さて、と一連の事件のあらましについて語り終えたローレンツォは、博士に向き直る。

「様々な分野に精通にしている貴方なら、何かご存知ではないだろうか。このように、外見を変化さ
せる事ができる機械人形は存在するのか。」

 多数の博士号を持つ博士は、当然の事ながら機械工学分野にも造詣が深い。機械人形の修理もこな
す博士は、顎に手を当てて、ふむ、と答えた。

「機械人形に限らず、サイボーグならば中枢経路ごと別機体に移植してしまう事で、全く異なる外見
となる事は可能でしょうな。しかし、猊下のおっしゃっているのはそういう事ではありますまい。」

 瞬時に姿形を変えた、と言っているのだから、機体を変えた、という事とは別物だ。

「生憎ですが、私もそのような機械人形は聞いたことがありません。しかし、そういった機械人形が
非公式に作られている可能性というのは否定できない。」
「一瞬で、その表層から内殻まで変えるような機械人形を、作っている国家なり組織があるという事
か?しかし、そのような機械人形を作ることができる者が、それほど大勢いるとは思わないのだが。
貴方ほどの天才でなければ、不可能では?」

 ローレンツォの言葉をするりと聞き捨て、博士はゆっくりと人差し指を伸ばす。

「私も、そう大勢は知らないですし、知っている者達はほとんどが居場所が分かっている。しかし、
一人だけ、居場所の分からぬ天才がいます。猊下は、ラング博士をご存知ですか?」

 違法サイボーグを多数作成しており、非人道的な機能を持つ戦闘用機械人形の製作者でもあるジル
ビット・ラング。
 旧時代の遺跡である聖家族教会内で死体が見つかったが、後にあれはダミーで、本体は全く別の肉
体となって逃げおおせている。しかも、その内々に、おぞましいほどの人類へのテロ計画を漲らせて。
 ローレンツォは、博士の問いかけに頷く。

「ああ、知っている。……なるほど。確かにラング博士も天才と称された人物だったな。彼が生きて
いれば、変化する機械人形とやらも作りだせるかもしれない。」

 納得した枢機卿に、派遣員達は内心で、どうだろうか、と呟く。
 ジルビット・ラングは確かに天才だ。十四歳の頃に飛び級でケンブリッジ大学に入学し、十八歳で
既に機械工学と有機化学、医学の博士号を取っていた。その時点で彼の全ての機械人形のプロトタイ
プと言える『Lシリーズ』を製作していたのだから、天才と言わざるを得ない。
 しかし、天才と称賛される一方で、陰で聞こえる噂はどす黒い色を秘めていた。彼が大学に在籍し
ていた四年間の間に、彼の知り合い、或いは同学の学生らが六十名近く行方不明になっている。行方
不明者は未だ発見されておらず、ラング博士が何処かの国の技師として大学を離れて以降、学生の行
方不明はぴたりと止んだ。
 行方不明者にラング博士が関わっているかは判然としないが、その後の彼の行動を見るに、ラング
博士の中には明らかに天才の部分と、激しい破壊的な部分がある事は明らかだ。
 だが、と皆が思う。
 如何にラング博士が天才であっても、一瞬で姿形を変貌させる機械人形など作れるだろうか、と。
おそらく無理だろうし、そもそも最初から答えは出ている。立ち去ったのが、白い人形である、とい
うのならば、それはラング博士が制作した機械人形ではなく、八年前にフィレンツェを襲った機械人
形に他ならない。
 むろん、その機械人形の製作者が何者であるのか、という謎は解明されないのだが。
 しかしそんな事はしらないローレンツォは、もう一度頷くと、

「分かった。ラング博士の行方については、此方側でも注視することとしよう。」

 教皇庁側でもラング博士の動向について調べるというのなら、ラング博士の包囲網が僅かではある
が広がった事になる。もちろん、教皇庁がラング博士をひっそりと擁してしまうという懸念はあるの
だが。

「それと、教皇聖下の護衛の事だが、できれば聖下の近くで守る者を一人出していただきたい。」

 傍にいても怪しまれぬ者を、四六時中張り付けておけ、とローレンツォは当然の顔をして口にする。
それくらいやるべきだろう、と。
 そんな要望にも博士は顔色一つ変えず、間髪入れずに頷いて答える。

「では、ミヤビ君を。」

 あっさりと答えた博士に、慌てたのは転出された当の本人だ。

「えっ?ちょっ?!博士?!」

 枢機卿の前での発言としては、あまり褒められたものではない声に、けれどもローレンツォも博士
も微動だにしない。

「彼女を見て子供ではないかとお思いかもしれませんが、ご安心ください。彼女は我ら派遣員の中で
は『閃光』の名を抱くほど。彼女に素早さで敵うものはおりません。それに彼女の叔母は、彼の有名
なイシヅキ博士。機械の事にも精通しております。機械人形の多少の不審な動作くらいなら、彼女一
人いれば十分に対応可能でしょう。」
「ふむ。それは心強い。年頃も聖下と同じくらいだから、聖下のお話相手にもなるだろう。」

