キャプテン・スクエアは、ざきから義体の準備と違法生物、そして歪の原因となった時空犯罪者の
遺骸の収集を命じられた。遺骸と言えば、違法生物についても既に息絶えていたが。それが歪なのだ
から仕方がない、とざきは呟いていた。
 キャプテン・スクエアは、ジュラ紀より連れ出された肉食恐竜と、それを連れ出した密猟者の遺骸
を回収し、管理局へと転送する。
 密猟者である女の遺骸は、ただちに消去されることだろう。歪の原因となった以上、その存在は完
全に抹消される。遺骸は骨はおろか灰も残らぬよう処理される。そして出自を調べられ、持ち物だけ
ではなく、戸籍も抹消される。
 違法生物である肉食恐竜のほうは、遺伝子を調べられ、それが後々の未来に何らかの影響を与えな
いかを調べられたのち、やはり灰も残らぬくらいに消去される。歪である以上、やはりそれも仕方な
いことだった。
 キャプテン・スクエアにそれらの手続きを命じるざきの顔は、ひどい仏頂面だった。

「不本意だ。」

 ほろりと零した言葉に、老師が小さく苦笑した。

「同情はしないが、気持ちは、まあ、理解できる。」
「安易に同情して、よく分かるとか言わないのは老師の美徳だな。」

 しかめっ面のままざきは答えた。

「考古学者として、歪とはいえ過去存在したものを消去せねばならないなんて、絶筆しがたい苦痛だ。」
「ああ。」

 老師は頷き、けれども、と慰める。

「密猟者によって、あの時代の少年が蹂躙されることは防げたじゃないか。」
「それくらい出来て当然だ。」
「私は出来なかった。」

 紛れもなく二人の弟子を思い浮かべたのだろう老師の言葉に、ざきはモニタの向こう側で黙り込ん
だ。

「老師、ざきを困らせるような言葉を言うんじゃねぇ。」

 無言だったマッドが口を開き、湿っぽい空気を醸し出した老師を窘める。老師の心裡は理解できぬ
ではないが、歪を治めるという任務に当たっている以上、誰しもが必ず何処かで犠牲者を出している
のだ。
 そもそも、彼らが任務を終えてその時代に別れを告げる時、その別れ自体が残された人々にとって
のトラウマとなる。彼らの別れは、その時代で言うならば死を意味するからだ。
 ただし、今回のざきは死を以て別れず、この時代に居続けることが出来る。何故ならば、彼の本来
の任務――遺物拾得係としての任務は終わっていないからだ。

「まあ、この時代の生存年齢はそう高くない。あと二、三年もすれば死ぬような年齢になるだろうさ。
それまでに任務が終わるかどうかのほうが怪しいな。」

 赤紙を掻き挙げながら、原始時代に残るざきはモニタの向こうで溜め息を吐く。別段嫌いな任務で
はないのに――むしろ天職でさえあるのに――流石に己が愛するものを消去せねばならなかったので、
少々疲れているようだ。

「一旦、こちらに戻ってくるか?」

 老師の気遣うような台詞に、いいや、とざきは赤い頭を横に振った。

「仕事はまだまだあるからな。それにべるとかいう密猟者の代わりに用意した義体が、うまくこちら
に馴染むかも見ておきたいしな。」
『おい、マッドの野郎はいるか。』

 ざきの言葉が言い終らぬうちに、管理室にいるマッドと老師の頭の中に男の声が響く。途端、マッ
ドが渋い顔をした。モニタの向こうのざきは、マッドの表情の変化に何が起きたのか分からないのか、
どうした、と問う。
 それに、ひらひらと手を振って答えておいて、マッドは頭の中に直接語り掛けてきた男に、苦々し
げに告げる。

「無法松。テレパシーで話しかけるのは止めろ。きちんと機器を通してアクセスしろ。」
『うるせぇな。面倒なんだよ。』
「面倒でも何でも、テレパシーだとてめぇが話しかけようとした場所にいる奴にしか通じない上に、
キャプテン・スクエアには届かねぇだろうがよ。そっちのほうが面倒臭ぇ。」
『ち、分かったよ。』

 頭の中で響く声が舌打ちしたかと思うと、部屋の壁にもう一つ、モニタが開く。そこに映っている
のは無法松だ。それを見たざきは、ああ、と合点した。

「なんだ、まだテレパシーで話しかけたのか。任務に関することはそれだと全員で共有できないから
やめろって言ってるのに。」
「テレパシーのほうが楽なんだよ。複雑なこともわざわざ言葉にしなくても良いからな。」

