リツセは光のほとんどない座敷牢のような場所で耳を凝らしていた。テオドロに捕まってそのあと
連れて行かれたのは、船の底だった。正確に言うならば、テオドロ達の船の床底に作られた、隠され
た小部屋だ。
 テオドロ達は、そこに違法に入手した物や人を放り込んで、あちこちの国で売り捌いているらしい。
彼らの眼には、異国の人々は『商品』でしかないことは、十分に理解できた。
 近くの床の上で、呻き声が聞こえた。ワタヒコだ。ワタヒコもまた、こうして捕えられて、床の上
に転がされている。頭を殴られていて昏倒していたが、とりあえず息はある。しかし、安穏とはして
いられない。
 リツセは、くるりと饐えた匂いのする部屋の中を見渡す。
リツセもワタヒコも、もはや何もできないと高を括られているのか、身体を縛られたりだとかそうい
う事はされていない。事実、部屋の入口は天井付近にあり、それを押し開けないとどうともできない
ので、確かに何もできないのだが。
 かといって、リツセはこのまま何もせずに黙って売り捌かれるつもりは毛頭ない。なんとしてでも、
この船から降りなくてはならないし、それに。
 ちら、と暗がりの隅から聞こえる、きぃきぃ、とか細い声に眼を向ける。予想はしていたが、部屋
の隅にある檻の中で、白い物が蠢いている。きぃきぃと鳴き続ける。それらはまだまだ小さな水守達
であり、普通ならば人里には下りずに親元にいる大きさのものばかりだ。
 こんな小さな水守達ばかりを、異人達はどうやってみつけたのだろうか。考えたくもないが、瀬津
郷の者が協力者としているのだろうが、しかし瀬津郷の者でも小さな水守を見つけるのは容易ではな
い。彼らは賢く、警戒心も強い。町中には普通は現れない。
 いや、一箇所だけあるにはある。
 鎮守の森。
 社を覆う鎮守の森には、水守達が大勢住み着いている。それこそ、年を経たものから、今年生まれ
たものまで。
 そして社の中には、宮家の館もあるのだ。宮家一族が、暮らしている。
 水守は瀬津郷の社で祀られているヒルコ大神の化身だ。故に、瀬津郷の者は決して傷つける事はな
い。そう、言われている。だが、中にはそうでない者もいるだろう。何処かで、水守を特別扱いする
ことを苦々しく思っている連中もいるはずだ。或いは、水守という特異な生物を売り捌けば、郷がも
っと豊かになると考えている輩が。
 そう考えるのが、宮家の中にいないとは、決して言いきれない。
 宮家は決して聖人君子の集まりではないのだ。
 リツセは、水守達が閉じ込められている檻の隙間に手を差し込んで、一匹の水守の頭を撫でる。水
守は一瞬、びくりとしたが、すぐに敵意がないと分かったのか、今度はそちらから頭を摺り寄せて
きた。
 ちゃんと食事や水は与えられているのだろうか。衰弱などしていなければ良いが。水守の子供達を
あやしながら、ふと脳裏に浮かぶのは真っ白な腹だ。そこに一筋、深い赤が入り込む。
 たま。無事だろうか。あの傷で海に落ちて、それでも無事でいられるだろうか。連れて来なれば良
かった。そうすれば、少なくともたまは無事でいられただろうに。
 後悔と同時に、己に対する怒りが込み上げる。せめて、たまだけでも逃がせるように動く事が出来
たなら、と。
 リツセの感情の波を読み取ったのか、擦り寄っていた水守の動きが、自分達の不安を散らすものか
ら、リツセを労わるものに変化する。ふかふかの感触に掌を任せていた時、背後で囁くような声が聞
こえた。
「まあ、あれほどまで御気を付けるように言いましたのに。」
 柔らかな女の声。此処にいるはずのない声にはっとして振り返ると、そこには優雅な着物を身に纏
った女が、口元を上品に抑えて立っていた。その柳眉は痛ましげに顰められ、眼には情が灯っている。
「貴方は………。」
 女の姿を見て、リツセもまた、囁くように呟いた。
 見間違えるはずもない。リショウは小さな小さな水守を保護してやって来た雨の日に、子供を探し
てやって来た女だ。たまが食べた羊羹の主である。
