森林をモチーフにした柱の立ち並ぶ回廊には、荘厳さが残されており、かつては多くの観光客が、
 それでも静寂を保とうとしながら訪れたのだろう。だが今現在、その神聖さを穢さんばかりに、天
 井の柱の根元から巨大な昆虫のような形の機械達が、ぞろぞろとあらゆる場所を伝い、降りてくる。
 そしてハインケル目掛けて、飛び掛ってくるのだ。
  それらを斬り捨てながら、ハインケルは回廊を突き進んだ。何処へ行くのかは自分でも解からな
 かったが、とりあえずこの場所が何者かの支配下に置かれている事だけは、機械の多さだけでも自
 明の理だった。
  手中の刀を回転させ、真上から襲い掛かるロボットを、四、五体まとめて叩き切る。しかし、ど
 れだけ斬っても、何処かに巣でもあるのか、後から後へと出て来る。
  華麗に舞うように刀を手の中で躍らせながら、ハインケルは尽きない敵に舌打ちする。今や床は
 金属の機械部品が散乱し、流れ出るオイルで、てかっている。しかし、機械は勝ち目が無いにもか
 かわらず、ハインケルに向かってくる。この機械達には学習能力は確かにあるのだろうが、それ
 よりも『恐怖』という行動支援プログラムを導入したほうが良いに違いない。
  不意に巨大な影がハインケルの上に落ちた。
  ハインケルは足を止め、自分を遥かに上回る背丈を所有しているであろう存在を見上げる。見上
 げた先にあったのは、群がるロボット達を自分と同じように無慈悲に破壊しながら、こちらへ近づ
 く動甲冑だった。
  百足型のロボット達を踏み潰し、結果として倒してはくれているが、味方でないのは明白だ。そ
 の証拠に、動甲冑の腕に取り付けられたマシンガンが旋回し、違える事無くハインケルを捕らえて
 いる。
  マシンガンが殺戮の為の雄叫びを上げる半瞬前、ハインケルは素早く身を丸め、回廊の脇にある
 細い廊下へ飛び込んでいる。その身体を掠めるように、連射された銃弾が不遜にも技を凝らした彫
 刻の施された柱を粉々に吹き飛ばした。旧時代に存在した、世界遺産保護連盟辺りが見たら卒倒し
 かねない光景だ。
  動甲冑は頭の大部分を占める単眼を忙しなく明滅させ、ハインケルの姿を追う。その時にはハイ
 ンケルの姿は既に脇道に消え、下へ向かう螺旋階段を見つけている。
  上に長く、下に短く伸びた階段を、ハインケルは下を選んで降りていく。階段は幅が狭く、人一
 人がやっと通れるぐらいしかなく、更に手摺が無い為、とても実用的とは言えなかった。
  ハインケルが走りにくい階段を駆け下りた時、上の方で風を切る音がした。見上げている暇も無
 く、階段の踊り場に、階段を砕きながら轟音と共に動甲冑が飛び降りてきた。
  床が動甲冑の重みで爆発的に砕ける音を背に、ハインケルは教会の正面玄関にに開いた穴を見つ
 けている。どうやらこの近くに博士もいるらしい。爆発により出来た穴が、大口を開き外の海底の
 様子を見せている。ただ、ハインケルが入ってきた穴と同じく、この穴からも海水が吹き込む事は
 なかった。水が漏れる音すらしない。
  その代わりに聞こえてきたのは、動甲冑の重苦しい足音だった。次いで、銃弾を装填する音が異
 様に響いた。
  ハインケルは、入口付近に取り付けられたエレベーターに飛び込む。扉がゆっくりと閉じ、完全
 に閉じきる前にマシンガンアームがその隙間に割り込んだ。その状態のままエレベーターは下に動
 き始める。しかしマシンガンが邪魔をして、小さな部屋は下に動く事を許されず、途中で止まって
 しまう。
  金属同士が擦れ合う音を立て、火花が小さな室内に舞い落ちる。
  エレベーターの天井と入口の床に挟み込まれたマシンガンが、時折火花を放ちながら、ハインケ
 ルを捕らえる為、下を向く。           
  今、動甲冑は床に這いつくばっているのだろうか、などと考えながら、ハインケルは床を蹴り、
 幾つも開いた銃口に向かって刀を構え。今にも火を吹こうとしているマシンガンを、丁度、エレベ
 ーターの扉と平行に、且つ、平面が同一平面になる様に斬り落とした。
  その瞬間、銃弾の代わりにオレンジ色の火花が小部屋の中に、一層激しく降り注ぐ。その間にも、
 動く小部屋は焦げ目を作りながらも下へ動き、動甲冑との距離を広げていく。
  そして、止まった。
  小さな部屋から刀を掲げたまま飛び出したハインケルの背後で、コンマ数秒の差で、銃弾の降り
 注ぐ音が、エレベーターの天井を突き破って、落ちた。ハインケルは振り返り、愛刀を顔の横で担
 ぐ様に構える。
  ぱらぱらと細かい瓦礫が落ちる音が白煙の帳の向こうで聞こえる。それに混じって時折、大きな
 崩れる音がする。ハインケルは、今にも獲物に飛び掛ろうとする肉食獣と同じ殺気を身に纏って、
 消えようとする煙の奥を見つめる。
  張り詰めたような静寂の時間が通り過ぎていく。呼吸する事さえ憚られる空間が、薄れていく煙
  と共に、流れ出した。
  不意に、ハインケルがゆっくりと刀を下ろす。同時に、痛いぐらいに膠着していた空間が溶けた。
 そして、それを待っていたかのように、一人、潜水艦に残されている同僚の声が、時間を動かした。

