「何処へ行くつもりだ?!」 

 腕を引いてビルの間をすり抜けていくドライに訊く。ハインケルには位置関係がさっぱり掴めてい
ない。青をドライが撃った場所はメイン・ストリートだった。しかし、その後ドライに何処へ連れて
こられたのか解からない。
 一体、此処は何処なのだ?
 そして何処へ行こうというのか?
 逃げる場所など無いというのに。
 先程のラング博士の口ぶりから察するに、武器を持って悲鳴を上げて、自分の行動に恐怖と驚愕を
持ってそれを見ている未登録住人は、青だけではないだろう。おそらく、此処にいる未登録住人全員
が、青と同じように彷徨っているはずだ。そしてその標的は、彼らの意思に従おうと反しようと、自
分達である事は変わりがない。
 だが、何故、突然攻撃を始めたのだ?
 何故、青は自分達を此処まで連れてきたのだ?
 攻撃して殺すくらいなら、最初から連れてこなければ良いものを。

「………『支配者』、か。」

 それの命令か。しかし、それの目的も解からない………ラング博士の目的も解からなかったが。あ
の時間で唯一解かった事といえば、目の前にいる機械人形が自分を裏切っていなかったという事だけ
だ。

「……………心臓部だ。」

 不意に、ドライが言った。

「何?」
「先程の貴方の質問に対する答えだ。心臓部へ向かう。」

 心臓部―――核弾頭の設置された場所。ラング博士が核弾頭を設置した場所。しかし―――

「何故?」

 今更、何の為に。世界各地で核弾頭が発射段階に入っているのに、今更、何の為に?
 しばらく時間が経った。そして、小さな、衣擦れの音に掻き消えてしまいそうな声が届いた。

「………俺が、その為に存在しているからだ。」

 幾分か、機械音声が掠れていたような気がしたのは、走る事から来る振動の所為だろうか。

「………ドライ?」

 思わず聞き返したが、ドライは唐突に道を折れ曲がった。腕を掴まれているハインケルは必然的に、
大きくカーブする事になる。その為、質問を続ける事が出来なかった。したとしても返事はなかった
に違いない。
 後ろを振り返ると、青が家の留守を頼んでいた壮年の男の姿が見えた。その男もやはり、銃を携え
ている。そして、装填音。その瞬間、ドライは一層強くハインケルの腕を引き――と言うよりも完全
に引き摺り――横道に飛び込む。銃弾が何処かに噛み込む音がした。飛び込んだ横道を、ドライは今
まで以上のスピードで駆け抜ける。何事かと思うと、頭上で不吉な音が響いている。それが、やはり
銃の装填音だと気づいた時には、ドライが肩越しに銃を構え、走りながら発砲する。ぐしゃりと、決
して気持ちの良いとは言えない音がして、弾丸が命中した事をハインケルに教えてくれる。更に、ド
ライは道路から外れて木陰の中を駆け抜ける。両側の道から、溢れるように足音が迫っていた。

「ドライ、本当に心臓部に近付いているのか?!」

 増え続ける足音と、いっこうに目的地に近付く気配が無いのとで、ハインケルは思い切って尋ねる。
ドライは入り組んだ道路を筋道無く――時として道路から外れて――駆け巡っているように見え、心
臓部に近付いているようには見えない。それに対するドライの答えは、いつものように素っ気無かっ
た。

「問題ない。次の路地を曲がればメイン・ストリートだ。」

 しかし、確実に心臓部へ近付いているとはいえ、それ以上に未登録住人――ガーディアンが追撃し、
ハインケルとドライを追い詰めようとしている。
 心臓部まで一直線に貫くメイン・ストリート。そこへようやく戻ってきた時、背後と両側にはガー
ディアンが迫っていた。更に通りの両側からも、未登録住人が、まるで道を閉ざそうとするかのよう
に、道路に向かってぞろぞろと出てくる。
 ドライは此処へ来てようやくハインケルの腕を放した。そして、何の言葉も発しなかった。しかし、
ハインケルは今からするべき事を理解していた。
 するべき事は一つしかなかった。
 二つの陰が閉ざされようとする道路を駆け抜け始めた。箱庭の道路は完璧に舗装され、競技場のレ
ーンのように走りやすかった。しかし競技ではない事を物語るように、両側、そして背後からは人
の壁が押し寄せている。何か言っているが、聞こえない。代わりに、別の音が迫っている。
 銃の装填音が。
 ハインケルが刀を抜刀するのと、ドライが撃鉄を上げるのは同時だった。刀と弾丸は、紙吹雪のよ
うに飛び交う鉛の塊を悉く叩き落している。人間離れした動きで、俊敏に、そのまま二つの陰は走り
続ける。群がるガーディアン達をすり抜ける。
 心臓部――白いアーチの向こう側、科学研究施設の入口が見えた。入口の前の広場の中央には、不
思議な形のオブジェが立っている。
 そして――青の姿が。
 立ち塞がっている。
 回り込まれた。
 囲まれる。
 ハインケルとドライはオブジェの前で追い込まれるようにして立ち止まり、背中合わせに身構えた。
 ドライが、銃を掲げたまま静かに言った。

「ハインケル、未登録住人が機械である事を告げなかった事を謝罪する。」

 場違いなほど静かな口調。

「いや………。」 

 ハインケルは頭を振って、背中越しのドライに言った。

「俺のほうこそ済まなかった。」

 ドライの台詞から察するに、ドライは青に会った時から、彼が機械である事に気づいていたのだろ
う。だが、その事をハインケルに教えなかったのは、ハインケルが、青や未登録住人の中にある『家
族』に憧憬のようなものを持っていた事に対する配慮だろうか。
 そう言ったところで、きっとこの機械人形は否定するのだろうけれど。
 案の定、謝るハインケルに対するドライの機械音声に、訝しげな響きが篭もる。それとも、それも
ハインケルの思い込みだろうか。

「………?謝罪の意図が不明だ。」

 照準を絶え間なく未登録住人に合わせながら、ドライは尋ねる。ハインケルも、苦笑いをしながら
刀を構え、答える。

「君に酷い事を言った。」

 ドライにしては長い間があった。そして、ハインケルの言う『酷い事』に思い至ったのだろう。や
はり素っ気無く言う。

「それに対しての謝罪は不要だ。あの段階で、俺は貴方に何も告げていなかった。誤解を招く行動を
したのは俺だ。貴方に責任は無い。それに、今回の事態に至った責任は、ローズ・クーパーのスキャ
ンを綿密に行わなかった俺にある。」
「それは連邦の責任だろう?君の所為じゃない。」
「…………。」

 ドライの返事はなかった。代わりに撃鉄を上げる重厚な音が響く。
 
「ハインケル………手出しは無用だ。」

 脈絡無く告げられた言葉に、ハインケルは目を見開く。
 
「何………?」

 何に対して手出しが無用なのか、それは考えずとも解かる。しかし、その理由が解からない。疑問
を投じる為に見たドライの顔は、どこか決然としたものを漂わせている。

「これは俺の責任だ。」
「…………ドライ?」

 責任。
 それは、ラング博士の言った、あの意味不明の言葉の羅列の中にあったものだ。しかし、ドライは
ハインケルに対して何も言わなかった。ただ、青のほうに小さく視線を向けると、答えの代わりに、
行動支援プログラム中の思考を戦闘仕様に切り替える言葉を吐いている。

「行動支援プログラムより戦闘仕様を選択。状況確認――完了。状況をカテゴリAと判断。状況に対
する適正仕様を既存プログラムより検索――検索終了。常駐戦術思考から殲滅仕様を選択―――起動。
戦闘開始。」