何発もの銃声が響き渡る。その度に悲鳴と砂埃が上がり、ややしてから、何かが倒れる音が響く。
 それを掻き消す程の怒号と、逃げ惑う人々の足音。そしてそれに止めを刺すかのような銃声が、ま
 た何発も。




  その日は西部の賞金稼ぎ達が集って、大きな狩りをしていた。
  相手は、表向きは密造酒を裁く売人。しかし実際は女子供を性奴隷にし、その需要を満たす為に
 誘拐と強姦を繰り返す連中だった。取引先には政治的な権力を持つ者も多くいるという事で、保安
 官達が見て見ぬ振りをする中、娼婦達が数人攫われ、その際に抵抗した為に殺された事を受け、サ
 ルーンで商売をする人間達の怒りに触れた。
  娼婦仲間や酒場のマスター、賭博師達が金を出し、そこに今まで泣き寝入りをしてきた被害者家
 族も金を集め、奴隷商人達に賞金を懸けた。そしてその賞金を、ちょうどその時女の腕の中に身を
 委ねていた賞金稼ぎの王のもとに差し出したのだ。
  賞金稼ぎには法的な力は何もない。しかし代わりに、法の網を掻い潜る術を持っている。保安官
 が手を出せないならず者を、賞金稼ぎが被害者に懇願されて撃ち取る事も少なくない。
  むろん、賞金稼ぎの全てがそんな良心的ではない。そもそも賞金稼ぎ自体、決して褒められた存
 在ではない。だが、それでも被害者達が、賞金稼ぎの頂点にいる男に跪いて請うのは、男が座る玉
 座が嘆きの最後の砦であるからだ。
  女の胸から身を放した西部一の賞金稼ぎマッド・ドッグは、突然現れた彼らを睥睨し、それから
 差し出された札束を見た。そして全てを理解したような笑みを口元に湛え、抱いていた女に一つ口
 付けを落とすと、それきり興味も示さずにあっさりと身を起こす。
  代わりに興味は札束へと向かったようだ。彼は差し出された賞金を受け取り、軽く検分するとそ
 の半分を前金だと言って懐に仕舞い、半分は仕事が終わってからと言って彼らに返す。そして、ふ
 らりと部屋から出ていくと酒場へと向かった。
  マッドは、その仕事が簡単なものではないとよく理解していた。だから被害者達はマッド自らに
 懇願してきたのだろう。けれどもマッド一人でどうにかなるようなものではない。マッドは酒場を
 見回し、暇そうにしている顔見知りの賞金稼ぎを二、三人捕まえた。
  彼らに簡単な説明をし、別の街に散るように命じる。彼らはその町で、マッドのした話と同じ話
 を別の賞金稼ぎにするだろう。その賞金稼ぎは、また別の賞金稼ぎに。そうして、仲間を募ってい
 くのだ。



  そして五日後、マッドの前には十数人の賞金稼ぎが集まっていた。素人ならば、五日あればもっ
 と多く集まっても良いと考えるかもしれないが、賞金稼ぎなど一歩間違えればならず者と同じだ。
 例えマッドの足元に跪いていたとしても、内心では何を考えているのか分からない。その中から、
 信用できるものを選んで集めたのだ。そう考えれば、これだけの人数でも十分と言えるだろう。
  マッドは自分の前に集まった賞金稼ぎ達を満足そうに見回す。彼らのほとんどは、マッドも良く
 知る人物で、そして十分に信用がおける連中だ。もしもマッドがこの荒野の君主だと言うのなら、
 彼らはさしずめ官僚といったところだろうか。
  尤もマッドにも彼らにも、そんな意識はないが。彼らにあるのは、これからの狩りの準備と、そ
 の後の配当だけだ。それをマッドも分かっているから、特に何かを言うわけでもなく、奴隷商人が
 根城としている場所へと身を翻した。



  売人達を全員撃ち殺して――保安官に突き出したところで、どうせすぐに釈放されるだけだ――
 マッド達は売人の砦を隈なく調べた。饐えた臭いの充満する、酒瓶があちこちに転がった地下室で、
 辛うじてまだ売り払われていなかった子供達を見つけ出し、彼らをどうやって親元に帰すかを考え
 たが、ほどなくしてマッドは諦めたように言った。