 『ハインケル君、何があったの?』
 「何でもない。それより―――。」  

  沈黙を打ち破ったエスメラルダの声を無理やり押し込め、ハインケルは視線をエレベーターから
 僅かにずらし、辿り着いた場所を見た。

 「此処は何だ?地下には違いないんだが―――。」

  地下だという事もあってか、その部屋は上よりも酷く暗かった。幾つものガラスケースや、柵に
 囲まれた台が点在し、その上には何かが置いてある。
 
 「何かの資料か?」

  動甲冑の気配が無い事を確認し、ようやくエレベーターから完全に眼を離し、ハインケルはガラ
 スケースの一つに近付く。埃のこびり付いたガラスケースの中には、古ぼけた見取り図――おそら
 くこの建物だろう――が入っている。 

 「資料館か…。」

  連邦の調査団は本当に詳しく調査しなかったらしい。これだけの資料が此処に眠っているのを知
 ろうとも思わなかったのだろう。ガラスケースに入っていたとはいえ、沈んだ時にガラスケースが
 砕け、流れ出なかったのが不思議なくらいだ。見る限り建物の資料ばかりで、何の価値も無い物ば
 かりだが。

 『ハインケル君、そこにいても仕方ないわ。上に戻らないと。』
 「だが、上に戻る階段が無い。エレベーターも………。」

  ハインケルは、銃弾を受け天井に穴の開いたエレベーターを見る。鉄屑を中に含んで崩れ去って
 しまっている。

 「動くかどうか………。」

  おそらく動かないだろうと思いながら、近付き――直後に飛び退き、抜刀した。その刹那、轟音
 と共に動甲冑が降りかかってきた。ハインケルによって断ち切られた右腕から火花を垂れ流し、残
 る左手のマシンガンで、ハインケルをポイントしている。

 「エスメラルダ……どうやら、もうしばらく上には戻れそうにない。」

  完全に大破したエレベーターを横目に、ハインケルは再び動甲冑と対峙する事になった。
  耳鳴りのする金属音と共に、動甲冑のマシンガンが回転し、数十発の銃弾が放出された。ハイン
 ケルは刀を手中で回転させ、動甲冑に向かって地面を蹴った。
  刀の回転速度は次第に速さを増し、空気が振動する、唸る様な音が響き始める。その空気の振動
 の中に銃声が吸い込まれ、同時に悉く鋭い音と共に、銃弾は弾き返されている。弾き返された銃弾
 は、乱反射し、ガラスケースや台座を容赦なく粉砕する。
  ガラスの破片が舞う中を、それら総てが落ちてしまう前に、ハインケルは動甲冑との間合いを一
 気に詰め、銃弾の補充の一瞬の隙を衝いて、自分と相手の影が交錯する刹那、白刃を走らせた。
  白い線が宙を駆け抜るより僅かに遅れて、オイルの黒い線が飛び散る。均一に平面な切り口を見
 せ、左手のマシンガンアームも右手と同じ様にオイルを流し、硬い音を立てて床に落ちる。床に広
 がるオイルに、火花で彩られたガラスの欠片が音も立てずに沈みこむ。
  動甲冑の左手を斬り落としたハインケルの後方で、重い、崩れる様な音がした。振り返ると、動
 甲冑が膝をついている。だが、それを見た瞬間、ハインケルの顔が引き攣った。
  動甲冑の背が機械的な動きで、ぱっくりと割れたのだ。そこから、羽化しようとしている蝉の様
 に、無骨な黒光りする筒状の物が覗いている。

