「そこで何をしている?!」

 鋭く煌めく光をこちらに浴びせかけた男が、尋問するかのような声で問いかける。そこには、本当
に自分達を探しに来たのかという疑問が残るほどの固さしかない。
 無遠慮に眼に侵入する光から眼を庇うハインケルに代わって、人形が一歩前に踏み出した。
 
「国家憲兵の方々ですね?私は教皇庁聖騎士機械兵に所属するハニエル302号機です。」

 作り上げられた機械音声に、不規則な足音ははったと止まった。
 
「聖騎士機械兵?もしや高速道路で行われた襲撃の際に、陥没した穴から落下した?ということは、
連邦からのお客人もそこにいらっしゃるのですか?」

 最初のものとは別の男の声だ。その男は素早く手を上げ、周りにいる男達に掲げているライトを下
げさせる。侵入する光が薄れ、お蔭でようやくハインケルにも男達の姿を見ることが出来た。黒い制
服は確かに、国家憲兵のもので間違いがない。
 人形の言葉が正しかったことを確認するハインケルの隣で、ハニエルは男達の言葉に応じる。
 
「はい。世界人類共同連邦職員ハインケル・ゲーテ氏はこちらにいらっしゃいます。」

 ハニエルの言葉に、ショットガンを携えた憲兵達は、一斉にハインケルに眼を向けた。男達のその
目線に、ハインケルはやはり心の何処かで引っ掛かりを覚えながらも、頷く。

「世界人類共同連邦第十三課のハインケル・ゲーテだ。」

 連邦の職員章を見せるハインケルと職員章を見比べ、十人ほどの憲兵を引き連れた、ライトを下げ
させた壮年の男は素早く敬礼する。

「はっ!ローマ国家憲兵のドヌーヴォです。随分と探しましたが、お怪我はございませんか?」

 慇懃ではきはきとした口調だったが、ハインケルをやや無遠慮とも言える視線で眺めまわし、安否
を問う。それに鷹揚に頷きながらも、ハインケルはやはり脳裏に燻ぶる不快感とも言えるものを追い
かける。
 自分が意識を失っている間、それは気を失うにしては随分と長い時間だ。しかし、自分を捜索する
時間としてはどうだろう。
 約五時間半。
 陥没した穴から降下するだけならば、もう少し早く来ることはできなかったのか。いや、穴の周辺
は崩れやすく危険だという判断で、別の水路の入口から此処に来たという事も考えられる。だが、そ
れにしても五時間もかかるものだろうか。
 ハインケルと国家憲兵では、装備も身体能力も違うから、一概には言い切れないのかもしれないが。
だが、教皇庁に抱えられている国家憲兵の装備がお粗末であるわけがないし、優秀な探知センサだっ
てあるだろうに。
 じわり、と広がる予測。
 むろん、ハインケルは救助が専門ではないから、此処に来るまでにかかる適正な時間など分からな
い。もしかしたら、ハインケルが思うよりも早いのかもしれない。
 だが、それにしたって、陥没した穴の中を捜索するには、ドヌーヴォ達の姿は、軽装過ぎた。ショ
ットガンと、ライトと、通常の制服と。まるでそれ以上の装備は必要ないと知っているかのように。
 ハインケルは、自分の心臓が任務に携わる本来のものへと醒めていくのを感じた。それに伴い、視
線も。
 そんなハインケルと、人形らしくかしこまっているハニエルを見比べ、ドヌーヴォは遺憾そうに首
を横に振る。

「それは困りましたな……お怪我をしておられないとなると、それを偽装する必要がある。」

 その言葉を理解する暇はなかった。ハインケルは本能的な動きで、腰に帯びていた刀の柄に手をか
け、躊躇い一つかけずに一気に引き抜く。だが、ハインケルが鞘鳴りを起こす一拍前に、ハニエルが
滑らかな動きで自動拳銃を構え、粗点をドヌーヴォに合わせていた。そこからやや遅れて、憲兵達が
ショットガンを構える。