 「そういうのは賞金稼ぎの仕事じゃねぇよ。被害者連中にやらせりゃいい。」

  もしかしたら子供達の中には、誘拐されたのではなく売り払われた者もいるのかもしれない。そ
 れが分かった時、賞金稼ぎ達にはどうする事もできないが、子供を失った親たちならば同情してな
 んとかするかもしれない。それを見越しての言葉だった。
  汚れた子供達を薄暗い地下室から外へ出し、残る部屋を調べていた時、賞金稼ぎ達の口元に笑み
 が浮かんだ。奴隷商人達は表立っては密造酒の売人として動いていた。それは形だけのものではな
 く、実際に取引もしていたようだ。その証拠となる、木箱にずっしりと詰められた酒瓶を見つけ出
 して、賞金稼ぎ達は笑ったのだ。彼らが持って帰るのは、子供達よりもこちらのほうがずっといい。
  しかし、その酒瓶をじっくりと見ていたマッドが、首を竦めた。

 「持って帰るのは良いけど、飲むのは止めた方がいいかもな。」

  王者の言葉に、他の賞金稼ぎ達が顔を見合わせると、マッドは苦笑いを口に浮かべ、言った。

 「密造酒だから非合法なものである事に間違いはねぇんだが、これは非合法中の非合法だろうよ。
  多分、中に 薬を入れ込んでやがる。」
 「薬…………?」
 「さっき焼き払った庭に、阿片以外にも色んな薬物の原料となるもんが生えてた。で、ガキが閉じ
  込められて た地下に、酒瓶が転がってただろ?多分、連中、ガキにこれを飲まして調教してた
  のさ。」

  これは、そういう系の薬物が入ってる。
  強いて言うならば、媚薬。

 「そんなもん、効くのかよ。」
 「試してみりゃいいじゃねぇか。」

  半信半疑の仲間達に、マッドは意地の悪い笑みを浮かべる。

 「もっとも、薬なんぞで女をその気にさせるなんて、男としてどうかと思うがな。」

  その台詞に、だはははは、と賞金稼ぎ達が笑う。それを聞きつつ、マッドは手にした酒瓶を愛馬
 の荷物に括りつけた。

 「おいおい、言ったあんたが持って帰るのかよ。」
 「女には使わねぇけどな。効果があるのかは興味がある。馬にでも使ってみるさ。」

  その台詞に、ディオがほんの少し嫌そうな顔をした事に、マッドは気付かなかった。





  塒の扉を開いた時、サンダウンがソファから身を起こしてこちらをじぃっと見ているのを見て、
 マッドはこのまま扉を閉めて別の塒を探そうかと本気で思った。しかしそんな事をしたら、サンダ
 ウンが追いかけてくるだけなので――賞金首が賞金稼ぎを追い掛けるとはどういう事かと小一時間
 問い詰めたい――諦めて中に入る。

 「…………晩ご飯。」
 「風呂に入って寝る。そのへんにあるもん適当に食っとけ。」

  サンダウンが夕飯を強請ろうとするのを遮って、マッドはそれだけ言い放つと、荷物を置いてさ
 っさと風呂場へを向かってしまう。流石のサンダウンも風呂場の中まで追い掛けていく事はできず、
 結果、脱衣所周辺をうろうろするしかない。尤も、いつもそれで、見兼ねたマッドが夕飯なりなん
 なり、サンダウンを構うからそれで良いのだが。
  そんなわけでうろうろしていると、ふとサンダウンの眼に、投げ出されたマッドの荷物が入った。
 マッドにしては珍しく乱雑に置かれたその中から、ひょっこりと酒瓶のつるりとした表面が顔を覗
 かせている。
  サンダウンはそっと風呂場のほうを窺い、当分マッドが出てくる気配がない事を確かめてから、
 それを引っ張り出した。
  マッドは酒の管理にうるさい。サンダウンが勝手に酒を飲む事に良い顔をしない。この前勝手に
 飲んだら、物凄く怒られた。だが、マッド以外に楽しみと言えば夕飯後の一杯の晩酌くらいしかな
 い男にとって、それは非常に酷というものだ。酒の一つや二つくらい良いじゃないか、と思う。
  もう一度、ちらりと風呂場のほうを窺ってから、サンダウンは酒瓶の蓋を開ける。蓋を元に戻し
 ておけば、ばれないだろう、と何とも小賢しい――しかし子供の浅知恵めいた事を考えながら。



