大通りの梔子色の明かりが霧散するように入り込んだ路地裏はとても暗く、同時に底冷えするよ
 うな色合いをしていた。砂の一粒一粒でさえ冷気を発しているかのような場所で、無残にも打ち捨
 てられた死体をマッドは静かに見下ろした。
  皺が幾つか刻まれた顔には、微かな驚愕が張り付いているが、それ以外は綺麗なものだった。そ
 れだけが、不条理に命を奪われた事に対する、せめてもの救いだった。
  だが、そんな救いが実際になんら意味を持たない事をマッドは良く知っている。これが病による
 死であったなら、それは一つの救いとなって残された人々の頭上に慈雨として降り注いだだろうが、
 紛れもない殺人である以上、慈雨はただただ冷たいだけだ。
  勿論、マッドにとっても。
  マッドは、太く重い革のベルトのホルスターに差し込まれた銃を、親指の腹でなぞる。黒い牛の
 革をなめして作られたホルスターが巻き付いているのは、厳めしい冷たく、しかし腹の中に赤々と
 した火種を孕む黒い銃だ。
  黒光りする、マッドの分身とも言えるバントラインは、その咢から激しい火花を吐き出す時を今
 か今かと待ち構えている。
  これから、狩りが行われる事を、バントラインは――マッドは知っている。その相手が何者であ
 るかも。
  ざりざりと、路地裏の砂っぽい地面を踏み締めて、獲物のいる場所へと向かう。不条理に一つの
 命を食い潰した、いまや自分で立つ事さえ出来なくなった図体だけは巨大な子供が、今宵の獲物だ。
 そしてそれは、確かに一度マッドが狩りに連れ出した事がある、賞金稼ぎの少年達だった。
  いずれもが貧しく、食うに困り、かといって何か手に職をつける事が出来るほどの力も頭もない。
 そんな人間の末路はならず者でしかなく、だからせめて、ならず者の中でもまだましな部類に属す
 る賞金稼ぎへと連れ出した。
  マッドが特別に何か世話をしたわけではないが、彼らを自分の狩りに参加させ、人を殺す瞬間も、
 そして殺す方法も知らしめたのは確かにマッドだ。
  無残に打ち捨てられた死体を見て、思うのだ。もしかしたら、マッドが彼らを狩りに参加させな
 ければ、人がいとも容易く死ぬ瞬間を見せたりしなければ、彼らは人を殺さずに済んだのではない
 かと。
  彼らが人を殺さなければ、少なくともマッドは彼らの目の前に現れたりはしなかっただろう。子
 供の取り締まりなど、保安官共に任せておけば良い。
  しかし、賞金稼ぎになるはずだった少年達は、よりにもよってマッドの牙が届く範囲で人を殺し
 た。しかも義賊の名を語って。
  マッドが先日撃ち殺したコック・ロビンの――ロビン・フッドの仲間なのだと叫んで。
  賞金稼ぎになるはずだった彼らが、あの後狩りをしているという話を聞いた事がなかった事を、
 僅かでも気にしていれば良かった。そしてもっと早く、義賊気取りの駒鳥を撃ち落していれば良か
 った。
  そうしていれば、彼らは義賊のばら撒きに味をしめたりしなかったかもしれない。義賊のばら撒
 きがなくなったからと言って、ならば自分達が義賊として金を奪っても良いと考えなかったかもし
 れない。その為に人を殺したりしなかったかもしれない。まだ、駆け出しの賞金稼ぎとして、それ
 でも自分の脚で立っていたかもしれない。
  これについて、実はマッドには何ら責任はないのだ。
  よりにもよって西部一の賞金稼ぎたるマッドが、駆け出しの賞金稼ぎ達に心を砕く必要などない
 のだし、義賊を撃ち落す瞬間もマッドは限りなく早くやったつもりだし、それによってお零れに預
 かっていた連中が盗みを働くようになる事は、マッドにはなんら関係のない事だった。
  だが、賞金稼ぎ――駆け出しとは言え賞金稼ぎである事に変わりはない――の不始末は、マッド
 が蹴りを着けるべきだった。
  マッドは路地に蹲った闇の塊が、何か忙しなく動いているのを見つめる。これから金持ちの屋敷
 を襲撃に行くつもりなのだろう。その腰に帯びられた銃ほど、この世で物騒な物はなかった。
  その様を一瞥し、マッドはもう一度バントラインをひと撫でし、良く通る声で闇を貫いた。

 「何をこそこそしてやがるんだ?コック・ロビンの葬式の段取りか?」

  ぎょっとしたように小さな闇達の動きが止まった。
  ロビン・フッドの仲間――メリーメン達を気取る少年達を、マッドは決してそう呼ぶつもりはな
 かった。闇夜で蠢き、しかも一人ではもう働いて生きていく事も出来ない連中が、正義の仮面をそ
 の顔に貼り付けるなど、お笑い草だ。
  豆鉄砲を喰らったような少年の顔は、いっそ鳥達のほうがしっくりくる。

 「誰が鴉で誰が鶫だ?誰が棺桶を運んで、誰が墓穴を掘るんだ?」

  謳うように言って、でも、とその呆けた面にマッドはバントラインの銃口を突きつけた。こんな
 子供の為に、実はバントラインが口火を吹く必要などない。過ぎたる名誉とは、きっとこの事を言
 うのだろう。
  過ぎたる、名誉ある死だ。