「海は危険だと。我らの同胞を攫う不届き者がいる、と。」
 上品な溜め息を吐いて、しかし、と続ける。
「貴方様がこのようなことになったのは、わたくしにも落ち度があったから。ご安心を……我等はこ
の船を瀬津の海から出しはしますまい。」
 そして、静かに、と囁く。天井に視線を向けて、リツセにもそちらに注意を向けるように促す。
 リツセが天井に耳を澄ますと、幾重もの重い音が響き渡った。人の足音だ。一人や二人ではない。
何十人もの人が、船の中で何かをしているのだ。
「検非違使です。貴方がいない事が町中に広まり、そして怪しい場所の家探しを始めたのです。」
「この船は宮家の客人という事になっているはず……よくも家探しなんて考えに至ったな……。」
「さて………。」
 女は上品に口元を隠したまま、深くは語らず、しかし、と続ける。
「おそらく、今、貴方様を彼らが見つけることは不可能でしょう。」
 この船底の部屋は巧妙に隠され、音もほとんど通さない。今まで、上から聞こえる音にリツセが気
づかなかったように、上にいる者達もまた、下の音は聞こえない。
「ですが、」
 遠ざかる足音。無言で消えていく足音達。けれども、ふと、誰かの足音が、真上で止まる。
「卓越した何者かであれば、そう、我等のような獣か、或いは死地を潜り抜けてきた戦人であれば、
この床の音が、別の場所と違うことに、気づくやも。」
 今、すぐに何かはできないかもしれないけれども。
「焦りは禁物。今はどうぞ、英気を養ってくださいまし。我等もそろそろ、動く時。」
 その時、必ずやお救いいたしましょう。
 そう言い置いて、女の姿はするりと物陰に消えた。




 駆け付けた検非違使はナチハだった。別当であるスイトの姿は何処にもない。まあ、宮家の血を引
く者とはいえ、町娘一人がいなくなったくらいで別当が出てきては立場も何もない。尤も、チョウノ
にはそれが不満のようだったが。
「あの別当は、宮様のことを馬鹿にしてるのよ。」
 口を尖らせるチョウノに、それはないだろう、とリショウは腹の中で思う。大体、つい昨日、宮家
の客人である異人の船を、陣頭切って探していたではないか。その事についてはナチハが皮肉っぽく
言っていたではないか。
 どうも、瀬津郷の人間は、スイトについてあれこれと粗を探さなくては気が済まないらしい。スイ
トの行動のそれ自体は、リショウの眼からは特におかしくはないのだが。
 ナチハは、己の上司がやって来ない事には特に何も言わず、リショウとチョウノの言葉を聞いてい
る。
 やがて、一つ頷き、
「たまは、塩だらけだったんだな。」
「ああ。ヨドウの話だとそういうことだ。信じられないなら、後で原庵先生にでも聞くと良い。」
 いやいや、とナチハは手を振る。
「信用してないわけじゃない。貴方達にはたまを傷付ける理由もない。私が言いたかったのは、つま
りたまは、海で何者かに襲撃を受けた、と見るべきだろうか、という事だ。」
 リショウも頷きかけ、ナチハが疑問形であることに気が付いた。
「海に落ちた以外の可能性もあるってことか?」
「川から海まで流された、ということだってあるだろう。海に落ちて川を何とか遡ったのか、川に落
ちて海まで流されそこから戻ってきたか。」
 どちらの可能性も有り得る、とナチハは言う。
 水守はああいうなりをしていても、体力のある生類だ。命の危険に迫る怪我をしていても、長い間
歩くことも泳ぐこともできる。
 傷つけられてなお川を遡ったか、傷つけられて海まで流されても這い上がったか。
「海に落ちて、そこからから遡ったほうが、体力を考えると有り得そうだ。」
 しかし昨夜は雨だった。誰か見ていた者がいないかと考えるが、そんな上手い具合にはいかないだ
ろう。リショウがそう言うと、ナチハも顔を顰めて頷く。
「昨日の船の時みたいに、酔っ払いが見ていた、なんて都合の良い話が続くはずもないだろうしね。
でも、水守が傷つけられた上にリツセがいなくなったんだ。別当殿も本腰をいれるだろうさ。」
