z-Ori-gnaw.jpg(19276 byte) 愛憎



 イザール。
 第二十四銀河ファザーラ系第八惑星。
 三つの太陽を持つこの惑星は、昼のみの黄期と夜のみの黒期、そして夜と昼が交互に訪れる色期を
持つ。黄期は一年の五分の二を、黒期は一年の五分の二を、そして色期が残りの五分の一を占める。
 太陽が一日中照り付ける黄期は、植物の天下だ。植物は黄期の間中、延々と成長し続け、イザール
の陸地すべてを支配する。
 黄期において、動物達は皆、植物の庇護下において植物のために存在する。植物の成らす実を動物
達は食するが、肥大化した植物達は時に生きている者にまで根を張り、養分とする。植物の前におい
ては如何なる文明も無力であり、地表も地下も、文明の痕跡は全て植物の根に粉々に砕かれる。
 しかし、黒期においては一転し、植物は悉くが息絶える。生き残るのは、落とされた種のみ。光差
さぬ大地はその気温を常に零下に曝す。
 光なき上に圧倒的な冷気。それによって地上を支配していた植物達は、見る影もなく枯れ果て死に
絶える。しかし植物達の死は動物達にとっても死を示す。
 圧倒的な冷気だけでも十二分に動物達を死に追いやるものだが、地上を覆う植物が朽ち果て、斃れ
ることで大地の大半は砂漠化するのだ。食料は望めず、冷気から身を守るものはなく、動物達も植物
に殉じるように死を迎える。
 この時、生き残る動物は植物達と同じく、まだ生まれる前の子供――卵だけである。
 イザールにおいて、動物達は全て硬い殻に包まれて生まれてくるのだ。
 動物は、黄期と黒期の間に横たわる色期――即ち、一日のうちに夜と昼が分けて存在するこの時期
に、交尾の相手を見つけ、卵を産む。
 色期は文字通り、植物が色づく季節だ。この季節、植物は花を咲かせて種を残す。
 こうして、暗き夜のみが支配する黒期においては、すべての生命体が、生まれる前の子供しか生き
残れない世界となっているのだ。
 ただし、動物の中には黒期の中でも生きて動くものが幾許か存在する。
 それらの生命体は、いずれも黒期の間は皮膚を硬い外殻で覆いつくし、外気より身体を守るのだ。
 こうした生命体の中には、イザールの人類も含まれる。
 イザール人が、いつ頃からそのような形態を取るようになったのかは不明だ。黄期に悉くの死体が
植物に?み砕かれるイザールにおいて、化石などの生命の歴史を知る術は非常に少ない。そもそも、
イザールにおいて知的生命体が発生したこと自体、奇跡に近いのではないか、と我らは考えている。
 黒期において、その一年に作り上げたすべてが無に帰すイザールでは、何かを積み上げる、という
ことは難しいのではないか、と。
 もしかしたら、人類発生に、フロル人が何かしらの形で関わっている可能性がある。
 何故ならば、イザールにおいて最も古いとされる人類の痕跡は、EGGに関係するものだからだ。
EGGを祀ることを示した石板。これが、イザール人類史の最古のものと言われている。
 フロル人が、各惑星において配偶者を求め、自らの子孫をその惑星に残していったことは周知の事
実だろう。しかし、その場合において、フロル人は自らがその惑星の知的生命体に似た存在となり、
そして惑星に住む元来の知的生命体には、何らかの作用を示さなかった。
 だが、おそらくイザールにおいては、そうはできなかっただろう。
 一年という短い期間で生を終える生命体ばかりのイザールでは、フロル人も、外帝王に対抗できる
知的生命体の痕跡を見つけられなかったのだろう。だから、フロル人は、イザールにおいては生命体
に何らかの操作をしたのではないか、と考えられている。
 あまりにも変化のありすぎるイザールでも、知識を蓄積し、外帝王に対抗できる知的生命体を生み
出すため、彼らは何かしたのではないか、と。
 その行為が本当にあったのだとしたら、それは果たして正しい行為であったのか。
 イザール人の間で、いつも繰り広げられる論争だ。
 知性のないまま宇宙を知らず穏やかに暮らすべきであったのか、高い文明を持ち宇宙での争いに巻
き込まれるべきであったのか。
 その論争については結論は出ないだろう。
 しかし、外帝王との争い以前に、イザールはEGGを巡る一つの問題が持ち上がっている。それも
やはり、フロル人によって齎されたものだ。
 一つの季節で終わるはずだった生は、文明を蓄積させると同時に、感情も蓄積させることとなった。
 愛情、憎しみ。
 黒期で全て無に帰される感情は、人類が一年、二年と寿命を延ばすことで、脈々と受け継がれるよ
うになった。
 今代のEGGは、齢十八の男子だ。
 そして、SEEDはこの男子の恋人である乙女だ。
 SEEDにはEGGを守るだけの技量が求められるが、乙女は常にEGGである男子に守られるば
かりで、SEEDとしての役割を果たすことができずにいる。
 これは、別段乙女の所為だけではないだろう。
 恋人を優先させ、戦えぬ者、戦わぬ意志を持たぬ者をSEEDとしたEGGにも責任はある。
 ただ、何も出来ぬSEED、というものは、各惑星のEGGが集う場において、甚だイザールの面
目を潰す。
 故に、この乙女を役立たずと罵る者もイザールの中には数多くいる。役割も果たせぬのにSEED
となり、SEEDとして様々な利権を得ている、と。
 一方で先に話したように、イザールはフロル人に操作されたのではないか、という説があり、それ
を支持する者達は、そもそもEGGとSEEDは被害者である、という論を展開し、宇宙倫理機構に
対して何らかの賠償を訴えるべき、と言う者もいる。
 そして、SEEDではる乙女は、恋人であるEGGが庇う。
 SEEDを責める者へは怒りに火を注ぎ、二人は被害者だという者は味方を得たと言わんばかりに
活気づく。
 これにってイザールは二つに分かたれた。
 今代のEGGとSEEDを降ろそうとする一派と、宇宙倫理機構そのものに反旗を翻すべきという
一派に。
 いずれの主張も、過去に拘るものであり、イザールの行く末を見据えたものではない。
 その隙を外帝王に付け込まれたなら、その時がイザールの破滅の時だろう。




