z-Ori-gnb.jpg(3921 byte)    血の王



 タラゼド。
 第38銀河の果てに存在する、黒い太陽を周回している惑星。
 黒の太陽から届く光は温かいが薄暗く、故にタラゼドは日中であろうとも薄暗い。三つの衛星を持
つが、太陽の光が黒いが故に、それらは輝かない。
 暗き光のもとにおいて、植物は頑強にはなり得ず、成長したとしてもその幹はひ弱であって、一度
風が吹けば根こそぎ倒れてしまうほど。故に、タラゼドにおいては植物から得られる恩恵は、ほとん
どない。
 草食動物の種類も、多様ではなく、大きなものはいない。最も多い草食動物は、モルメタと呼ばれ
る鼠状のものだ。これは生態系の最下位に属しており、これが失われれば大多数の肉食動物は死滅す
るだろう。
 これら肉食動物の中には、タラゼドの知的生命体も属している。
 タラゼドの知的生命体――以下、タラゼド人と称する――は、別惑星における多くの知的生命体と
同様に、雑食性ではある。しかし主食は穀物などではなく、紛れもなく肉だ。これは、作物が育ちに
くいタラゼドの環境に由来する。
 タラゼド人の中には、植物を育てる者もいるが、それは自らが食する為ではなく、専らモルメタを
始めとする草食動物を育てる為である。前述したようにタラゼドの植物は弱く、すぐに枯れ果ててし
まう為、育てるにも手間がかかる。何よりも、タラゼド人にはほとんどの植物を消化吸収できる機能
が備わっていないのだ。
 恐らく、今から植物を何らかの技術によって頑強に育てる事が出来たとしても、タラゼド人はその
技術をほとんど行使しないだろう。行使したとしても、それはタラゼド人の口には入らぬものだから
だ。
 しかし、主食を肉だけに頼るというのは、非常に危険なことだ。肉というのは生態系においては高
次に属している。例えば、食肉として加工できる動物が大きければ、さほど問題はないのかもしれな
いが、タラゼドの草食動物は、その食性からして巨大にはなりにくい。巨大であるものもいないわけ
ではないが、それらは食肉としては、その食感からしてあまり適切ではない。
 食肉として流通しやすいのは、小さな草食動物、特に前述したモルメタだ。しかしこれらは小さい
故に一匹が一人の人間の一食分を賄うのが精いっぱいだ。
 むろん、モルメタの養殖は盛んではあるが、それだけでは全てのタラゼド人を養うには足りない。
 こうした、タラゼドの環境が、タラゼド人の生態を変えた。特に、転機となったのは、外帝王襲撃
によるモルメタの大殺戮だろう。
 タラゼドは、古来より外帝王の襲撃を度々受けてきた。外帝王はタラゼドの環境を理解し、タラゼ
ドの生命体が維持できるのに最も必要であるものを、真っ先に絶滅させようとモルメタを汚染した。
 この事は、タラゼドのハルティア大陸に残された壁画にも描かれている。古代壁画の中でも最も有
名なこの壁画は、見つかった地方の名前に因みホリシテア壁画と呼ばれている。
 ホリシテア壁画に描かれているのは、天から降り立つ光によって、モルメタが狂いを示す緑に変貌
していく様だ。ホリシテアは、古来よりモルメタの養殖が盛んで、今でもモルメタの養殖で財を成し
た一族がいる。外帝王もそこを狙ったのだろう。
 外帝王の襲撃によりモルメタは大打撃を受けた。むろん、それによってタラゼド人も飢餓に陥り、
当時の人口の三分の一が飢えにより死亡したと言われている。
 そのままであったなら、タラゼドは外帝王に破壊された星の一つとなっていただろう。しかし、タ
ラゼド人は前述のように自らの身体を別環境に適応させる事で、その危機を乗り切った。
 タラゼド人は、自らの種を保つために、生命維持に必要な栄養分を、主食たる肉ではなく、同朋の
血液から採る事にしたのだ。