 なにせ、リツセには宮家の血が流れているのだから。
 けれども、ナチハの発言にチョウノは不平を零す。
「でもその別当は此処には来てないじゃない。」
 別当その人が陣頭指揮していないことが、娘には不満なのだ。ふくれっ面のチョウノを見下ろし、
あら、とナチハは首を傾げる。その仕草は検非違使としてリショウと相対する時と比べると、随分と
女らしい。リショウはナチハを、ウオミやリツセに輪をかけてぶっきらぼうだと思っていたが、それ
は職業面だけでの話なのかもしれない。
「私じゃあ、不満?」
「そういうわけじゃないけど………。」
 口ごもる娘を、ナチハは小さく笑って、言って聞かせる。
「チョウノの言いたいことは分かる。私もあの別当殿には苛々させられてるからね。でも、それでも
あの男は別当だ。都から派遣されてきた以上、私達はその意向を仰ぐ必要がある。別当殿が此処に来
る必要がない、と判じたのなら私達はそれを尊重する。尊重した上で、こちらの納得がいくように動
くだけだ。」
 きっぱりと言い放つナチハを、チョウノは納得したというわけではなが、少なくともナチハは本気
で取り組んでくれるようだと分かったのか、ふくれっ面のまま頷いた。そのチョウノを、父親の待つ
小間物屋に見送ると、ナチハはリショウにも、
「貴方ももう良い。原庵先生のところに戻るといい。」
「一つ、いや、二つか。言い忘れていたことがある。」
 リショウにも帰宅を促すナチハの言葉を遮り、リショウは出来るだけ静かに告げる。
「リツセの家から、徳利がなくなっていた。リツセは酒を飲まないから、あの徳利は社に捧げる時く
らいにしか使わないらしいな。その徳利が、社にあるか確認したほうが良いだろう。社になかったら、
何としてでも探し出したほうがいいんじゃないか?」
 昨夜、もしもリツセが徳利を持って何処かに行ったのなら、徳利は重要な手がかりだ。ナチハもそ
う感じたのか、頷くとすぐに近くにいる若者を呼び寄せた。昨日、リショウを呼びに来た若者だ。若
者はナチハから命じられると、木の葉が風に飛ばされるような勢いで、すっ飛んで行った。
 若者が勢いよく去っていく後姿を眺めながら、もう一つ、とリショウは続ける。
「昨日の夜も雨が降っていて、確かに海で何があったのか知ってる奴はほとんどいないだろう。けど、
海の近くを塒にしてる奴ら――例えば漁師、特にワタヒコなんかは、何か知ってるんじゃないか?」
「ああ、そうだな。後で話を聞きに行ってみよう。リツセの身に何かあったとあれば、間違いなく力
になってくれる。」
 そう言って、ナチハはリショウに背を向ける。これ以上、リショウと話す意志はないようだ。彼女
はこれから、消えた友人の捜索に向かうのだろう。そこに、リショウという異物を入れるつもりはな
いのだ。それは検非違使としての矜持であるのかもしれないし、或いは、チョウノほどとまではいか
ないが、彼女もまた、リツセという友人に突如として食い込んだリショウに対して、微かな反発があ
るのかもしれなかった。
 リショウとしては、同じようにリツセの捜索に向かいたい。だが、それによってナチハの反発を喰
らってしまっては意味がない。大人しく――ただしリショウなりの方法で、リツセを捜すだけだ。
 実はもう一つ聞きたいことがあったのだが――リショウはリツセの家の中を調べ始めたナチハの背
を見て、それは別にナチハに聞かなくとも良いか、と思う。おそらく、原庵でも知っている事だろう。
 ひとまず、一度原庵の元に戻り、たまの具合を聞くべきだと判断した。その時に、原庵の手が空い
ていれば、聞けば良い。
 これまでに瀬津郷で、人が水守を傷付けるというような事件はあったのか、と。




 リショウが原庵のところに戻ると、井戸の近くでザイジュが手やら何やらを洗っていた。まさか、
こんな時にまで鍛錬とらやをしていたわけではあるまいな。しかしグエンとヨドウならやりかねない、
と片方は厳格すぎ、もう片方は武人すぎるきらいのある臣下二人を思い出す。