  マッドは溜め息を吐いた。
  今から風呂場から出るのは良いとして、それからの事を考えると憂鬱になる。きっと、今頃あの
 おっさんは脱衣所の前でうろうろして、マッドに夕飯を強請るタイミングを窺っているに違いない
 のだ。それを無視し続ければ、今夜は眠れない事になるだろう。
  どうしてこんな事になったのか。
  普通に考えれば、決して交わる事がないはずの道であるのに、いつのまにやらサンダウンは平気
 な顔でマッドの塒にいる。身体を重ねるまでは処理だと言い訳が付いたが、一緒にこうして同じ場
 所にいるとなると、しかも食事の準備までしているとなると、もはやどんな言い訳もつかないよう
 な気がする。尤も、それに不服を言う人間が特にいるわけでもないので――賞金稼ぎ仲間に知られ
 たらどうなるかは分からないが――そこまで本気で現状を打破しようとは考えてないのだが。しか
 し、それにしたって。
  今更ながら自分の状況を省みて、けれども結局良い案が浮かぶわけもなく、マッドはもう一度溜
 め息を吐いた。
  のろのろとした動きで風呂場の扉を開き、仕方ない何か作ってやるかと思いながら脱衣所に足を
 踏み入れたその時。
  眼の前に、図体のでかい壁が立ち塞がった。
  薄っすらと薄汚れた、葉巻の臭いを染みつかせたその壁は、何の断りもなしにマッドに抱きつい
 て、拘束する。あまりにも突然の事に、マッドが現実を理解するのに数秒の時間を要したとしても
 無理はない。
  ようやく自分が待ち伏せしていた――なんで待ち伏せしているんだ脱衣所の中で――サンダウン
 に抱き締められているのだと気付いたマッドは、それはもう、無茶苦茶に身体を捩って逃げようと
 する。ついでに罵声を吐くのを忘れずに。

 「何すんだ、この変態!覗きか!覗いてたのか!」
 「…………誘うような格好をしているお前が悪い。」
 「ああ?!誘うような格好も何も、俺は風呂場から出たばっかだぞ!風呂の中で服着ろってのか!
  大体脱衣所 にいるてめぇのほうがどう考えても悪いだろうが!」
 「お前はどんな格好をしていても、私を狂わせる…………。」
 「……………。」

  耳元で囁くサンダウンの声に、マッドは妙な表情をした。なんだか、おかしい、サンダウンが。

 「お前と同じ空間にいるだけでどうにかなりそうだ………。」
 「だったら離れろ、エロ親父。」
 「だが、離れてもきっと気が狂ってしまう………お前の所為だ。」
 「いや、どう考えてもあんたの性根の問題だろうが。」
 「マッド、その身体を溶かしてやりたい。もっと、お前の色んな顔が見たいんだ。」
 「…………遠慮しとくぜ、おっさん。」

  じりじりとマッドの米神に汗が伝う。なんだか、サンダウンが本当に変だ。いつも言葉少ないお
 っさんが、どうしてこんなに言葉を使って口説き紛いの事をしているのか。普段のサンダウンは、
 事の最中でも必要最低限の事しか言わない。『力を抜け』だとか『我慢しろ』とか。それ以外は精
 々名前を繰り返し呼ぶくらいだ。
  だから、正直、今のサンダウンは薄気味悪い。出来る事なら逃げ出したいのだが、サンダウンの
 手が腰をがっちりと掴んでそれを許してくれない。
  するりとマッドの肌を撫でながら、サンダウンは普段なら絶対に口にしない言葉を吐いていく。

 「震えているな………。こうしていると、お前の肌は大理石というよりも白魚のようだ。もっと、
  跳ねてみせてくれ。その白い身体を薔薇色に染めて、好きなだけ喘ぐといい。熟れた果実のよう
  に弾けてみせろ。」