 最初に血液を啜ったのは、銀の髪も美しい男だったと言われている。
 オーギュスト・レノアクラ。
 タラゼドにおいて、外帝王の一次襲撃を返り討ちにしたという伝説的人物だ。
 しかし、彼の生い立ち等は分かっていない。自らに権威を着せたい輩は、オーギュストは自分達の
祖の出自であると言って憚らないが、彼らの祖の中からオーギュストの名が出てきた事は終ぞない。
 おそらく、オーギュストは名も残せぬ下流の――もしかしたら奴隷の出であったのだろう。
 それは、彼が血を啜っていた事からも察せられる。
 もしも、名のある貴族や豪商の出であるのならば、血を啜らずに、数少ないモルメタを独占し、食
べることができるだろうからだ。
 オーギュストは死人の血を啜り、生き長らえたが、その行為は知的生命体の大半が感じるように背
徳的行為であったから、受け入れられず、彼は僅かに残る人々のコミュニティから弾き出されてしま
う。
 そんなオーギュストが外帝王を返り討ちにした英雄とまで言われるようになったのは、彼の特異な
性質にあった。
 おそらく、それはオーギュストの中にあったEGGの所為だろう。オーギュストは、EGGの持ち
主だったと考えられている。だから、血を啜ることで栄養を取るという劇的な身体変化を起こす事が
できたのだろうし、死人から血を啜ることで、その死人を操るという事もできたのだ。
 この、血を啜った死人を、さも生きている時のように操るというのが、オーギュストの、そして代
々タラゼドのEGGに与えられた能力だ。
 死人を操る、というのは外帝王の能力と酷似している。外帝王も侵した物全てを自らの意のままに
操る。タラゼドのEGGもまた、同様の能力を発揮できるのは、おそらくEGG内にあるフロリアが
外帝王と同種のものであるからだろう。
 オーギュストはこの死人の軍勢を操り、外帝王を打ち破った。
 そして、その時からオーギュストの血脈による、タラゼド人の支配が始まった。
 オーギュストの血脈――即ちタラゼド人のEGGは、タラゼド各国の政治には口を挟まない。しか
しオーギュストの血を啜るという行為は、タラゼド人の間にしっかりと根付き、タラゼド人の種を今
日まで長らえさせる事が出来ている。
 むろん、EGG以外のタラゼド人が死人の血を啜ったところで、死人は操ることはできないが。
 しかし、オーギュストが外帝王を返り討ちにしたという権威を被りたい者達は、政治家や貴族に多
いが、モルメタではなく同朋の血によって、腹を満たす事を良しとしている。
 かつては血を啜る行為は受け入れられなかったが、今は逆で、上流階級者ほど血を好み、下流の者
達は上流階級者に血を捧げる為の餌のようにモルメタを食している。




『EGG』 ウォルエシュト・レノアクラ。
 年齢:112歳。
 タラゼド人は長命であり、300歳まで生きるのが普通である。むろん、EGGもその例外ではない。
 レノアクラ一族はオーギュストによって興された後、タラゼドの政治には関わってこなかったが、
延々と君臨してきた。
 それを示す最たる例が、SEEDの選び方である。SEEDの選び方はEGGによって異なるが、
大半のEGGがSEEDは王族、貴族、豪商、政治家から選んできた。ただし、一度殺した後に、血
を啜り、その後SEEDにするという手法である。
 これは、自らの出自は奴隷であり虐げられた者であったことを、EGGである彼らが理解している
が故に、自らを虐げた者達への復讐であると取ることも出来る。
 特に今代のEGGであるウォルエシュトのSEED選びは残酷で、王族や貴族、政治家の子弟を一
人ずつ選出させ、殺し合わせて最後に生き残った者を殺し、SEEDとした。
 しかし普段は人当たりの良い性格で、尊大さは欠片もない。また、勤勉であり、複数の博士号も持
つ。
 ただし、SEEDに対しては物として接し、また死人を操る事に躊躇いを見せない酷薄な部分もあ
る。この性質は、外帝王からタラゼドを護るという点において評価が高く、外帝王の危機に曝された
惑星は、強いEGGを求めていると言える。



『SEED』 ノエル・フォートランゼ
 年齢:68歳。
 フォートランゼ伯爵の嫡男であったが、ウォルエシュトの要請によりSEED候補として集められ、
候補者同士の殺し合いを強要させられる。殺し合いには勝ち残ったものの、直後にウォルエシュトに
殺され、死人として蘇った後にSEEDになる。
 死人として操られているといっても、自我はあるらしく、ウォルエシュトに逆らわない範囲では生
来の趣味である絵画に興じていることがある。
 彼がウォルエシュトに対して憎しみを持っているのかどうかは、不明。
 基本的に感情を示さない為、その心裡を図る事は難しい。ただし感情を示さないのは生来からであ
り、ウォルエシュトに強制されているというよりも、貴族として感情を表に出さないようにしている
と言ったほうが正しいのかもしれない。