 「でも、てめぇらの分の墓穴と棺桶も準備しといた方が良いぜ。この俺が此処に来たんだ。何が起
  きるか、そしてそれが避けられるもんじゃねぇって事は、てめぇらの足りない頭でも理解できる
  だろ?」

     犯罪が起こる現場に、よりにもよってマッドが現れたのだ。そしてマッドは決して獲物を逃さな
 い。その牙は確実に獲物の喉笛を掻っ捌く。
  駆け出しの賞金稼ぎでも、その事実を知らぬはずがない。
  己の眼前に、死が形をとって現れたのがという事を。
  それは、最後の審判よりも無慈悲である事も。マッドは、神のように言い訳など聞きもしない。
 言い訳によって情状酌量もしない。マッドはその時の気分によって、あらゆる罪状に対する罰を下
 す。そして今、マッドの秤は死へと大きく傾いている。

 「さあ、てめぇらの為の聖書は準備できたか?鎮魂歌は歌い終えたか?俺はお前らの為には、鉛玉
  しか準備してやらねぇからな。他のもんは、てめぇらで準備しろよ。」

  尤も、準備する暇など与えてやれないのだが。
  マッドの赤い唇が、微かに弧を描いた。と、同時にバントラインが激しく吠え立てた。





  宵闇に穿たれた炎の矢は、違える事なく駒鳥を撃ち抜いた。
  今にも屋敷の屋根に手が届くところであった小男の身体は、容赦なく地面に叩きつけられ、何度
 か地面の上でのたうった。
  やがて呻くだけとなった身体に、一つ影が落ちる。
  ひょい、と男を覗き込んだその顔は、闇の中でも浮かんで見えるほど白く、そして端正であった。
 煌めく黒い眼は、己がなした事について一切の躊躇いもなかったのだろう。小男に対する冷ややか
 な色があるだけだった。
  口元に、ぽつりと灯った葉巻のオレンジから、酷く甘い香りが漂っては、しかし小男が捕まえる
 前に霧散する。

 「なんで撃ち落されたのか、分からねぇって顔だな。」

  ロビン・フッドを気取っていたわけではないだろうが、そう称される事に多少の優越感はあった
 のであろう小男を、撃ち落した賞金稼ぎマッド・ドッグは鼻先で笑い飛ばした。

 「本当におめでたい頭しかねぇんだな、義賊ってのは。てめぇがばら撒いた金が何を起こしている
  のかも分からねぇか。」

  金持ちが稼いだ金を当然のように持ち出す事についても少しは思うところはあるが、それ以上に、
 とマッドは嗤う。

 「てめぇの所為で、自分の脚で立てない奴がどれだけ増えたと思う?」

    他人の金を頼りにして、ふらふらと生きるだけの人間がどれだけ増えた事か。
  必死になって稼いで何とか糊口を凌いでいる人間の傍らで、他人から奪った金で悠々と生きてい
 る人間がいる。身体を売る女達の中で、他人から奪った金を得たからと言って春を鬻ぐのを止めて、
 春を鬻ぐ側を馬鹿にしている女がいる。

 「何より、てめぇが奪った金で麻薬を買ってる奴がいるんだぜ?てめぇはそれについてどう思って
  る?」

  金持ちだって、まさかそんな反社会的な事に自分の金が使われているなんて、腹が立つ事この上
 ないだろう。貧乏人達が糊口を凌ぐのに使ったならまだしも、貧乏人達が麻薬を買っているだなん
 て。

 「なあ、どう思うんだ?人生の落伍者を作りまくった気持ちってのを、聞かせてくれねぇか?」

  マッドの新品同様のブーツが、小男の顔を蹴る。小男の顔が歪んだのを見て、マッドは笑みを深
 くした。

 「俺が小奇麗なブーツ履いてんのが気に入らねぇか?だが、生憎だがこれは俺の仕事の対価で買っ
  たもんだ。悔しかったら、てめぇも荒野を駆け巡って賞金首を捕まえて来いよ。命の縁で、気張
  ってみせろよ。」

    他人の金でしか生きられないお前には、どだい無理な話だろうが。
  マッドは小男の額にバントラインを突きつける。

 「てめぇみたいな小物は俺が手を出す必要もねぇんだが、てめぇは少しばかり、人間の矜持っても
  んを砕きすぎた。てめぇ一人が勝手に堕ちるのは構わねぇが、てめぇに引き摺られた人間が多す
  ぎる。」

     そして、マッドはこれから、引き摺られて堕ちた人間を、撃ち落しに行かねばならない。

 「てめぇは此処で一人野垂れ死んでろ。俺は止めを刺さない。此処で一人凍えて死ね。俺は雀とし
  てお前を撃ち殺してやったんだ。拭いきれない犯罪者じゃなくて、浮浪者として死ねるんだ。良
  かったじゃねぇか。」
  
  こんな男の為にこれ以上銃を使うのが嫌だったと言うのもあるのだが。   しかし、きっと他の連中は雀としては殺せないだろう。マッドは、狂犬として獲物を刈り取らね
 ばならない。