ウィル・エインズワースが、エリアス・アーサーに出会ったのは、ウィルが地球連合軍の隊長に任
命された時だった。
 外宇宙から飛来した侵略者に対し、地球人達が対抗手段としての組織『地球連合軍』を設立したの
は、侵略者が飛来してから十年以上が経過してからだった。それまでも国際連合軍が侵略者として渡
り合ってきたが、明確に宇宙に対して、世界中から隊員を募って戦闘する部隊というものを設立した
のは、その時だった。
 それまでは国際連合軍の他に、各国の軍が独自に侵略行為に対して抵抗していたのだ。そこには、
各国の様々な思惑――侵略者を食い止める事で自国の発言を強めるだとか、或いは自国の主権を侵さ
れたくないだとか、自国の技術を他国に知らしめたくないだとか、そういうものが渦巻いていたのだ
ろう。
 しかし、侵略者の攻撃は激しく、それぞれの国軍の疲弊と犠牲はただただ深まる一方だった。もは
や個々に対応する事はできず、自国の利権だとかそういう事を吐いている場合でもなかった。
 各国の代表が、宇宙軍事に関するありとあらゆる知識技術を掻き集め、宇宙からの侵略者に対抗す
べきという声明を発表し、地球連合軍の設立を決めたホノルル条約が世界210ヵ国で締結され、そ
して今に至っている。
 ホノルル条約において、隊員は厳正な実技、筆記、性格テストを受け、全てにおいて合格点を満た
した者のみから成る事が定められている。如何なる口利きも、縁故採用も許可されてはいない。
 しかし、ウィルに関しては、あからさまに縁故採用であろう、という噂が飛び交い、陰口を叩かれ
ていた。  
 それは、ウィの家系は代々米軍の重役を務めており、父親もまた米軍大佐だった為である。またそ
の父親が地球連合軍の総司令官と知人であった。
 実際の所、条約によって二人からの口利きが出来るわけがなく、ウィルは正々堂々とテストに挑ん
で、実力のみで難関を突破した。その年だけテストが簡単であったという事もなく、ウィル以外のテ
スト受講者の話を聞いても、例年通り、『今年のテストは難しかった』という言葉が出てくるだけで
ある。
 それでも、あまりにも身近に二人も関係者がいた事によって、ウィルは謂れのない陰口を叩かれる
事となっているのだ。
 ただ、ウィルも入隊時に口利きがあったわけではないと分かっているが、流石に入隊半年で隊長に
任命された時は、少しばかり己の身内からの何かしらを疑った。その時は、慌てて総司令官に確認を
取ったほどである。
 しかし、総司令官は口利きだのそういった事は即座に否定し、ウィルに隊長としてすぐに狼狽える
のは良くないと言い放って、追い払ってしまったのだ。
 こうして、ウィルも腑に落ちぬまま任命式を迎え、その時にエリアスに出会ったのだ。
 いや、出会ったというのは正確ではない。見かけた、と言ったほうが正しい。エリアスはウィルの
率いる部隊の一員として、任命式の時に整列していただけだ。
 ウィルが地球連合軍に入隊して半年にして、隊長に任命された事について、任命式時にエリアスが
どのように思っていたのか、ウィルには分からない。その時のエリアスの表情までは覚えていないか
らだ。ただ、その後のエリアスの態度を見るに、間違いなく好ましくは思っていなかったのだろう
な、と思う。
 ウィルが入隊半年であるのに対し、エリアスは入隊して五年以上経っており、隊員の中でも申し分
のない実力を持っていると言われ、事実、数々の功績を挙げていたからだ。そんなエリアスからして
みれば、新人の、しかも縁故採用だの口利きだのという噂のあるウィルが、自分の隊長になるだな
んて好い気はしなかっただろう。
 そして実際に隊長として任務についた日、ウィルはほとんどの隊員からは小馬鹿にされたような態
度を取られた――もちろん、そうではない隊員もいたが、しかし若手の隊員になるにつれ、ウィルを
馬鹿にしているような、或いは隊長としては扱うけれども上辺だけ、という態度をはっきりと取って
いる。
 むしろ熟練である隊員のほうが、ウィルをサポートする為に動いている、というふうだった。
 そして、ウィルと齢近いエリアスといえば。
 馬鹿にしているわけでもなく、かといってウィルに協力的というわけでもなく。従う時は従うけれ
ど、エリアス個人の感情が優先される場合は、全くといっていいほど、ウィルはおろか誰の意見も聞
き入れないのだ。

