郷の出入り口が騒がしい。
 ナチハが見回りの時に郷の出入り口を通りかかった時、見張り達が声を荒げているのが聞こえたの
だ。
 今、瀬津郷は、外部からの人の出入りを厳しくしている。水守の密売があった為なのだが、しかし
事情を知らぬ上、何の落ち度もない者達にとっては、痛くもない腹を探られるのは面白くもない事だ
ろう。
 郷に出入りするたびに、積荷と解いて、中の物を検分される。単に郷を見に来ただけの者ならば、
まあ面倒なことくらいで済むだろうが、商人ともなればそうはいかない。
 商人達の荷物は多い。それを一つ一つ検分するだけでも時間を食うし、それにそれは商売物だ。検
分の時は周囲には見えないように役所側も気を配ってはいるが、それでも完璧ではない。何処かに商
売敵の眼が潜んでいて、どこそこの商家がこんなものを仕入れていました、と告げ口しかねないのだ。
 いや、それくらいならば可愛いものだ。商売の鎬を削るのが激しくなるだけ、というのは当人達に
は迷惑この上ないが、それでもまだ商売の上で蹴りが付くのだから。
 もっと恐れるべきは、盗賊共の眼が潜んでいないか、という事だ。金の匂いに敏感な輩が、金目の
もの探して検分所に潜み、検分が終わった旅人から盗みを働く――最悪、殺しをする可能性だってあ
る。
 こうした危険性は、役人だけではなく、金目の物や高級品を取り扱っている商人達ならばすぐに気
が付くだろう。だから、検分する事に対して、別に腹に一物なくともごねる事は、まあ分からなくも
ない。
 が、ナチハが聞いた騒ぎは、自分達の扱いに対する商人の抗議の声ではなく、検分を執り行ってい
る見張り達の怒号が大きな割合を占めていた。
 ナチハがそちらに近づいてみれば、見張り達が一人の男を取り押さえているのが見えた。肩を押さ
えつけられ、地面に膝をついた男は、商人と言うには服は粗末で、盗賊と言うには随分と線の細い。
ただ、しかしそんな事よりも何よりも、真っ先に目を引いたのは男の髪である。
 赤。
 それはそれは、燃え盛る炎のように赤いのだ。しかも手入れを碌にしていないのだろう、蓬髪と言
っても良いほどの状態の所為で、ますます炎のようだった。

「おい、どうした。」

 野次馬を掻き分けて、赤髪の男を取り押さえている見張り達にナチハが声を掛けると、ナチハの事
を知っている彼らのうち、男に手をかけていない者が会釈をしてきた。

「どうした、何か不法な物でも見つかったのか?」

 ナチハは見張りに軽く会釈し返して、取り押さえられている男を見下ろす。近くで見れば、いよい
よ以て線の細い男だ。正直、不法な何かに手を出すには、あまりにも気の弱そうなのだが。
 しかし、取り押さえている見張りのほうは、苦々しく吐き捨てる。

「ああ、この男、大人しそうに見えてとんでもない悪人ですよ。」
「お、お待ちを!私は何もしていないのです!」

 男が必死で無実を訴えるが、黙れ、と見張りは一喝する。

「何もしていないとは白々しい。水守を荷物の中に隠し持っていて何をぬけぬけと!」
「ですから、あのトカゲは道中で偶々行き合っただけです。売り買いなど、考えた事もない!」

 水守、と聞いてナチハがはっとすると、人間達のいざこざなど何処吹く顔で、白いトカゲめいた輪
郭が、取り押さえられている男の荷物にふんふんと鼻を押し付けている。そして自分の顔の上にナチ
ハの影が落ちたのに気づくと、顔を上げて、きぃ、と軽く鳴いた。
 こちらを見上げる水守の顔に、かなりのふてぶてしさを見て取ったナチハは、

「たま、か?」

 きぃ。
 まるで自分以外の何であるのか、と言わんばかりのふてぶてしい返答があった。行方不明になって
いた水守は、どうやら旅人の荷物にくっついていたらしい。となると、取り押さえられている男の言
い分は正しい可能性があるわけで。

「ああ、少し、待て。」

 ナチハは見張りの怒号に割って入る。

「此処で押し問答をしていても仕方がない。一度、番屋に連れて行って話を聞くとしよう。あと、あ
まり手荒に扱うな。」
「しかし、この者は水守を捕えていたのですよ!」

 いや、捕えられてはいないだろう、たぶん、間違いなく。
 だが、それを口にしても意味がない。

「では、この男は、瀬津郷に入ろうとしていたのか?それとも出ようとしていたのか?」
「入ろうとしていました。」
「つまり、水守を所持したまま、瀬津郷に入ろうとしていた、というわけだ。しかし、水守を捕らえ
売買しようというのなら、普通は瀬津郷に入ろうとはしないだろう。ただえさえ、今は出入りが厳し
くなっているのだから。」

 出て行こうとしていた、ならばまだ分かる。水守を捕えて瀬津郷から出て行こうとしていた、なら
ば。しかし入ろうとしていたのなら、それは本当に何も知らなかった可能性がある。

「かといって、もしかしたらその男が悪人であった、ということもある。だから一旦は、番屋に預け
ておこう。ただし、さっきも言ったように水守を捕えてこの郷に入ろうとした、というのは盗人にし
ては間抜けだ。本当に何も知らないという事もある。だから、手荒な真似はしないように。」

 ナチハの言葉に、見張りの者達はしぶしぶといった態で頷いた。しかし文句を言わなかったところ
を見るに、彼らもナチハの言葉が間違っていない事が分かっているのだろう。
 そして。
 見張りに引き摺られていく男の跡を、のしのしと水守が追いかけていく。自分の所為でこうなった、
という自覚があるのかどうかは分からないが、とりあえず見届けるつもりのようである。
 リツセに話をしておかないと、とナチハは立ち去っていく集団を見送りながら、思った。