  鳥肌が立った。
  薄気味悪いにもほどがある。
  本気で、逃げ出したい。
  が、それは全く以て無理な話だった。サンダウンはマッドを抱き上げると脱衣所からソファへと
 移動し、ソファの上にマッドを下ろすや、そこに乗り上げてくる。マッドが逃げようと身を捩って
 も、体格で勝る男はびくともしない。それどころか、何だかさっきから変な力が働いているらしい。
  何か手立てはないかと視線を彷徨わせるマッドの眼に、テーブルの上に置き去りにされた酒瓶が
 映る。それは、マッドが密売人のところから失敬してきた代物で、何故か口が開いている。

 「…………おい。」
 「なんだ…………?」

  うっとりと自分の身体を撫でまわしていたサンダウンに、マッドはおどろおどろしい声を放った。

 「てめぇ、勝手にこれを飲んだのか。」
 「お前の触れたもの全てに触れたいと思うのは、いけない事か?」
 「いけない以前に、ただの変態だろうが!大体どう考えてもてめぇのは単に酒が飲みたかったから
  だろうが!」
 「お前がいない間の渇きを満たすためだ………。」

  首筋に顔を埋めながら、いけしゃあしゃあと言葉を紡ぐサンダウンに、マッドはどうしてこうな
 ったのか理解した。媚薬が入っていると思われる密造酒。女子供を調教する為に作られたそれらは、
 おそらく身体を敏感にさせるよりも、自ら求めさせる為の効果のほうが強いのだろう。
  その原料として一番考えられるのが、エンジェルズ・トランペット――所謂、ダチュラだ。麻酔
 薬としても使用されるが、間違って使えば言語障害、見当識障害、意識障害などを引き起こす。意
 識障害を引き起こした場合、外界からの刺激に対する反応が失われ、興奮状態になり、内面から湧
 き上がる願望をもとに、自覚のないまま行動すると言われているが、

 「マッド、お前の全てを見たい。その眼を潤ませ、快楽に身を震わせて喘ぎながら、私を求めてく
  れ………。」

  間違いなく、このおっさんの今の状態は、その症状に一致する。

 「おい、キッド!眼ぇ覚ませ!」
 「ああ、ここも良い色に染まっているな。」
 「あ!馬鹿!何処触ってんだ!」
 「すぐに良くしてやる………。」
 「いらねぇ!」
 「良い身体だ………その腿に荒縄をかけて無理やり開かせたくなる。」
 「変態!」

  サンダウンがマッドの太腿を鷲掴んで、脚を開かせようとする。マッドはそれに抵抗して必死に
 身を捩る。

 「マッド、大人しくしてくれ。」
 「出来るか!」
 「Mad,My Dearest.My Sweet Darling……….」

  ダメだ、完全に壊れている。
  サンダウンの口から信じられない言葉が連続して飛び出してきて、マッドもなんだか壊れそうだ。
 けれどもその間も、サンダウンの手は止まらない。マッドの貞操が完全に危険水準に達したその時。

  ぐぅうううう。

 「…………腹が減った。」

  ばたり、と倒れるサンダウン。腹の虫を盛大に鳴り響かせるサンダウンの下からマッドは這い出
 て、倒れたサンダウンを見下ろすと、サンダウンは逃がすまいとその腰を掴む。

 「マッド………夕飯を………。」

  願望が、性欲から食欲にすり替わったようだ。安堵するマッドに、しかしサンダウンは信じられ
 ない台詞を吐く。

 「出来る事なら、裸エプロンで………。」
 「いっぺん死んでこい!」

  マッドはサンダウンを蹴り倒すと、倒れたサンダウンをその場に放置し、寝室に閉じこもって鍵
 を掛けた。



  翌日。
  マッドが寝室から恐る恐る出ていくと、そこにいたのは、昨夜の記憶を一つも覚えていないサン
 ダウンで、彼はマッドを見つけると盛大に食事を強請ったのだった。
  マッドはサンダウンがもとに戻った事に安堵しつつ、けれども昨夜のあれはサンダウンの本心だ
 ったわけで、しばらくサンダウンと距離をとろうかと思案した。