エリアス・アーサーという人物について、ウィルが知っている事はほとんどない。
 いや、ほとんど、と言ってしまえば語弊がある。少なくとも地球連合軍として登録されているエリ
アスの個人情報には眼を通してあるし、エリアスが軍に入ってから彼と接した事のある物からの人物
評も聞いたことがある。
 ロサンゼルスの生まれで、地元のハイスクールを卒業した後、警察学校に入学。卒業後、ロサンゼ
ルス市警に配属。それと同時期に地球連合軍にも入隊している。そして警察官としては警部クラスの
権限を与えられている刑事となり、地球連合軍としては第三駆逐艦隊に所属している。
 これが、エリアスの簡単な経歴である。そして、それ以上の事は軍の個人情報データには登録され
ていない。これ以外に記録されている事と言えば、生年月日くらいのものである。
 本来ならば、とウィルは思う。もう少しデータに厚みがあっても良いような気がするのだ。他の隊
員のデータと比較すればするほど、エリアスのデータは薄い。
 むろん、他の隊員のデータに無駄な記載が多いというわけではない。ただ、もう少し自己以外につ
いてが記載されているのだ。家族の事とか。
 そうだ、とウィルは頷く。エリアスのデータには、家族に関しての記載がまるでないのだ。生年月
日はあるが、親の名前は何処にもない。親や兄弟の現在の住所も記載されていない。
 それは、彼が孤児という事だろうか。
 このご時世だ。孤児は決して珍しくはない。外宇宙からの侵略行為によって親を失う事は、残念な
がら未だに多いのだ。そうした子供達を受け入れる施設はいつも満杯で、里親制度も停滞気味だ。
 エリアスもそうした子供の一人であると考えられなくもないが、しかしそれならば生年月日が確定
で分かっている事と、親の名前が記載されていない事が分からない。エリアスが親の顔さえ分からな
いというのならば生年月日も推定になるだろうが、生年月日が確定されているのならば親の名前くら
いは覚えているだろう。しかし、エリアスのデータには欠片たりとも家族の事が記載されていない。
 これは、エリアスが意図的に隠しているかのようだ。個人情報データは、基本的に本人が記載すべ
き事をあらかじめ確認する事が出来る。もしも本人が記載して欲しくない事があるならば、そこは秘
匿することができるのだ。
 親兄弟の事を秘匿したい。それは、家族の中に犯罪歴でもあったのだろうか。だが、軽犯罪程度な
らばわざわざ秘匿する必要はない。そんな事、よほど悪意を持って調べない限り、ネットワーク上に
も出てこない。逆に重犯罪者が家族の中にいたというのなら、そもそもエリアスが警察官や地球連合
軍に入ることそのものが難しいだろう。不可能ではないにしろ、何かしらの監視が付くだろうし、曲
りなりとも上官であるウィルにその手の情報が来ないのはおかしい。
 という事は、やはりエリアスが、特に必要もないのに家族に関する情報を伏せているという事にな
る。
 理由は、まるで分からない。
 いや、まさかとは思うが。
 ウィルは頭を抱える。まさかとは思うが、ウィルがこうしてエリアスの情報を閲覧するであろう事
を察知して、秘匿したのだろうか。
 いやいや、それは考え過ぎだろう。おそらく、エリアスは軍に所属してから家族の事は秘匿状態に
してきたのだろう。それは、誰からも家族について触れてほしくない、という意志表示だ。
 家族に関する事から、エリアス自身に触れる事を拒絶しているのか、それとも他に意味があるのか。
 いずれにせよ、ウィルの眼から見れば、それは拒絶の意思表示に見える。そう感じるのは、エリア
スの周囲からの人物評――そしてこれまでのウィルに対するエリアスの態度のせいかもしれないが。
 エリアスという人物の生い立ちはともかくとして、彼に対しての人物評は、概ね限られてくる。

 黙っていれば、恐ろしいほどに美しい。
 抜身の刃、放たれた弾丸。
 ひたすらに他者を置き去りにする。

 良く言えば孤高、悪く言えば向こう見ず。そしてその行動を引き止めようとするならば、その唇か
らは罵詈雑言が吐き出される。先程のウィルに吐き出されたように。そんな態度は隊員達の多くから
は眉を顰められて迎えられているが。
 しかし。
 あの、恐ろしいほどの美貌。神が如何なる御業を使ったのかと思いたくなるほどのその造形から、
同じくらいに綺麗に取り繕われた言葉が吐き出されていたなら、それこそ救いようがない気がするの
だ。
 あの顔から粗野な言葉が出されるから、ウィルはエリアスの事を、ああ、これは同じ人間なのだ、
と安心している部分がある。
 むろん、あのように好き勝手な行動をされては敵わない。しかし、ああやって間違った行動をして
いるからこそ、エリアスという人間が人間であると納得しているのだ。あの造作で言動まで完璧だっ
たなら、ウィルはそれこそエリアスを不気味に思っただろう。
 だから、もう少しだけでもエリアスが譲歩してくれたなら、ウィルは彼とうまくやっていけるだろ
う、と思っている。
 悪人ではないのだ。
 そもそも、彼が孤高に何もかもを置き去りにしているのは、煮え滾るほどの正義が根幹にある。平
時であれば、エリアスはもっとこちら意見を聞く。聞き入れるかどうかは別として。ウィルを小馬鹿
にするかどうかは別として。けんもほろろの態度をとるという事はない。
 エリアスが今回の先兵任務を蹴ったのは、刑事の仕事があったからだ。なければ、エリアスはなん
だかんだ吐き捨てながらも任務に参加しただろう。
 だが、軍の仕事と刑事の仕事をどうやって両立させるつもりなのか。
 いや、そう言えばきっと、エリアスは鼻先で笑いながら、自分はこれまでずっとそうやって来たの
だ、と言い放つだろう。ウィルが入隊する前から、そうやって来れたのだ、と。エリアスがこれまで
通りできなくなったのなら、それは上官であるウィルの手腕に問題があるのではないか、とまで言い
放つだろう。
 そして、それは大きく間違ってはいない。
 ウィルは優秀であると評価されているが、だが隊長としての手腕は未熟なのだ。支えてくれる隊員
もいるが、しかし。

 エリアス・アーサー。戦闘能力において第三駆逐艦隊で、彼の右に出る者はいない。

 エリアスを使いこなせなくては、第三駆逐艦の戦力は大幅に削られる。そしてウィルは、エリアス
とまともに会話もできていないのだ。
 頭を抱えたウィルは、行き宛もないままよろよろと立ち上がり、何か手はないか、と模索し始めた。