鞘鳴りが、悪魔の哄笑のように響き渡った。
 ハインケルの手の中で、鋭い煌きがガーディアンの関節部に食い込み、その複雑な動きを可能とし
ている球状の関節を粉砕している。
 回り込んだ殺人モジュールの尖った指先を躱し、大きく床を蹴ると、空中で前転しながら刀を突き
出す。飛行するガーディアンの両の羽を根元から切り落とし、勢いをそのままに横殴りの一撃を繰り
出す。白刃が鮮やかな弧を描き、その軌道上にあったガーディアンの身体の一部を切り落としていく。
切り飛ばされたそれらが円弧を描いて天井に叩きつけられた時には、背中を断ち切られたモジュール
が床に転がっている。
 対侵入者用のガーディアンの銃弾も、ハインケルの舞うような刀捌きにはついていけないらしい。
仮に銃声を放つことが出来ても、その銃弾はハインケルに届く前に地面に切り捨てられている。その
残滓として、床には幾つもの細かい穴が開いている。
 目まぐるしい一幕の中、ハインケルは視線を白い殺戮人形に走らせた。その姿は、戦いの風圧で微
かに揺れているものの、それ以上は首を垂れたまま、動こうとはしない。
 ドライはまだ帰ってこない。
 今、何分経ったのだろう。
 解からない。
 博士の持っている、インスタント・ラーメン用砂時計を借りてこればよかったかもしれない。それ
があれば、三分たてば知らせてくれるはずだ。
 不意に、動かない白い人形の上に、黒々とした影が落ちかかっていた。その真上に、無骨なの外観
の動甲冑が圧し掛かるように立っている。そして、巨大な剣が。その手に握られている大刀は、今ま
さにドライ目掛けて振り落とされようとしていた。
 舌打ちして、身を翻し、動甲冑のもとへ駆ける。
 動甲冑へと刃を加速させながら、その間にも出来る限りのガーディアンを切り伏せるように、刀を
走らせる。そして動甲冑の真下に辿り着くと、地面を蹴る。そこに、動甲冑の大刀が横薙ぎに振り払
われた。唸りを上げて頭部に向かってきた巨大な刃を、ハインケルは紙一重の差で躱す。そしてその
刀身に足をつけ、それを蹴り上げて宙で一回転し、動甲冑の単眼に再び刃を振り下ろした。
 その姿が、単眼に映る。
 ハインケルの姿を捕捉した単眼は、捕捉直後にぱっくりと裂けた。避けた中から出てきたのは、黒
光りするガトリング砲の銃身だ。それは、せり上がるように現れ、銃弾を装填する為に銃身を回転さ
せた。

「………!」

 回転する銃身に、ハインケルは表情をなくした。この体勢では、避ける事はおろか防御も出来ない。
間違いなく、当たる。
 ハインケルは、自分の身体が引き裂かれるのを、鮮明に予測した。
 が――。
 突然、動甲冑の身体が力を失ったかのように膝をついた。
 動甲冑だけではない。その他のガーディアンも力尽きたように、次々と床に崩れていく。文字通り、
糸の切れた人形のように。
 ガーディアンが床に沈没する音が響き終わった後、力なく垂れていたドライの腕が持ち上がった。

「………ハッキング終了。」

 呟き、ドライは項に突き立てたコードを無造作に引き抜く。
 呆気に取られていたハインケルは、動かなくなかった動甲冑を見上げて、その後ドライを見る。そ
してカウントを表示しているディスプレイを。数字は三十三分前を示していた。

「………止まったのか?」

 何故か、物凄く気の抜けた声が出た。その声に対してドライは頷く。

「全世界に存在する核弾頭システムを停止させた後、そこへ張られていたリンクを中枢機構から解除、
及び中枢機構自体を停止させた。カウントは止まったはずだ。」

 確かに、ドライの言うとおり、カウントされている数字は止まっている。
 つまり―――

「それは―――。」
「核の発射は停止した。」

 つまりそれは―――

「助かったのか………。」

 口から零れた声は、驚くほど気が抜けていた。
 身体の中で硬直していた何かが、一本一本、ゆっくりと解けていく。それは、氷のような、鎖のよ
うな、ただ自分を縛っていたもの。それが静かに解けていく。しかし、緊張の糸が解れていくのは分
かるが、今何を言えばいいのか、分からない。歓喜の声も、安堵の溜息も、喉の奥で蒸発していく。

「ドライ。」

 言うべき言葉が見つからないまま、ハインケルは、世界を救った殺戮人形を見て、その名を呼んだ。
こうして、彼の名を呼ぶのは、一体何度目になるだろう。出会ってから一週間しか経っていないが、
その名を呼ぶ事に、もはや違和感はない。
 物音一つ立てずに、ドライが振り返った。白い身体に纏った、少し大きめの黒い上着が、小さく揺
れる。
 振り返ったその白い顔に、ハインケルは言った。

