圧倒的な黒



 フム・アル・サマカ。
 第九百四十三番銀河フェムファルト系第四惑星のことを、そのように呼びます。
 この惑星は、おそらく、外帝王との数ある戦いの記録の中でも有名な悲劇の舞台の一つとして、有
名となることでしょう。
 フム・アル・サマカは長らく、外帝王の侵略を受けていました。宇宙倫理機構による介入が必要な
ほどの侵略を受け、数年前より事態は膠着状態に陥り、その後進展のないまま、現在に至っていまし
た。
 フム・アル・サマカには既にEGGが発見されており、その宿主たる者も長らく存在していました。
しかし、それでも外帝王の侵略は深く、膠着状態に縺れ込むことが精いっぱいだったのです。
 それでも、EGGがいる限り、惑星には必ずや勝機があったのです。EGGはフロル人が持ちうる
技術全てを注ぎ込んで作り上げた、外帝王への唯一の対抗手段。それはただ存在するだけで、外帝王
にとっては毒と成り得るのです。だから、如何に膠着状態に見えたとしても、EGGがいる限り、外
帝王は必ずや撃退できたはずなのです。
 けれども、フム・アル・サマカにとってはそれらの言葉は全て過去のもの。もはや届くところにな
い、取り返しのつかない場所に向けて放つだけの、意味のないものでしかありません。
 悲劇の始まりは、フム・アル・サマカの先代EGGの崩御より始まりました。
 EGGの崩御は、いかなる惑星にとっても、ましてや外帝王の侵略を受ける惑星にとっては猶の事、
凶事でしかありません。
 EGG不在は外帝王に付け入る隙を与える亀裂。外帝王の浸食を早めるだけの事態でしかないので
す。
 ですから、すべての惑星において、次代のEGGとなる候補を見つけておくことというのは、何を
置いても成さねばならぬ使命なのです。
 むろん、フム・アル・サマカも、その使命を知っていました。むしろ、外帝王の侵略を受けていた
からこそ、EGGの存在を絶やしてはならぬと、何よりも知っていました。
 フム・アル・サマカには、先代EGGが崩御された折、何人かのEGG候補がその周りに召喚され
ていました。戦火の中掻き集められた銀髪の彼らは、己の使命を十分に承知していました。
 EGGの選定は、余人には分からぬことです。誰がEGGに選ばれるのか、それはEGGにしか分
からない。掻き集められた彼らの中から選ばれぬということも、起こり得ることでした。
 もしも彼らの中に、EGGとなる者がいなければ、それはフム・アル・サマカにとっては、EGG
崩御に次ぐ二度目の凶事となったことでしょう。
 ですが、その凶事は避けられました。
 掻き集められた、銀髪の少年少女達。
 その中に、EGGはいました。
 まだ、齢十歳となったばかりの少女。
 彼女こそが、次代の――フム・アル・サマカ現EGG、フォルクゥ・エルニーデットでした。
 年端もいかぬ少女を、外帝王の黒の炎が迫る戦場に向かわせることは、間違いなく人情味欠ける行
為でしょう。しかし、それをせねばフム・アル・サマカは外帝王に太刀打ちできなかった。
 フォルクゥも、そのことは理解していたでしょう。
 何せ、彼女が生まれた時には既に、外帝王はフム・アル・サマカの海と大陸を蝕んでいたのだから。
彼女は、己の背負う宿命を、理解していたはずです。
 戦場において、彼女は何もできない。彼女はまだ十歳の少女でした。如何なる武器も使えない。し
かし、それで良いのです。EGGはそこにいるだけで、良いのです。戦場の只中の立ち尽くすだけで、
その存在が銀の炎となって未来を照らす。
 それこそがEGG。
 それだけで、外帝王の歩みを留めることができる。
 ですが、彼女はそれを良とはしなかった。
 己にも何か戦うう術があると信じていたのかもしれません。何もしなくても良いと言われて、頷い
ていられるほど、フム・アル・サマカの状態は安穏としたものではなかった。けれども、だからとい
って、幼いフォルクゥに何かできるわけでもない。
 フォルクゥの中には、次第に不満が溜まっていったのでしょう。
 ただえさえ、長く続く外帝王との戦い。そこに決定打を与えられぬ己。膠着状態が解ける気配は何
処にもなく、あるのは疲れ果てた人々の声ばかり。
 フム・アル・サマカはもともと深い霧に覆われた惑星で、空が臨めるのは一年のうち、数十日ほど
しかありません。しかしその霧の晴れる日も、戦の炎にたなびく煙が空を覆ってしまう。
 EGGとなっても何もできず、何も変わらず、何一つ動かせぬという状態に、フォルクゥの中には
激しい焦燥が募っていたのでしょうか。それとも、彼女はEGGの使命を理解しているというのは、
我々の希望でしかなく、彼女はEGGの使命など何一つとして理解しておらず、或いはEGGの使命
など背負いたくもなかったのでしょうか。
 答えは、彼女がSEEDを任命しようとしないままであったということに、あったのかもしれませ
んが、今となっては、それを問う術は、宇宙の塵を数えるほどに困難でしょう。
 フォルクゥが、十五歳になったその夜。
 彼女は一人宇宙に向けて飛び立ちました。
 いつのまに宇宙船の運転など覚えていたのでしょうか。いいえ、覚えておらず、ただ、自動運転の
ボタンを覚えていただけかもしれません。いずれにせよ、彼女一人を詰め込んだ宇宙船は、宇宙に向
けて飛び立ち、そして今に至るまで見つかっていません。
 フム・アル・サマカはEGGを失いました。
 三度目の、凶事です。
 これまで何人もが宇宙の中からEGGを見つけ出そうとしましたが、それは今も叶っておらず、そ
して遂にフム・アル・サマカの人々の中から、ある凶行に出る者が現れました。
 他の惑星のEGGを、フム・アル・サマカへと誘拐しようとしたのです。
 尤もそれは、誘拐されかけたEGGそのものの手によって阻まれました。そして何よりも、そのE
GGが知った、フム・アル・サマカが外帝王侵略の末に破壊されたという、情報によって。
 故郷を失ったことは、犯人の心を砕くには十分でした。
 そして、フム・アル・サマカは滅亡しました。
 己が惑星のEGGの逃亡によって。





 EGG:フォルクゥ・エルニーデット
 年齢:十六歳(生存していれば)
 外帝王との戦火の中で掻き集められたEGG候補の一人。先代EGG崩御の後、銀髪の少年少女の
中からEGGに選ばれる。
 十歳という若さでEGGになったが、生まれた時には既に惑星は外帝王との戦いが激化しており、
己の使命は十分に理解していた様子で、また守られるだけではいけないという意識もあった。
 しかし年齢と、そもそも争い自体が激しいものであったため、彼女を前線に送り出すことは許され
ていなかった。
 彼女の不満と焦燥は、もはや知る術はないが、最終的に彼女は現状を否定し、一人宇宙に飛び立っ
て外帝王に浸食された故郷を捨てた。
 EGGが故郷を捨てることは他に例がなく、フム・アル・サマカの悲劇として記されている。