「エリアス、待ってくれ!」

 今回もまた、些細なことではあったがウィルの意見を完全に無視したエリアスを、ウィルは慌てて
追いかける。その背中が廊下の角を曲がってしまう前に、ウィルはどうにかして腕を捕まえる。
 ウィルの手に腕を掴まれたエリアスは、振り解く動作と同時に振り返ってウィルに向き直った。
 珍しい、完全に銀色の髪が振り返る動作に従って空を切り、その向こう側から陶器のような白い顔
と薄氷色の眼差しが覗き込む。
 この瞬間は、本当に心臓に悪い。何度遭遇しても、どうにも慣れない。
 エリアス・アーサーという人物は、恐ろしいほどに美しい人間なのだ。一度も日が当たった事がな
いかのような白い肌と、完璧なまでに配置された眼と口と鼻と。氷河をそのまま切り取って埋め込ん
だような眼と、薄いが形の良い口と、すっきりと筋の通った鼻と。そして紛う事なき銀色の髪と。
 神がその爪先一端に至るまで、徹底的に手を施して作り上げたのではないか、と思うほどの造形。
 口の悪い若者も、エリアスの外見については、誰がなんと言おうとイケメン、と認めざるを得ない
のだ。ただし、黙って動かなければ。

「なんだよ、いちいちうるせぇな。お前は俺の母親か親父にでもなったつもりか、あーん?」

 吐き捨てられた声は、バリトン歌手も羨むほどの低音の美声であった。が、それが奏でた言葉は、
天使もかくやという美貌からは程遠い粗野なものであった。
 そう、一度口を開けば、横っ面を張り飛ばされたかのような気分にさせるのだ、エリアスという男
は。

「き、君はちゃんと私の話を聞いていたのかい?君には、次の任務で先兵を務めてもらいたいんだ。」

 任務にはエリアス以外に経験年数の浅い隊員が当たる予定となっている。もちろん、ウィルも入る
つもりだ。
 だが、エリアスは薄氷色の眼差しに、その色に相応しい冷ややかさを乗せて、

「残念だが、俺は別件の用事がある。他の奴にやらせな。」
「エリアス!」

 別件があるというのは嘘ではないだろう。エリアスは地球連合軍の一員であると同時に、刑事でも
ある。刑事としての任務内容は、ウィルも良く知らない。刑事としての守秘義務が、エリアスの口を
閉ざしているのだが、それ以上にエリアスがウィルに何も話すつもりがないのだろう。

「先兵任務なんざ、別に俺が出張らなくたってかまわねぇだろ。それこそ、新人達だけでも十分だろ
うよ。」
「何を言っているんだ。先兵は敵の状況を確認する重要な任務だ。」
「じゃ、もっとベテランの隊員に任せな。この俺よりも、もっと経験豊富な奴がいるだろ。そいつに
あちこち連れてってもらえよ、お坊ちゃん。」
「う………。

 エリアスもまた、ウィルを父親や家族が米軍の要職に就いているから、隊長としてふんぞり返って
いると思っているのだ。
 圧倒的な美貌で、蔑むような表情を作られるのは、かなり効く。
 言い返せなくなったウィルを一瞥し、エリアスはウィルの腕を苦も無く振り解いて再び背を向けた。
滑らかな背骨と肩甲骨の浮き上がりを見せるその背が消えてしまうまで、ウィルは立ち尽くすしかな
かった。