転瞬、薄氷めいた瞳に強い蒼い光が灯り、ドライの銃が雷鳴にも似た咆哮を上げた。その時には機
関銃を携え、引き攣った顔をした未登録住人――ガーディアン六体が、血煙の代わりに部品を撒き散
らして頭部を吹き飛ばされている。そして、人間の血液に見立てられた皮下循環剤すら流さずに、首
を失くしたそれらの身体が膝をついて倒れきる前に、その他のガーディアン達も動いている。ある物
は腕から高周波ブレードを突き出し、またある者は蟹バサミを装着して。或いは機関砲を覗かせて。
 しかし、いずれの表情も引き攣っている。自分の身体が勝手に動くだけでなく、その身体から金属
の光沢を持つ武器が突き出しているのが信じられないのだろう。ドライの持つ大型拳銃は、そんな彼
らの表情など眼中にないかのように連続して炎を噴出し、更に四体のガーディアンの頭部を打ち砕く。
その背後に、蟹バサミを持った中年の男性型人形が迫っている。正確にドライの首を狙い、得物の顎
を勢いよく閉じる。しかしドライは素早く身を屈め、身体を反転させると弾を一気に三発撃ち込み、
そのまま落ちかかってきた凶器の軌道を逸らすと同時に、使い物にならなくしている。
 ドライは空になった弾倉を銃把から排出し、一瞬にして新しい弾倉を銃把に入れる。それと同時に
引き金を引く。銃弾の軌道を微妙に逸らし、機関砲を腕に仕込んでいる人形達に叩き込む。
 だが、次の瞬間、ドライの動きが止まった。

「敵生体、失探………。」

 人形達の姿が消えたのだ。ハインケルも、突如として人形が一斉に消えたのを見ている。しかし、
あれだけの数の人形が幻だったなどという事があるだろうか。

「………加速装置か。」

ドライは結論を出すや否や、ハインケルのもとへ戻り、その身体を抱えるようにして飛び退っている。
その直後、先程までハインケルが立っていた場所が、凄まじい力を一度に加えられたかのように圧壊
した。半瞬後、その地面の上にガーディアンが数体乗っている。ドライは、着地してハインケルを地
面に下ろすと、圧壊した地面に群がる人形ではなく、何もない目の前の空間に無作為射撃で薙ぎ払う。
銃弾で薙ぎ払われた空間から、潰れるような音がして、頭部を撃ち砕かれたガーディアンが地面に転
がる。しかしドライはそれを見る事なく、空になった弾倉を取り替えると、自分の両側を先程と同じ
ように薙ぎ払う。やはり同じように人形の身体が転がる。
 だが、外れた人形がいたらしい。ドライの身体が見えない何かに捕らえられ、弾き飛ばされる。し
かしドライは弾き飛ばされながらも引き金を引いたらしく、ドライの背が地面に辿り着いた時、その
身体の上に半壊した人形が乗りかかっていた。それを押しのけながら、その隙を狙っていたかのよう
に、頭上から降りかかる人形の胴体を吹き飛ばす。そして人間にはありえぬ角度で腕を旋回させ、背
後に迫っていた二体のガーディアンを、振り返らずに肩越しに撃ち抜いている。
 一方的な虐殺に、ガーディアン達の口からは悲鳴が漏れている。いまだに自分達が機械である事が
信じられないのだろう。ひたすらに恐怖する。
 撃ち殺される仲間に。
 その傷口から流れるのが血液や痛みではなく、金属部品である事に。
 しかし、恐怖とは裏腹に彼らはドライに向かっていく。

「ひ、ひぃ!」

 ブルネットに髪の人形が、己が意思とは無関係に走り出す足に、恐怖に駆られたような声を上げた。
同時に両の腕も上げる。その腕が一瞬にして変化したのは、劣化ウラン弾を吐き出す機関砲だった。
回転した人形の両腕かの機関砲から、轟音が逆巻いた。
 戦車の装甲すら蜂の巣に変える劣化ウラン弾の驟雨には、さすがのドライも耐えられなかった。咄
嗟に左腕を上げて顔を庇ったドライに、機関砲弾が降り注ぐ。冗談のように吹き飛ばされたドライの
身体は、劣化ウラン弾の風圧によって地面から引き剥がされ舞い上がったアスファルトと共に、地面
に叩きつけられ、巨大なクレーターを穿つ。