 げっそりと溜め息を吐きながらザイジュに声を掛けると、ザイジュは慌てたようにこちらを見た。
「これは、見苦しいところを………。」
「別に構わねぇよ。それより、何してんだ?まさか鍛錬の後の水浴びってわけじゃないだろうな。」
 すると、まさか、とザイジュは大きくかぶりを振る。
「このような時に鍛錬などできません。これは、たまが吐いたのでそれを洗い落していたのです。」
 その言葉にリショウは顔を顰めた。たまは、吐くほどに弱っているのか。常にふてぶてしく、誰も
の食事をその両手に抱え込むほどの大食漢のたまが。
「ええ。全くです。一体あの身体のどこに、あれだけの栄螺が入っていたのか………。」
 しみじみと語るザイジュに、リショウは何となくだが今朝から続いていた緊張の糸が、ふっつりと
途切れたような気がした。というか、昨夜、たまは栄螺を食べていたのか。
「栄螺だけじゃ、たまが何処に行っていたのかは分からねぇな。」
 瀬津郷は海の幸が豊富だ。漁師街に行けば幾らでも栄螺に有り付ける。
 そう考えて、そうだ、とリショウは思う。
 もしもリツセとたまが、栄螺を何処かで食べたのなら、その姿は何処かで目撃されているはずだし、
栄螺をリツセとたまに渡した漁師なり商人なりがいるはずだ。そしてそれは検非違使の手を使えばす
ぐに割り出せるだろう。昨日は嵐の片付けで皆が忙しかった。それでも栄螺を売りに出しているとこ
ろは、そう多くはあるまい。
 すぐに見つかる。
 そのはずだ。
 けれども、もしも見つからなかった場合は。
「リショウ殿?」
 ザイジュが、リショウの顔を不思議そうに見やって、すぐに何を勘違いしたのか、慌てたように付
け足す。
「大丈夫です、リショウ殿。リツセ殿はすぐに見つかります。」
 いや、もちろんリツセのことは心配だ。が、だから呆然としていたような態度になっていたわけで
はない。が、ザイジュは勘違いしたまま、何故が拳を握り締めて力を込めて言う。
「皆さん捜してくださっているのですから、すぐに見つかります。たまを斬った者も白日の下に引き
摺りだされます。ですから!そのように!気を落とさないで!」
「いや、気落ちしてるわけじゃねぇから。」
 たまが斬られ、リツセがいなくなった事に衝撃を受けている事は紛れもない事実だが、気落ちはし
てない。むしろ、胃の腑が焼け付くほどに焦っている。しかし同時に、焦ってもどうにもならないこ
とも理解している。瀬津郷全体を駆け巡ってやりたいが、それはリショウがせずとも検非違使がする
だろう。ならば、リショウは無言で、リツセとたまの身に何が起きたのかをひたすらに考えるしかな
い。
「グエン殿も港に行って情報を集めてくださっています。」
 が、ザイジュはあまり主君のいう事を聞いていないようだ。だが、リショウはそんな臣下の言葉に
問い返す。
「グエンが?」
「はい。」
 頷くザイジュは、今度はリショウの顔を過った微妙な変化には気が付かなかったようだ。リツセが、
リショウの姉に似ていることと、グエンがわざわざ港まで足を運んだことを、結びつけることもなか
ったようだ。
「そうか。」
 リショウは一つだけ頷いて、すたすたと原庵のいる診療所へと向かう。たまの具合を見る目的もあ
るが、もう一つ、リショウには原庵に聞きたいことがあった。昔、大陸からこの国に渡ってきて、こ
の郷に根付いて長い原庵ならば、知っているかもしれない。
「この郷で、水守を傷付けるようなことがあったのは、今回が初めてか?」
 リショウの唐突な質問に、原庵はさほど驚いたような表情を浮かべなかった。たまの処置を終え―
―たまがどうなるか、あとはたまの体力次第であると言っていた―― 一息ついたばかりの医者は、
リショウの問いかけを何処かで予想していたような節さえあった。
「その問いかけは、私も余所者であるからしているのかね?」
「そこまでの意味はない。ただ、先生は長い事此処で暮らしてるだろうし、それに郷の皆からの信頼
