z-Ori-gne.jpg(5112 byte)    下賤の聖者



 べクルス。
 第五銀河のL系の惑星だ。海と山と森に恵まれた、知的生命体が生きていくには極めて恵まれた条
件が揃っている。
 そしてこのべクルスは、おそらく最も初期段階で白金卵を産み付けられた惑星だろう、と言われて
いる。
 理由としては、べクルスには古くから卵信仰があるからだ………って、おい、そこ、笑うな。お前
達の星では卵を信仰するなんて事はおかしな事なのかもしれないが、俺達の星じゃあ普通の事なんだ。
 ………ああ。分かってるよ、無駄なお喋りは省く。
 えーと、そう、べクルスには古くから卵を信仰する宗教がある。卵が生命の根源を表すっていう文
化を持つのは、他の星にもあるだろうが、卵そのものを信仰の対象にするってのは、まあ、うちの星
くらいだろう。
 だからって、ゆで卵だとか、魚卵を信仰してるわけじゃない。
 信仰の対象となるのは銀の卵。そう、正しくフロル人が外帝王の対抗手段として生み出した白金卵
の事だ。
 この信仰が、いつ頃生まれたのか、は正確には分からない。だが、俺達の信じる聖書に従えば、リ
ーマ歴0年。俺達の暦で言えば2341年前。初代リーマが聖誕した時だ。
 初代リーマというのは、卵信仰――リーマ教の教祖にして、べクルスにおいて初めてEGGとなっ
た人物のことだ。銀の髪を持つ、と記述されている事から、これに間違いはないだろう。
 初代リーマの聖誕の後、黒き者共が現れ、世界を恐怖に陥れたと聖書にはある。これは外帝王襲来
を指していると言われている。そしてこれら外帝王はリーマによって退けられ、以降、リーマは信仰
の対象となった。
 リーマの死後、EGGとなったのは、リーマの生まれ変わりである、リーマの姉の孫だ。
 生まれ変わりって何って?
 輪廻転生だ。リーマは死しても生まれ変わり、EGGとなる。その事は俺達リーマを信じる者達に
とっては、疑うべくもない事実だ。そうやって、2000年以上、EGGはリーマ教会の庇護下に置
かれてきた。
 これを聞いた者の中には、リーマ教がEGGを独占しているように見えるかもしれない。だが、E
GGは――リーマは独占できるものじゃあない。
 さっきも言ったように、リーマは輪廻転生する。銀の髪を持ち、EGGとなる存在だ。EGGとな
る存在は、その血に連なる者だが、直系である必要性は全くない。事実、二代目リーマはリーマ自身
の子供ではない。というか、リーマ教では教祖以下僧侶は婚姻、並びに性行為を固く禁じている。
 銀の卵に近づく者は、乱れる事なかれ。
 リーマの五戒の四番目が、それだ。
 これは、巷で言われているようにリーマが性行為を不潔なものと捉えたからではなく、単純に、世
襲による腐敗を戒める為に成されたものだろうな。
 もちろん、これが完全に遂行されたわけじゃあないが、それでも腐敗を最低限に停めるだけの効果
は果たしている。
 リーマの血筋は、長い歴史の中、あちらこちらに点在した。その点在する者の中から、誰がEGG
になるか、はEGGのみが知っている。EGGになった者から近しい血筋から選ばれる事もあれば、
か細い線を手繰り寄せねばならないほど、遠い縁者である事もある。
 今世のEGGは、先代のEGGから遥か遠いところから選ばれた。
 56代目リーマ。
 あいつは、リーマ教の総本山であるダルカ教会から少し離れた位置にある、ラ・ドーラ市のスラム
に産まれた。あいつの家系が、どういう経緯でそこに至ったのかは、誰も知らない。俺も、あいつが
EGGになるまで何をして生きてきたのか、詳しくは教えてもらっていない。
 ただ、俺達よりも遥かに過酷に、人として出来うる悪事と善事のぎりぎりの境を歩いてきた事だけ
は、事実だ。
 リーマの血筋は、あいつ以外にも大勢いた。先代リーマの家族の中から、EGGが選ばれても良か
ったはずだ。けれども、EGGは彼らには反応しなかった。どうにかしてEGGになろうとした先代
の家族もいたけれど、彼らは悉く、EGGの力に呑まれ、発狂した。
 知らないかもしれないから言っておくが、『選ばれない事』にペナルティが付くのはSEEDだけ
じゃあない。EGGも、選ばれなかった場合にはペナルティが付く。発狂するか、ただの自我を失っ
た人形になるか、そういった状態になる。
 教会に属するリーマの血筋は、悉くがそうやって潰れていった。
 その様を見た他のリーマの縁者は及び腰になり、数年間、べクルスはEGG不在の時期があった。
その時、外帝王に攻め込まれなかったのは、幸いだ。
 そして、先代リーマの死の数年後、誰もEGGになると名乗り出なかったその後、ようやく、一人
の子供がEGGの前に現れた。
 誰かが連れてきたわけじゃない。あいつは一人で、ダルカ教会の最深部に安置されていたEGGの
前に現れた。
 ………そうだよ、あいつは盗みに入ったんだ。
 目当てはEGGじゃなくて、それ以外の金目の物。
 EGGが安置されているんだから、ダルカ教会の警備は強固だった。一瞬で見つかり、即処刑。そ
うなるのが普通だ。
 けれども、その時に限って、見張りは急に具合が悪くなって、急遽交替した。その交替の一瞬の間
に、あいつは教会に入り込んだ。教会内は複雑で、初めて来た人間は案内なしでは迷う。けれども、
あいつは罠も何もかもも通り抜けて、EGGの前に立つ事が出来た。
 そして、そのままEGGに選ばれた。
 当時は大騒ぎだった。俺はまだガキだったけれども、ガキの耳に入るくらいだったから、相当の騒
ぎだった。
 あいつが言うには、ほとんどの奴らが、これは何かの間違いだって言っていたらしい。
 そりゃあまあ、そうだ。
 教会に盗みに入った奴が、星の守護者だなんて、誰が信じられるか。俺にも、その気持ちは良く分
かる。
 だが、EGGに選ばれたのはあいつで、それは誰がどう否定しても否定できない事実だ。
 何よりも、あいつ自身が、それを否定したかっただろうよ。何せ、あいつはその瞬間に、これまで
いたスラム街に、外の世界に別れを告げて、教会っていう堅苦しい世界に入らなくちゃならなくなっ
たんだから。
 教会っていう、あいつのこれまでを否定する世界に、入らないといけないんだから。
 教会の中には、今でもあいつを否定する連中がいる。どうにかして、あいつからEGGを奪い、正
しい状態に戻そうとする連中が。
 そういう連中は、たぶん、俺の友人知人の中にもいるだろう。
 俺があいつのSEEDになったのは、俺がSEEDになる事で、あいつへの妙な動きを牽制する為
だ。あいつが死ねば、俺も死ぬ。それが理解できてる連中は、下手にあいつに手を出そうだなんてし
ないだろうよ。