「帰ろうか。」

 この、過去の記憶を閉ざしている場所から。
 哀しい機械が、数百年も己を忘れて生き続け、そして逝ったこの場所から。
 機械と過去が眠る、この棺の中から。
 光の閉ざされた、けれど待ち人のいる、生きている海底の都市へ。
 帰ろうか。
 ハインケルは、ドライに、そう告げた。
 直後――――凍りついた。

「ド………ドライ。」

 ハインケルの声が、確かに上ずった。彼の翠瞳は、信じられないものでも見たかのように、大きく
見開かれている。
 ハインケルの視線はドライを通り過ぎ、彼の背後――カウントを表示しているディスプレイに注が
れている。もっと正確に言うならば、表示された数字を。
 止まっていたはずの数字が、刻々と動き始めたのだ。

「何故………?」

 ハインケルは咄嗟にドライに駆け寄り、時間を減らしていく画面を間近で見つめた。間違いなく、
発射カウントは続けられている。
 ドライはその横で、再びシステムと接続するが、すぐさま中断する。

「………自我が逃げている。」

 呟かれたその台詞に、ハインケルは顔を上げる。

「自我………?」
「中枢機構『電網の管理者』の自我だ。別の個体に移動している。そこからシステムの復旧を行って
いる。」
「別の個体………?」

 此処にある全ての機械は、中枢機構―――即ち『電網の管理者』と繋がっているはずだ。だからこ
そ、ドライが先程、核を止めた時、全てのガーディアンが動きを止めたのだ。つまり、此処にある機
械は全て『電網の管理者』の一部なのだ。別の個体に移動しても、必ずドライに捕まり、停止させら
れる。もし、ドライが捕捉し損ねたのだとしたら、それは全く別の所から来た機械でなくてはならな
い。
 だが、今此処にある機械で、此処と関係のない独立した機械など、それはドライしか―――
 いや、待て―――
 もう一つ、いなかったか?
 自分達を此処まで導いた、ウイルスに侵食されてはいるものの、此処のシステムとは別の系統の機
械が。
 その時、耳朶を打ったのは、女の高い笑い声だった。その声に、ハインケルは一つの答えを導き出
している。その答えを予期しながら振り返ると、果たして、扉の向こう側で、右半身だけを覗かせた
女性型人形――ライミイが、口元に笑みを浮かべて立っていた。その笑みは、もはやかつて子供達に
向けられていた、聖母の如き微笑ではない。
 世俗に染まった――憎しみや嘲りを知った笑みだ。
 洗練された――人間の笑みだ。
 彼女は一際大きく口角を吊り上げると、笑い声を残して身を翻す。
 ハインケルは、遠さかる足音を追いかけようと足を一歩踏み出したが、そこで足を止め、ドライを
振り返った。ドライの表情には、いかなる表情も浮かべられてはいない。その表情を保ったまま、ド
ライはゆっくりとハインケルに歩み寄り、その横を通り過ぎる。
 すれ違い様、ドライは呟いた。

「俺は心臓部の最下層――中枢機構本体の設置されている場所へ行く。中枢機構本体に直接アクセス
し、核を停止させる。」
「ライミイは?」
「…………。」

 ドライの歩みが止まった。
 一瞬に満たない空隙。
 ドライは瞳を閉じた。
 微かな困惑が伝わったような気がしたのは、ハインケル自身が混乱しているからか。

「………貴方が破壊してくれ。」
「破壊………?」

 当然の処置であるのに、訊き返してしまったのは何故か。

「自我が再びそこへ逃げ出す恐れがある。そうなってしまっては、どれだけ中枢機構から核システム
を停止させても、『彼女』から復旧させられてしまう。しかし、俺には『彼女』を破壊している時間
はない。」
「………解かった。」

 ドライの中に浮かんだ僅かな揺らぎを感じながらも、ハインケルは頷き、身を翻す。
 今の自分には、それぐらいしか出来ない。核を止める事が出来るのはドライしかいないという事は、
よく解かっている。ならば、自分はやるべき事を―――出来る事をせねばならない。
 ハインケルの緑色の髪が、扉の向こう側へと翻った。ライミイを追うハインケルの足音は、素早く
遠ざかっていく。
 その足音を見送って、彼は自分には大きすぎる黒い上着を、自分の身体ごと抱きしめるように、掴
んだ。

「……すまないな、ハインケル。」

 呟く彼の瞳には、今までにないくらい――いかなる人間にも浮かべることが出来ないような、切な
いまでに哀しい光が震えている。

「だが、此処から先は、俺一人で行かねばならない。」

 そして彼も、ハインケルに続いて部屋を出る。しかし、向かう先はハインケルと同じではない。
 冷たい機械の棺の底へ、青白い光を零していく。それと同時に、小さな声を。
 
「………この機械も、あの男にとっては、使い捨ての道具に過ぎなかった、というわけか。」 

 その為に造ったわけではないのに。
 あの男の為に造ったわけではないのに。
 
「そうでしょう……?トクラ博士………。」