「ドライ!」

 ドライの、兵器人形の枠すら超えた戦いっぷりに見とれるしかなかったハインケルは、ドライが地
面に叩きつけられるのを、信じられない物でも見るかのような目で見ていた。ドライが『負ける』と
いう事を、頭の底から否定していたのかもしれない。
 倒れたドライに駆け寄り、その身体を引き起こす。劣化ウラン弾の直撃を受け、衣服が襤褸布のよ
うに引き裂かれ、露わになった身体の人工皮膚には深い裂傷が刻み込まれ、絶え間なく皮下循環剤が
流れ出している。あまりの状態にハインケルが眉を顰めた時、銃の装填音が響いた。ハインケルと倒
れたドライ目掛けて、人形達は一斉射撃をする。
 その時にはハインケルも抜刀し、それらの銃弾を叩き落している。普通の銃弾ならば、刀で十分叩
き落せる。ドライを抱えてその場を逃げ切る事は、そう難しくないはずだ。
 しかし、ハインケルが銃弾の嵐の中でドライの身体を抱え上げようとした時、劣化ウラン弾を放出
するガーディアンの腕が再び回転する音が、不吉に響いた。ハインケルといえど、劣化ウラン弾を受
ければ、その風圧だけで胴を切り裂かれるか、首を吹き飛ばされるだろう。
 だが、他のガーディアンの攻撃を避け、ドライを抱えて跳躍するだけの時間は絶望的なほどに足り
ない。
 ―――これで終わりか。
 目の前が暗くなりそうな機関砲弾の銃口を、永劫とも思える時間、見つめていた。しかし、予期し
ていた死は彼に届かなかった。銃口から死神が噴出される瞬間、ハインケルの視界が暗転したのだ。

「ドライ!?」

 目の前にある端正な顔立ちに、ハインケルは声を上げる。腕に抱えていたドライが、肩を使ってハ
インケルを地面に叩きつけたのだ。そしてその直後、ドライの背に機関砲弾が打ち込まれる。その衝
撃に、ドライは大きく仰け反った。
 常人なら、いや、サイボーグや兵器人形でも破壊していても不思議ではない。原型を留めている事
さえ、奇跡に近いのだ。そんな状態にありながら、ドライは凄まじい勢いでハインケルを地面に押さ
えつけている。呻き声一つ上げない。ただ、時折、スパークのように瞳の奥の演算の光が瞬くだけだ。

「ドライ、止せ!」

 もう一度攻撃されれば、壊れてしまう。だが、ドライは答えなかった。ただ、ひび割れた声で言っ
た。

「ハインケル……目を閉じている事を推奨する………。」

 何、と尋ねる声にも答えは無い。

「これ以上見ていると………機械と人間の区別が判断できなくなる。」

 そう言ってドライは、ゆっくりと目を閉じ、再びゆっくりと開く。そして、謎めいた『呪文』を紡
いだ。

「状況をカテゴリSと認識。リミッター解除条件クリア。最上級禁則事項第一条、第二条、第三条解
除。情感リミッター解除。システムTYRを稼動。システムTYRの稼動状況チェック。オール・グリーン。
TYRにおける拘束制御装置の動作確認開始――終了。拘束制御装置10%解除。『ラグナロク』の起動
条件オール・クリア。敵生体沈黙までの『ラグナロク』の使用を許可。『ラグナロク』を起動する。」

 場の雰囲気が一気に塗り変えられた。その一瞬、人形達の動きが止まる。ただ、ドライだけが明ら
かな変貌を遂げていた。
 薄氷色の硝子めいた瞳に、光が灯る。それは演算の瞬きでもなく、先程までの鋭い蒼の光でもなか
った。例えて言うならば、今は失われて久しい、新緑の木漏れ日のような光。静かに灯ったその緑の
光には、明らかに感情があった。
 その光が差し込むと同時に、硬直していた人形達が動き出す。そして、機関砲弾の不吉な装填音が。
 しかし、ドライはそれに何の感慨も見せなかった。人工皮膚の剥がれた腕を虚空に差し伸べるや、
そこに巨大な得物が出現した。黒曜石の如き煌きを秘めた巨大な剣。一体何処から現れたのか。
 しかしその疑問を呈する暇もない次の瞬間、ドライは身の丈ほどもあるその凶刃を背後に旋回させ
た。直ぐ間近に迫っていた劣化ウラン弾が、文字通り弾き返される。弾き返された機関砲弾の行く先
は、当然、それを放った人形だ。
 ―――轟音。
 劣化ウラン弾は容赦なくブルネットの人形を引き裂き、すり潰し、そして無慈悲にも周囲にいた他
の人形達も巻き添えにする。そしてその時既に、ドライは、加速して音速に迫る勢いで襲い掛かって
きたガーディアン達に向かって、無造作に大刀を薙ぎ払っている。大刀は、高周波ブレードを装着し
て正面から突進してきたガーディアンの胴体を、確実に捕らえていた。硝子のような断面を見せて、
上半身と下半身が切り分けられる。あまりに平面に斬られた為、その上半身は部品をばら撒く事すら
忘れて地面に転がった。行動プログラムから切り離された下半身は、勢いをそのままに、数メートル
走って崩れる。
 ドライは、薙ぎ払った大刀をの勢いを削ぐ事なく、背後に回転させる。落ちかかってきた刃に背中
を断ち切られた人形が、痛みを感じていないにも拘らず、絶叫する。それを尻目に、黒刀は不気味な
滑らかさで空間を走り、左側方に迫っていた少年人形の胴を、その両腕ごと袈裟懸けに断ち切ってい
る。その直後には、身を屈め、猫のような俊敏さで地を這うように駈けている。肩に担ぐように大刀
を構え、そこから持ち上げるように振り上げ、風の如き速さで薙ぎ払う。音よりも速く繰り出された
その残撃は、瞬く間に数十体のガーディアンが引き裂いている。その奥で電磁砲を構えているガーデ
ィアンの前に迫り、そして、その首目掛けて凶刃を振り下ろした。千切れた人形の頭部の両目が大き
く見開かれ、自分から離れて倒れる胴体を見つめて、停止する。
 その首を抱き留めて、ドライはその額に手を当て、これから行う作業名を口にした。