 EGG:56代目リーマ(本名:サンジェ・トトゥ)
 年齢:19歳。
 元来、リーマ教の中から選出されるEGGの中で、ラ・ドーラの貧民窟で生まれ育った経歴を持つ
異色の存在。11歳の頃、教会に盗みに入った時、安置されていたEGGに触れて、そのままEGG
となる。
 本人はEGGになどなりたくなかったが、EGGを止める術は死ぬ以外にないため、仕方なくEG
Gとして生きている。教会にも入りたくないが、EGGである人物は強制的にリーマ教会の教祖とな
る。
 むろん、貧民窟出身の彼を快く思わぬ者は大勢おり、過去に度々、暗殺未遂が起きているが、スラ
ム出身のリーマであるが故に、暗殺をいち早く察し、切り抜けているという現状である。
 リーマは基本的に、教会の教えは端から馬鹿にしているスタンス。また、自分の事をリーマと呼ば
れる事も好まない。身の回りの世話をする者達には、本名であるサンジェと呼ぶ事を強制させている。
それができない者達は、必然的に遠ざけられる。
 そもそも、彼は従者自体を必要としていない。貴族ではない彼は、自分の事は自分で出来る。
 ただし、教会関係の事柄については、全く知らない為、その為だけに従者を付けている状態である。
 スラム出身ではあるが、性格は陽気で卑屈さはない。教会の静寂よりも、裏通りの喧噪を好むのは、
教会を辛気臭いと感じているからで、負い目を感じているからではない。教会の人間であっても、陽
気で軟派な者とは気が合う。
 また、これまで生きる為に盗みを働いてきたが、麻薬や殺人、強姦などの犯罪は毛嫌いしている。
 本人曰く、『どう考えても取り返しがつかない』から。
 SEEDであるツェーリとは、EGGになった後、サンジェを暗殺しようとした者をツェーリが捕
まえた事で知り合った。サンジェはツェーリをSEEDにするつもりはなかったが、ある事件を切欠
にツェーリが死にかけた為、ツェーリを生かす為にSEEDにした。
 ツェーリには幼馴染がおり、その幼馴染が自分を快く思っていない事は重々承知している。




 SEED:ツェーリ・ドマ
 年齢:22歳。
 リーマ教の騎士団に属しているラ・ドーラの貴族の子弟。貴族としての地位は高く、教会内部の事
に口を挟めるほど。
 サンジェを暗殺しようとしていた暗殺者を捕えた事で、サンジェと知り合う。
 その後は、教会を抜け出すサンジェを手伝ったりと、二人で何かと些細な悪戯をしてきた。
 リーマ教の教義には従っているが、リーマが誰であろうとも構わないという考えであり、またサン
ジェが、皆が言うほどおかしな人物ではない事を知っているため、サンジェ降ろしの動きがある事を
苦々しく思っていた。
 サンジェの暗殺計画が度々起こるため、それらを牽制する為に、貴族である自分がSEEDになる
べきと考えてサンジェに申し出るも、サンジェはこれを拒否。しばらくの間、二人の間では、SEE
Dを巡る言い争いが続く。
 しかし、サンジェを暗殺する計画にツェーリが巻き込まれ、ツェーリ自身が生死に関わる大怪我を
負った為、サンジェはツェーリを生かす為にツェーリをSEEDとする。
 なお、この事件にツェーリが巻き込まれたのは、SEEDになる為にツェーリ自身がわざとそうし
たのではないか、と近しい者達からは疑われている。
 特にこの疑いを持っているのは、ツェーリの幼馴染である、サキャ・ランドルである。
 彼女は、サンジェのEGGとしての資質を否定しているが、ツェーリに好意を持っているというだ
けでサンジェを守る騎士団に所属している。
 なお、サンジェもツェーリも、彼女がサンジェに対して含むところがある事に気づいており、ツェ
ーリはいざとなった時は、彼女を切り捨てる事も辞さない考えであるが、彼女はそんなツェーリの考
えを知らない。