 「………グレネードランチャー!」

  銃というより携帯用のミサイルと言ってもいい。手榴弾ほどの弾を吐き出すそれの銃口が雄叫び
 を上げた時、ハインケルが咄嗟に勢いよく振るった刃も、風鳴りを起こしている。
  風鳴りは高い声を上げ、真空の刃を生み出し、銃弾を幾つも吐き出す動甲冑を切り裂いた。そし
 て、放たれた銃弾をグレネードランチャーの銃口に押し戻し、今にも銃口から出ようとしていた弾
 とぶつかり合う。
  しかし、それが失敗だったと気づいた時には、暴発したグレネードランチャーの爆風で、ハイン
 ケルの身体は冗談のように吹き飛ばされ、床に叩きつけられる。
  だけではない。
  爆風は床を完膚無きにまで叩きのめし、大きく亀裂が走る。そこにハインケルが叩きつけられた
 のだから、床はそれ以上の衝撃に耐える事が出来ず、瞬く間に陥没し、その穴の中にハインケルを
 引きずり込んだ。

 『ハインケル君?』

  何が起きたのか把握する事の出来ない、此処にはいない同僚の声が耳朶を打った。
  しかし、それを最後に完全に音が途絶えた。

  




 「ハインケル君!返事をしなさい!ハインケル君!」

  エスメラルダの声が、操舵室に響き渡る。それに答えるのは耳鳴りにも似た、痛いぐらいのノイ
 ズだけだ。
  一体何があったのか。何者かと交戦していたのかは解かる。しかし、ハインケルは敵についての
 詳しい事は何も言わなかった。伝えられたのは、何処かの地下にいて、そこは何かの資料室で、元
 の場所に戻り難いという事だけだ。
  そもそも、ハインケルが機械に追い詰められるという事自体、想像できない。ハインケルは国連
 公安第十三課の派遣員の中で最も高い戦闘能力を誇っている。それが何故―――?

 『エスメラルダ君、どうかしたのかね?』

  エスメラルダの耳に、明らかに無事な人間の声が入ってきた。エスメラルダは途絶えてしまった
 通信を手放し、生き残っている通信に縋りつく。

 「博士、ハインケル君との通信が途絶えました。何者かに襲われたようです。」
 『襲われた?まあ、さっきから襲われていたしね。で、何処でかね?』
 「解かりません。地下にある資料室のような所だそうですが………。詳しい事は何も言わなかった
  ものですから。」
 『困った子だ………。』

  イヤホンから、溜息混じりの声が聞こえる。きっと首を竦めているに違いない。しかし、溜息混
 じりで困っていると言っているが、心配しているようには聞こえない。

 「どうするんです?」
 『どうすると言われてもねぇ……。』

  博士の声には緊迫感が全く無い。もしかしたら、画像が送れないのをいい事に、パイプでも吹か
 しているのかも知れない。

 『地下、と言ったね?僕も今、地下にいるんだよ。でも資料室じゃなくて地下聖堂なんだ。祭壇も
  あるし………。別の場所にもう一つ地下室があるのかな。まぁ、ハインケルだって子供じゃない
  んだから、自分で何とかするだろう。』

  相変わらずのんびりとした口調で博士は言っていたが、不意に黙り込んだ。

 「博士?」

  突然黙り込み、そのまま何も言わなくなった博士を怪訝に思い、エスメラルダは名前を呼ぶ。

 『ああ、大丈夫………今のところはね。』

  その声には微かだが、緊張が孕んでいた。

 『エスメラルダ、少し待っていてくれないかね。彼らの相手をしないといけないらしい。』