「ハッキング開始――終了。そういう事か………。」

 コンマ数秒にも満たない間に、ドライは人形の全プログラムを解析し、呟いた。
 その時、首を抱き留めたままのドライに、マグネシウムの青白い炎が叩きつけられた。咄嗟に身を
ずらし、炎を避けるが、手の中の首は二千度を超える炎に、脆く崩れ始める。人工皮膚が溶けてしま
い、痛々しいほどの金属部分を見せたその首を、ドライは優しく撫でると、労わるように地面に下ろ
した。そして穏やかな翠瞳を火炎放射器に向けた。そこには腕と口からノルズを覗かせた子供が立っ
ていた。
 ハインケルは、その光景のあまりのアンバランスさに嫌悪感さえ覚える。しかし同時に、不快感を
煽る事に気づきかけ、それは青の次の台詞で決定的なものとなった。

「止めてくれ!」

 その言葉は明らかにドライに向けられたもの。何故なら、口と腕に火炎放射器を仕込まれた子供は、
青が妹だと信じていたガーディアンだったからだ。
 あのような姿になっても、まだ妹だと信じるか?
 それとも、ただの情か?
 機械の分際で。
 青の絶叫は、稲妻の如き銃声に掻き消された。
 ドライが切ないまでの視線を緑色の灯火に乗せた時には、彼の左手の中で複雑な軌道を描く大型拳
銃が、火炎放射器を常駐した子供の頭部を粉砕していた。強装弾を額に受け、頭部に詰まっていた擬
似神経と中枢演算機構を担う流体結晶が弾け飛んだ。それらがばらばらと舞い落ちる中、首のない小
さな身体は膝をつき、うつ伏せに倒れる。

「ぅぅううああああああ!」

 絶叫は、血の色をしていた。
 青は己の口から出た絶叫を合図に、両腕をドリルに変換させてドライに突進する。これが、果たし
て彼の意志なのか、それともウイルスによるものなのか、はたまた彼本来のプログラムによるものな
のかは、解からない。
 そんな中、高速で回転するドリルは、鼓膜を覆いたくなるような叫喚を上げ、火花を血のように流
している。彼が走った跡には、火花がしばらくの間、転がって踊っていた。土埃でも上げそうな勢い
で肉薄するそれに、ドライは臆する事なく対峙した。ドリルの唸り声に、黒刃を腰に引き寄せるよう
に構え、疾走の為に身を屈めた。が。

