「やれやれ、これでやっと四人集まったか。」

 本当にようやく表れた五人の従者のうちの一人を、とりあえず自分が住んでいる長屋へと連れて行
って、リショウは嘆息した。
 大陸から葦原国に渡る際に、グエン以外てんでばらばらになってしまったのだが、それでも彼らは
自分の下に集まる定めにあるようだ。

「長きに渡りお傍を離れて申し訳ございません。」

 リショウが勧めた薄い座布団の上に座り、四人目の従者であるガクリョウは、再度深々と頭を下げ
た。その態度にリショウは、良いってと手をひらひらさせる。尤もリショウは良くても、規律に厳し
いグエン辺りからは何か言われるかもしれないが。

「けど、何があったんだ?」

 グエンほどではないが、ガクリョウもそれなりに杓子定規なところがある。主たるリショウの傍を
離れるなど、己に対して決して許しはしないだろうに。ザイジュやヨドウのように、泊まる港を間違
えたわけもないだろう。

「実を申しますと、乗っていた船が嵐に遭い、反対側の港に着いてしまったのです。恥ずかしながら、
現状把握と位置確認に手間取りまして、このような遅れを出した次第であります。」
「ああ、そりゃあ大変だったな。反対側の港って事は、都の北のほうの港って事だろ。」

 一人異国でそんな状態で放り出されたら、それは状況の確認にも位置の確認にも時間はかかる。グ
エンも納得するだろう。
 しかし、リショウは都の北と自分で言っておいて、引っかかった。

「……都の北って、どんなとこなんだ?」
「一概には言えませんが、海沿いは漁村が多く、漁で生計を立てているようです。海は荒れがちなの
で、商船などはほとんどありませんでした。外からやって来るのは、我々のように流されてきた者く
らいでしょう。内陸のほうへ行けば山が多く、山の斜面で作物を育てたりしているようでした。田畑
もあるにはありましたが、山の隙間隙間に作っているというものでしたな。」

 ただ、とガクリョウは眉を顰める。

「ここ最近は雨が酷く、私も何度か土砂で足止めをくらいました。」

 あれでは作物も育たないし漁にもなかなか行けないでしょう。
 気の毒そうに呟くガクリョウに、リショウはそうかと頷く。北のほうが長雨で作物が駄目になって
いるという噂は、間違いではなかったわけだ。原庵の給金もじりじりと減っているらしく――原庵自
身はそれについてはさほど困っていなさそうだが――価格の高騰を税だけでは賄えぬほど、医師への
給金を減らさなくてはならないほど、作物や原料の不足は深刻なのだろうか。
 顔を顰めたリショウの目の前に、頭から垂れ下がってきた水守の顎が映る。なんなのだ。
 目の前から、べりっと水守をはがすと、残りの二匹がじりじりとガクリョウに近づいていた。そう
いえば、三匹の水守は原庵の診療所でガクリョウを見るなり、するっとリショウの頭と肩から飛び降
りて、こそこそと遠巻きにしていた。ガクリョウが怖かったのか。その割にはグエンの膝とかには普
通によじ登っているのだが。 ガクリョウは別にグエンと比べてそれほど怖いというわけではないの
だが。むしろ場合によってはグエンのほうが怖いだろうが。
 リショウが己の部下について些か失礼なことを考えている間にも、水守はガクリョウににじり寄っ
ている。そんな水守を部下は怪訝そうに見ている。

「ああ、そいつらは水守っていって、別にこちらに害を与える奴らじゃねぇ。ただこの辺りでは神の
化身ってい言われて大切にされてるから、傷つけたり邪険扱うのはご法度だ。」
「そういえば、先程の診療所にも大きいのがいましたな。隠れるように薬箱の陰にいましたが。」

 むにの事だろう。
 しかし、むにまでそのように警戒しているとはどういう事だろう。リショウはガクリョウを見るが、
部下には何か変わったところはなさそうだ。実際、小さい水守達はガクリョウが危険ではないと分か
ったのか、膝の上に乗り込んでいる。けれども、こうして警戒を露わにすること自体が珍しいのだ。
以前、水守を捕まえて売り買いしようとした異人がいたから、警戒心が強くなるのも当然かと思った
が、しかしガクリョウ以外の初対面の人物に対して、これほど警戒したこともないわけで。
 水守を普通に膝に乗せているガクリョウを見て、リショウは聞いてみる。

「お前、此処に来るまでに水守に何かしたか?」
「いいえ?というか水守をこれまで見た事がなかったのですが。」
「だよな。それとも何か変わったことにでも足をつっこんだか?」
「いえ……特には。此処に来るまでも、先程申しましたように土砂による足止めがあった程度で、そ
れ以外はいたって平穏な道中でした。ただ………。」
「ん?」

 ふと思い当たることでもあったらしい部下に、リショウは先を促す。 

「いえ、此処に来る途中、餓えた女児を一人拾いまして。その女児が診療所にいた子供なのですが。」
「ああ、あの子。お前が拾ってきたのか。」

 朝から何やらバタバタしているな、と思ったらやせ細った子供に原庵が重湯を飲ませていた。瀬津
郷では子供を餓えさせるのは大罪だ。一体誰が、と思っていたら、部下が拾ってきたらしい。瀬津郷
の外からの子供であれば、納得できる。

「あの子供は、一体どこで拾ったんだ?」
「道の途中です。草むらに覆われた畦道から飛び出してきました。まるで何かに追われているかのよ
うな必死さで、しばらくの間は追手でもいるのかと気が抜けませんでしたな。」

 尤もそれ以上に女児の餓えのほうが深刻だったわけだが。

「何者なのか、どこから来たのか……それは私にも分かりません。大体どの辺りで拾ったのかは一応
検非違使に伝えましたが。」
「まあ、あの子供本人から聞かないと何も分からないだろうな。」

 そしてそれは検非違使や原庵がするだろう。警戒している水守の事は気になるが、今は出来る事は
ない。
 リショウは、残りの部下とガクリョウを引き合わせるべく立ち上がった。