 EGG:アルウィン・オッド
 年齢:十八歳
 イザール人の中流家庭の青年。黄期は植物の枝を集め、硬化させる仕事を請け負う家系に生まれた。
硬化した植物は黒期の寒さにも耐えるため、この木々で黒期の間の住まいを作る者が多い。
 EGGとなったのは三年前。
 本人は、どちらかといえば自分達はフロル人の争いに巻き込まれた被害者という考えであり、学生
運動もしていた。
 EGGになった後は、外帝王の浸食から星を守るという自衛は行うが、積極的に他の惑星と関わろ
うとはしていない。他の惑星が外帝王の侵略を受けていても、無関係である、という立場を取る。
 また、自分の周りに学生運動を行う若者を集わせたりと、問題行動も多い。
 SEEDは恋人であるジェネシーであり、何かと彼女を庇うが、一方で他の惑星の人々と交流する
うちに、彼女への熱は冷めつつある。




 SEED:ジェネシー・ヘレ
 年齢:十八歳
 アルウィンと同学の乙女であり、アルウィンと同じく、自分達はフロル人に巻き込まれたと考えて
学生運動に参加していた。
 ただし、アルウィンが参加していたから自分も、という側面が強く、実はそこまでフロル人の事は
興味がない。
 アルウィンがEGGとなった時、恋人である、というだけでSEEDとなった。
 ただしSEEDとしてEGGを守る力は皆無。
 対外的にも何の力も持たないため、ありとあらゆるSEEDの中で一番の役立たず、と言われてい
る。