 モニタの中で、無法松は広い肩を竦める。
 何処からどう見ても腕っぷしが強そうに見えるこの男は、しかし実は屈指の超能力者だ。時空を旅
するものは皆が何れも端末を持ち、そこから時空管理システムの端末にアクセスすることあらゆる時
代にアクセスし、そして様々な時代と通信することが出来る。時空犯罪者というのは偽造端末を用い
ていることが多いのだが。
 稀に、そうした端末を要しない存在がいる。
 それは、端末がなくともあらゆる時代に移行し、そして何もなくとも誰とも通信できる。所謂、テ
レポーションとテレパシーを使用し、時空を超えるのだ。
 超能力者、と呼ばれる人々のことだ。
 尤も超能力者の全てがそれほどの力を持つわけではない。時空さえ超える超能力者は一握りで、無
法松はその一握りの中にいるのだ。
 どれだけ遠い時空にいても、無法松はこうして人の心に己の心を飛ばしてくる。もしも今、管理室
に限定していなければ、原始にいるざきにも語り掛ける事ができただろう。だが、如何に無法松が優
れた超能力者であっても、心のない人工知能であるキャプテン・スクエアに対してテレパシーをする
ことはできない。
 故に、任務に関することはテレパシーを使用してはならないと、他の派遣員達は言っているのだが、
呼吸するように超能力を使用するこの男は、いっこうに聞き入れないのだ。

「で、この俺様に何の用だ。」

 モニタに姿を現した無法松に、マッドは長い脚を組んで問う。その何処か横柄な様子に、無法松は
ふん、と鼻を鳴らす。

「てめぇと任務を代わりたいと思ったことは一度もねぇが、そうやってちょこちょこ管理室に帰れる
ところを見ると、てめぇは暇なのかって言ってやりたくなるな。」
「無駄口叩いてる暇があるんなら、てめぇも暇なんだろうがよ。」

 傍目から見れば無駄口の応酬でしかないやり取りをしたのち、無法松は唐突に素っ気なく言った。

「ガキが一人、歪の中心部に攫われた。」

 ただし、誰も顔色を変えない。

「ワタナベ父が破壊されつつある場所だ。おそらく、ワタナベ父が壊れるのもそう遠くない。歪が発
現する。」
「それだけか?」

 それだけならば、マッドが呼ばれる必要はない。無法松はそんな無意味な報告をするような男では
ない。
 無法松はモニタの前で手を翳す。そこにあったのは小さなワッペンだった。十字架の刻まれた、悪
趣味な髑髏じみたワッペンには、クルセイダーズという言葉が刻み込まれている。
 昭和の暴走族のようなセンスのワッペンに、しかし誰も笑わなかった。

「……そいつらが、関わってるのか。」

 マッドが変わらぬ口調で問う。ただし、黒い瞳がぎらりと閃いたのを、誰もが見逃さなかった。

「ああ。」

 無法松が頷く。

「俺がかつて、歪に飲まれかけた時に所属していた暴走族が、今回のヤマには関わっている。」

 無法松がテンプルに加入する前に、時空犯罪者としてその超能力を如何なく発揮していた時代のも
のと変わらぬ、悪趣味なその刻印。
 無法松がリーダーとして君臨していた、犯罪者の巣窟。
 だが、無法松がいなくなってからは、その規模は激減し、もはや時空犯罪者集団ではなくただの暴
走族でしかなくなっていたはずなのだが。しかし人畜無害なふりをして、実はそうではなかったとい
うのか。時空犯罪者の匂いを消しながら、裏ではひたすらに相も変わらず犯罪に明け暮れていたとい
いのか。

「今回のヤマの根は深い。陸軍も関わっている。下手をしたら国家規模になりかねねぇことだ。俺は
軍や、もしかしたら政府に黒幕がいるんじゃねぇかと踏んでたんだが、実は全然違っていたんだ。」
「黒幕は、クルセイダーズのほうだと?」
「だから、マッド、てめぇを呼んだんだ。」

 無法松が苦々しい口調で、しかし何処か縋るような色合いを込めてマッドを見る。

「クルセイダーズのリーダーは、確かに俺だった。だが、そこでも黒幕がいたのは、俺をそこまでの
し上げたのが誰だったのかは、てめぇも知ってるだろうが。」

 ワッペンの裏を見せる。
 刺繍の裏特有の、不気味に鮮やかな糸ののたくり。そしてそこに、はっきりと刻まれた文字。

「ODIO。」

 無法松が頷く。

「奴は、長々とこの時を待ってたんだ。てめぇに宣戦布告するために。老師の弟子を殺しただけじゃ
足りねぇ。奴は帰還したことを大々的にてめぇに告げるために、二千人の人間を殺しやがった。」

 この時代の歪が発現する。
 その時こそが。

「奴が心底、復活する時だ。」