「説明を要求します、ドヌーヴォ大尉。貴方がたは我々を救助しにきたのではないのですか?」

 ショットガンの銃口に曝されつつも、己もまた銃口をドヌーヴォに向けるハニエルの声は相変わら
ず平坦で、ドヌーヴォを責める響きなど欠片も感じられない。いっそ、恭しささえあるその声に、ド
ヌーヴォは嘲るような影を口元に引いた。

「勿論、我々は救助の為に参上した……という事になっています。しかし我々が到着した時にはハニ
エル殿は瓦礫の下敷きになって大破。連邦職員殿は落下後全身を強く打って亡くなっておられた……
そういう事になっております。」
「なるほど。その為にわざわざ五時間も地下水路で待ち伏せしておいたのか?妙に早く俺を見つけて
もおかしいだろうから、時間をおいて?俺が、お前達が『見つけ出す』よりも早く目を覚ました時に
逃さないように、この周辺は包囲しているのか?」

 凍った骨が口を利いたかのような、冷えて低い声が湿った地下水路に響いた。それまでの沈黙を破
ったハインケルが、口を開いたのだ。
 五時間という、生きているハインケルを見つけるには、そして起動しているハニエルを見つけるに
は妙に長い時間は、そもそもハインケルが死亡しハニエルが大破していることを前提としていたから
だ。大方、自分達が瓦礫に埋もれていたという話にでもするつもりだったのだろう。

「だが、そうなると、俺達が乗っていた車を襲ったのも、お前達の仲間か。」

 冷えた中に、ぞっとするような鋭さが声に籠った。否や、ハインケルは次の瞬間、眼にも止まらぬ
速さで刃の切っ先を、ドヌーヴォの眉間に突き付けている。ドヌーヴォの部下達が焦ったような音を
立ててショットガンの銃口を、ハニエルからハインケルに向けた時には、既に遅い。
 まるでハインケルの意図するところを呼んだかのように、ハニエルが彼らよりも早く銃声を轟かせ
ている。六発の銃弾は、ほぼ一つの銃声を発して、六人の憲兵を撃ち倒している。彼らの身体と薬莢
が床に音を立てて落ちる直前、ハインケルがドヌーヴォに突き付けていた刀の切っ先を翻し、残る四
人を切り伏せた。

「この……っ!」

 瞬く間に部下を失ったドヌーヴォは、眼を見開いて驚愕を示したのも束の間、すぐさま勇猛にも己
のショットガンを構え、引き金を引く。倒れ伏した己の部下事消し飛ばす勢いで、引き金を連続して
引いては、弾を込め、再び引き金を引く。
 何発もの銃弾を受けた水路からは、何十年も降り積もっていた土埃と、水煙が一気に湧き立つ。土
と水が混ざり合う仲へ、ドヌーヴォは狂ったように何度も何度も銃声をかき鳴らす。
 狭く、水音だけが鳴り響くだけだった空間に、何十発も打ち込まれた弾丸は、信じられないほどの
反響し、幾重にも重なり轟音と化した。
 やがて、弾がとうとう尽き果てたのか、ようやくドヌーヴォは撃つのを止めた。何十分も経過して
いるかのようだったが、実際はものの数分も経っていない。残響が未だ残る中、ドヌーヴォが肩で息
を吐く荒い音が煙の中で震えていた。