 ミヤビが口出し出来ぬまま、あっさりと枢機卿と博士の中で話が纏まってしまう。というか、ロー
レンツォが否定せずに受け入れてしまった以上、ミヤビにこれを拒否できる権利はない。

「しかしその服装では目立つ。こちらが指定したものに着替えて頂こう。服装の準備をするので、こ
ちらへ。」





 そんなわけで、ミヤビはすこぶる不機嫌だった。

「いやいやお似合いですよ、ミヤビ殿。」

 くつくつと笑いを堪えながら言うジュゼッペの顔が、憎たらしい。エスメラルダが彼を邪険に扱い
たがる気持ちが、今なら十分に理解できる。
 そのエスメラルダが、ジュゼッペを睨み付け、

「ジュゼッペ、ちょっとあんたは黙りなさい。ミヤビ、安心なさい。別におかしなところはないわ。」
「ふむ。エスメラルダ君の言う通り、おかしな恰好をしているわけではないよ。だからもっと、堂々
としたまえ。」

 続く博士の言葉に、ミヤビの機嫌は再び下落する。そもそもの元凶が博士の選出なのだから、当然
である。
 ミヤビは着せられたシスター服の両脇で、ぐっと両手を握り締め、

「っていうか、なんでボクなのさ!聖下の周りにいるのなら別に修道僧でも良いし、シスターのほう
が良いっていうんならエスメラルダだっているのに!」
「いやいや、エスメラルダみたいな色っぽいシスターはいねぇから。」

 ジュゼッペが、はたはたと顔の前で手を振る。その頭をエスメラルダが叩いている。

「まあ、ジュゼッペ君の言葉はともかくとして、僕としては君のほうが適任だと思ったわけだよ。考
えてもごらん、あの教皇聖下だ。誰かがいるだけでも委縮してしまうような子供だよ。例え女性であ
ったとしても大人であるエスメラルダが傍にいると、やはり委縮してしまって、いざという時に動け
ないなんて事も有り得るからね。」
「だからって、ボクが適任だとも思えないよ。そもそも教皇聖下は相手が誰だって委縮しちゃうよう
な人じゃないか。ボクはカウンセラーでもなんでもないんだし、話を良く聞くっていうだけなら、ボ
クよりもエスメラルダやジュゼッペや、それこそ博士のほうが適役だ。」

 ミヤビは自分が子供である事は重々承知している。それ故に、相手から舐められて話を聞き出せる
事もあれば、逆にてんで相手にされなかったり、ミヤビ自身が上手く話を展開できない事だってある。
 そういう点でいうならば、やはり大学で教鞭を取る博士や、社交界に顔の聞くジュゼッペ、そして
カウンセリング資格を持つエスメラルダには手も足も出ない。
 しかし、博士は首を横に振る。

「ミヤビ君、今回は護衛も兼ねているんだ。ローレンツォ卿が言っていただろう。目立たない護衛が
欲しい、と。そういう意味では僕やジュゼッペ君では不適なんだよ。」

 博士もジュゼッペも、社交界に顔を出している以上、どうしても目立つのだ。そしてジュゼッペの
言葉を肯定するようで癪だが、エスメラルダは妖艶な美女だ。シスターとして聖下の脇に立つには、
やはり目立つ。

「そういうわけで、今回ばかりは君が適任だし、君なら十分に力を発揮できるだろう。」
「別に任務である以上、これ以上ごねる気はないけど。」

 けれども、あの教皇の護衛だなんて、正直気が進まない。
 あの、おどおどした教皇は、どう考えたってミヤビとは話が合わない一番のタイプだ。ローレンツ
ォは年齢も近いから、とか言っていたが、年齢が近いからといって話が合うわけがないのだ。

「まあまあ、シスター・ミヤビ。」

 ジュゼッペが、ふざけたような口調でミヤビを、どうどうと宥める。そんなおちゃらけた仕草に、
ミヤビはぎろりと睨み付ける。が、睨んだ先にあったジュゼッペの顔は、ふざけてはいるものの、そ
の眼に湛えられた光は欠片も笑っていなかった。

「まだ少ししか会ってもねぇのに、男の評価はするもんじゃねぇよ。最初の印象が肝心なんて事を言
う奴もいるが、碌に話しもしてねぇのに評価なんて下すもんじゃねぇ。」

 元々がイタリア有数の貴族であったジュゼッペは、教皇の家柄や、そこから生み出された柵などに
ついて、何か知っているのかもしれなかった。古びた血が、人をがんじがらめにして押し潰す事につ
いても。
 けれども、ミヤビがそれについて、何か踏み込んで聞こうとした瞬間に、ジュゼッペの眼には今度
こそ笑いの光が灯る。

「相手が女だったら、最初の印象も何もねぇんだけどな。女であるってだけで話をする価値が十分に
あるからな。」

 女ったらしはそう付け加えて、ウィンクしてみせた。