もある。怪我をした水守を見てほしいって言われることもあるだろうと思っただけだ。」
「しかし、それを聞いて、何か分かるのかね?」
「傍目から見て、水守を傷付ける可能性のある奴を絞り込む事が出来る。」
 むろん、それに当たる誰かが、たまを傷付けたとは限らないが。
 ふむ、と頷くと、原庵は答えた。
「では教えよう。少なくとも、私は聞いたことがない。怪我をした水守がやって来た事は何度かある
が、それは水守どうしの喧嘩で怪我をしたか、何処かで足を打っただとかねん挫しただとか、そうい
うものばかりだ。今回のように明らかに人の手で斬られたというのは、私は知らない。」
 原庵の知らないところもあるかもしれない。だが、原庵の耳には、水守が人に傷付けられたという
事件は、入っていないのだ。
 では、今回が初めてのことなのだろうか。
 水守は聡い。だから、今の今まで、人に傷付けられることなく生きてこれたのだろうか。
 考え込んだリショウに、ただ、と原庵は囁いた。
「此処にやってくる怪我人や病人の言葉で、一度だけ、妙な話を聞いたことがある。ただの一度きり
で、誰が話していたのかも分からない、かなり昔のことだから忘れていたのだけれどね。」
 診療所に集まる人々の噂話だ。さざめく言葉の一つ一つになど医者はかまっていられない。それで
も今になって浮かび出すほどに、その言葉は奇妙だったのだ。
「水守を売り買いできないか、考えている輩がいるようだ、とね。それを罰当たりな、と憤る声と。
そのやり取りが、一度だけ、あった。」
「水守の売り買い?」
 珍しい生き物だから、特産品として籠の中に閉じ込めて売るということだろうか。原庵は、おそら
く、と頷く。
「だが、聞いたのは、本当にその一度きりだ。十年以上前の話だ。信じて貰わなくても良い。」
 原庵がそう言って話を終わらせると同時に、がらりと扉が開いて背の高い影が落ちてきた。物静か
な気配は、誰だ、と問わずとも分かる。
 のしのしとこちらにやって来たグエンは、無言で原庵に一礼すると、リショウに向き直った。
「港に行ってきたんだってな。どうだった?」
 厳格な忠臣は、主君の問いかけに一つ頷いて答えた。
「検非違使は、港周辺で徳利を一つ見つけた。リツセ殿が持っている徳利だと、ナチハという検非違
使が証言した。」
 リショウはそうか、と先を促す。徳利について探すように言ったのはリショウだ。見つかるだろう
とは思っていた。
「それで、検非違使達は港近くでリツセ殿の身に何かが起きたと考え、周辺の家や船の家探しを始め
た。彼らは、何も見つけられなかったようだが。」
 ただし別の事柄を見つけた。
「ワタヒコ殿の姿が、何処にも見当たらない。昨夜、浜の小屋に行ったきり、戻っていない。そして
浜の小屋には、栄螺の貝殻が幾つも転がっていたようだ。」
 たまが吐き出したのも、栄螺だ。検非違使は、まだ、たまの状況を知らない。しかしそれでも、
「リツセ殿と共にワタヒコ殿が消えた。検非違使は、ワタヒコ殿がリツセ殿を攫ったとまでは思って
いないようだが、何か知っているだろうと見ている。」
「………それで、お前は?」
 リショウは、己の筆頭部下を上から下までじっくりと眺め、問いかけた。
「お前は、さっき検非違使が家探しした時に、彼らは何も見つけられなかった、と言ったな。それな
ら、お前は何を見つけたんだ?」
 主君の問いかけに、グエンは身じろぎもしなかった。軍法会議を執り行う時と同じ――即ちいつも
と同じ、冷徹な眼差しをしているばかりだ。
「検非違使に紛れ込んで、家探しをした。」
 おそらく、あまりにも堂々と紛れ込んだから、誰も何も言えなかったのだろう。グエンの、妙な特
技だ。
「私は間諜の真似事は得意ではない。戦で先鋒を駆けることも出来ない。だから、罠を見抜くことは
できん。故に確証には至らぬが―――。」
 船の一つに、船底の床が、妙に響くものがあった。踏み締めると、微妙に、異なる音がする箇所が。
 まるで。
「その下に、空洞でもあるかのように。」