「は、はは………。これだけやりゃあ生きてはいねぇだろう!」

 部下ごと対象を消し飛ばした男は、己が銃を取り出した時、部下がまだ息をしていたのではないか
という事までは考えていなかったようだ。いや、敢えて考えなかったのかもしれない。
 ただ、ドヌーヴォにとって、部下の命よりも己の命と、連邦の派遣員を此処で潰える事が肝要であ
ったのだ。派遣員を殺し損ねたとあっては、如何なる処罰を受けるか分からない―――。
 けれども、ドヌーヴォは決して、処罰から逃れたわけではなかった。彼に派遣員の処分を命じた存
在の処罰からも、そして何よりも――。
 煙の中で、泥水の中で翻る魚の鱗のように、何かが確かに煌めいた。しかし部下を犠牲にして任務
をやり遂げたと安堵するドヌーヴォは気づかない。
 ショットガンを下ろしたドヌーヴォの眼前に、煙を一瞬で貫いて、何か襤褸雑巾のように汚らしい
塊が迫ってきた。それはもはや原型を留めていないが、確かにドヌーヴォと同じ憲兵の制服を着てい
る。
 眼を見開いたドヌーヴォの前に迫ったそれは、間違いなく、ずたぼろに引き裂かれた彼の部下の一
人だった。
 息を詰め、口を大きく開け広げたドヌーヴォは、肉塊とした形容できない部下の身体から発せられ
る血の匂いを直に吸い込む。今にも噎せそうになったドヌーヴォの前で、穴だらけの部下の身体は、
この上、更に一刀両断された。
 内臓をばら撒きながら弾き飛ばされた部下の身体の向こう側では、たった今、肉塊を切り裂いた閃
きが泳いでいる。ドヌーヴォも、今度こそ、それを認識した。途端、彼の身体は冷たい床の上に叩き
つけられている。
 そして、首筋に突き付けられた、冷たい地下水路の床よりも、もっと凍えたもの。
 憲兵達の身体を盾として銃弾を凌いだハインケルが、役目を負えた肉塊を煙と共に切り裂いて、獣
のように飛び掛かってきたのだ。
 それを、本格的漂ってきた部下達の流した血の匂いと共に、古すぎて既に黴の匂いさえしない地下
水路の石畳の上で理解したドヌーヴォに、ハインケルはその首筋に突き立てた刃と同じくらい冴え冴
えとした声で問う。

「誰に、頼まれた?」

 ドヌーヴォがハインケルを殺す為に此処へやって来たというのなら、ハインケル達を高速道路で襲
ったヘリとドヌーヴォは、やはり何処かで繋がっているのだ。

「連邦に仇なす為に俺達を襲ったのか?連坊狙いのテロリストの仲間か?ならば連行して連邦に連れ
帰り、お前を尋問しなくてはならない。」

 仲間の居場所を吐いてもらう必要があるからな。
 ハインケルは口調を変えず、ドヌーヴォが身体を起こせぬようにその背中に片足を乗せる。
 
「言っておくが、連邦の尋問は、お前達が思うほど甘くはない。」

 首筋に、いよいよ刀の刃先を押し当てる。ぷつり、とドヌーヴォの項の皮膚が破れ、赤い粒が湧き
出した。

「お前達は、連邦が人類の庇護者であると思って、非人道的な尋問などはしないと高を括っているか
もしれないが。確かに拷問はしない。が、無数の薬物を用いて言葉を吐かせる手法は、ままある。」

 強情に吐かない相手限定だが、と、御座なりに付けたし、ドヌーヴォの首筋からたらたらと流れ始
めた血を無感情に眺める。そもそも彼の部下達を盾にした段階で、ハインケルに流れる血に心揺さぶ
られる心根など微塵もないのだが。
 床に押し付けられ、もしかしたら自分が血を流している事も気づいていないのかもしれない男は、
忙しなく眼球だけを動かし、ハインケルの中から嘘を見出そうとしている。しかし、表情のない、能
面のようなハインケルの顔から何らかの情報を得るのは不可能に等しい。

「さて、お前はどちらだ?お前に襲撃を命じた誰かに一生を失うほどの忠誠を誓い、強情に口を閉ざ
すテロリストか?それとも、自分の命の重きを置く鉄砲玉か?」

 念の為に言っておく。
 ハインケルは表情と同じ、相変わらず感情のない声を出し続ける。一歩間違えれば、機械と思われ
るほど。

「連邦が使用する自白剤は、真実の代わりに対象者を廃人にする。協力的な者には使用しない。さっ
きも言ったように、一生を失うほどの忠誠を誓っている奴に使用する――別に良いだろう?奴らは一
生を失っても良いと思っているんだから。廃人になったところで、何の問題もないだろう?」

 そしてそうでない連中、命乞いの果てに口を割る輩には、そんなものは使用しない。

「それ以前に、連邦を対象としたわけではないテロリストについては、連邦へは連行しない。」

 ドヌーヴォの忙しげな眼に、訝しむような光が灯る。その眼に、分からないか、と返す。

「俺達を狙ったのではなく、本来の目的が俺達ではなく、教皇であるなら、見逃してやると言ってい
るんだ。むしろ連邦が、教皇庁からも誰からも、お前を保護してやる。」