入るように折り畳まれていた。

「エリアスはロス市警にいるんだっけ?ロスで大きい事件って言ったら、それくらいしかないね。ま、
そういう事件はロス以外でも起きてるけど。」

 ヴァレリは自分の分のコーヒーを入れながら言う。
 記事は、連続誘拐事件のものだ。ここ数か月間、ロサンゼルスで多発している子供の誘拐事件。被
害者は未だ誰一人として見つかっておらず、その被害者の多さから、人身売買のシンジケートが関わ
っているのではないか、と噂されている事件だ。

「あの、手がかりゼロの誘拐事件か。身代金要求もなければ、死体が見つかったわけでもない。防犯
カメラや近隣住民からの情報もなし。被害者は既に三十人近くにのぼっているのに、何一つとして目
撃されていない、きな臭い事件だな。」

 柿崎も記事を覗き込みながら、呟く。 

「これを、エリアスが追いかけている、と?」
「エリアスが忙しいって言って任務を断るくらいの事件なんて、これくらいしかないよ。」

 ヴァレリは手をひらひらとさせながら答える。
 それに対して、ウィルも頷いた。
 こうして、事件の概要を形にして教えられれば、エリアスが任務を跳ねのけた理由は分かる。代わ
りのきく新人の援護よりも、子供を捜すほうを優先させたのだ。それは、とても人間らしく、そして
正義の秤からみても傾けるには十分すぎる。
 そう、こうやって、きちんと形にされればエリアスの言い分は理解できるのだ。

「我々は刑事ではないからな。」

 柿崎がぼそりと言った。そう、宇宙連合軍は刑事ではない。捜査権も逮捕権も持っていない。だか
ら、刑事としてのエリアスの領域に踏み込むことはできない。
 だから、エリアスは一人で行くのだ。

「とりあえず、次回の任務はエリアスの代わりに私とヴァレリが対応しよう。それで問題はないだろ
う?」
「君たち二人がいるのなら、大丈夫だ。」

 柿崎の言葉にウィルは頷く。
 ただし、頭の中ではエリアスの事が未だに引っかかっていた。