「……!」

 刹那に生じた凄まじい輝きに、世界が漂白された。突然、青の腕のドリルの切っ先が割れ、そこか
ら投じられた火球は、ドライの身体を呆気なく弾き飛ばした。ドライが、それを加速電磁砲によるも
のだと結論付けた時には、火花を産んでいる青の腕が、その身を貫いていた。皮下循環剤が赤い花を
地面に咲かせる。しかし、青の腕は回転する事を止めない。
 串刺しにされ身動きが取れないドライに、僅かに残るガーディアン達が猛攻をし始めた。彼の頭上
に向かって大きく跳躍し、得物を振り下ろす。狙いはドライの無防備とも言える背中。
 だが、それらがドライに届く事は遂になかった。ドライの背中に素早く滑り込んだハインケルの刀
が、振り下ろされる刃を、持ち主諸共、悉く切り捨てている。
 最後の一体が地面に沈んだ時、未だ止まらない青の腕から滴り落ちる不協和音だけが、ハインケル
の耳朶を打っていた。ハインケルは身を翻しざま、今にもドライの米神に押し当てられようとしてい
たもう一本の青の腕を電光石火の勢いで、回転軸の付け根から切り落とした。そして、今だ身体を貫
かれているドライを、ドリルから引き抜こうとする。しかし、思わずその手を止め、目を見張った。
 ドライの背から突き出しているドリルの先端が、ゆっくりと縮み始めたのだ。
 青が引き抜いているのかとも思い、刀を握りなおしたが、そうではないらしい。青の付け根側の腕
も、ドライの身体に引き込まれていく。それを青か引き攣った顔で見ていた。青はどうにかして腕を
引き抜こうとしているらしいが、
 まるでドライの傷口が喰いついているかのように、離れない。
 それでも、青は無理矢理引き抜こうとしている。そして、腕を振ったり引っ張ったりしているうち
に、遂に引き千切れた。引き千切れた部分が、糸のように火花を引く。二の腕部分で引き千切れたそ
れは、ずるずるとドライの身体に飲み込まれていく。そして、完全に飲み込まれた時、裂けた着衣の
下にあるドライの身体にあった、無数の裂傷は拭い取ったかのように消えている。ただ、引き裂かれ
た着衣だけがそのままだ。
 青が後退った。その表情は、やはり恐怖に彩られている。だが、今の恐怖は先程までのものとは種
類が違う。先程までは、自分の身体が意思に反して動くという事への不安を大量に含んだ恐怖だった。
しかし今、彼が感じている恐怖は純粋な恐怖だろう。生命の危機に瀕した生物が抱く、最も根本的な
恐怖。  
 ドライの傷一つ付いていない手が、青の顔に迫る。更にもう一歩後退り、恐怖に目を見開く青の米
神にしなやかな指先が、この上ない優しさを孕んで触れた。おそらく聖女以外でそんなふうに誰かに
触る事の出来る者は、この世にはいないだろう。
 そして、ドライは滑らかに唇を開いた。

「第七番シェルター・ガーディアン十四号機『BLUE・SOLDIER』に接続。ウイルスの検索を開始――
終了。ウイルス『心音の波』を検索。プログラムの復旧を開始――。」

 囁かれたドライの台詞に、青の腕のない身体が背中に物差しを突っ込まれたように棒立ちになる。
その薄汚れた硝子の瞳の奥に演算の光が狂ったように踊り始めた。戦慄きながら唇が限界まで開き、
叫び声を上げる形を作る。そして喉が震え、声にならない声が空気を叩いた。

「復旧終了。」

 ドライが手を青から放した。青は二、三回身震いし、引っ込められたドライの腕を追うように、身
体の均衡を失い、倒れる。その身体をドライはそれが最愛の者であるかのように抱き留めた。
 青の瞳に擦れた様な光が灯り、ひび割れた機械音声を零す。

「認証コードDTH-SAF40M-5-12-13E-3TLを確認。機体名称『Seelen-JagerV』と認識………。」

 完全な機械の言葉。しかし、次に零れ落とした言葉は、人間めいていた。

「わた……私、は……、俺………俺、は。」

 苦しげな声に、ドライは瞳と同じ木漏れ日の如く静かな声で、その聴覚センサを打つ。

「ウイルスに侵されていた。ウイルスによって形成された自我に支配されていた。」

 ウイルス、と不思議そうに繰り返し、再び苦しそうに訴える。

「ウイルス……違う。俺は……ウイルスなんかじゃ……でも……私は……。」
「お前は気がついているんだろう?十四号機?」
「私は……『心音の波』を……認識、している。違う……俺は……そんなもの、知ら、な……い。」

 青の中枢機構の中で、ウイルスによって形成され与えられた自我と、本来のプログラムが形成して
いる自我が往来し、混乱をきたしているのだろう。
 狂っている。
 人間で言うところの二重人格が、青を―機械を狂わせている。
 ドライは、不意に何かを考えるかのように口を閉ざした。そして青を抱き留めたまま、ゆっくりと
地面に膝をつく。

「もう、いい。」

 彼の口から出た言葉は、聞いた事もないくらい、優しい声音で空間を占めた。
 
「お前は役目を果たした。もう十分だ。眠れ。」

 その言葉が機械に対して死を命じている事は明白だ。しかし死神の鎌のようなその言葉は、優しさ
を伴って、青の聴覚センサを支配する。その声に安堵したのだろうか。青の口元に笑みが浮かんだ。

「規定に従い、第二十八項目『自壊コード』を選択。第七番シェルター・ガーディアン十四号機、自
壊します。」

 次の瞬間、青の口から大量の黒い液体が零れ出し、身体を撓るほどに仰け反らせた。その機体の中
で、何かが弾ける音がして、一気に自壊した。砕けた青の残骸は、ドライの腕を擦り抜け床に到達し、
ひしゃげた音を立てて完全に崩れた。
 残骸の擦り抜けた手を、ドライはしばらく眺めていたが、やがてゆっくり立ち上がった。いつの間
にか、その手に握られていたはずの黒い凶刃は消え失せている。

「戦闘領域確保………。」

 静まり返った箱庭の中に、ドライの声が響いた。