じっとりと蒸し暑い季節がやってきました。
 
 少しでも涼を取る為、サンダウンはぺったりと床に寝そべっています。

 むくむくと毛の覆いサンダウンにとって、この季節はあまり好きではないのですが、仕
 
 方のない事として諦めて、こうして涼んでいるのです。

 夜になってもなかなか気温が下がらない中、床で寝そべるサンダウンの視界の端に、黒
 
 い尻尾が横切りました。

 くるんと上を向いた尻尾は、とことこと窓辺に近付こうとしています。

 その様子に顔を顰め、サンダウンは今にも視界から出ていこうとしていた尻尾を捕まえ
 
 ました。



「きゃん!」


 
 高い鳴き声と共に、尻尾を掴まれた所為でバランスを崩した黒い犬が、床に倒れました。



「何しやがるんだ!」



 サンダウンに尻尾を掴まれた黒い犬は、床に倒れたまま叫びました。

 犬に限らず、動物の尻尾には色んな神経が通っていて、そこを触れられるのは皆あまり
 
 好きではありません。

 にも拘らず、そこをむんずと掴まれ、挙句、床に倒れてしまったのですから、怒鳴るの
 
 も無理はありません。
 
 しかしサンダウンは顔色一つ変えず、床に倒れた黒い犬を見下ろし、溜め息を吐きまし
 
 た。



「いい加減にしないか、マッド。」



 サンダウンよりも小さく、毛も短いマッドという犬は、サンダウンのその言葉に口を尖
 
 らせます。

 その様子は酷く子供じみていますが、けれど彼はもう十分な大人なのです。

 尤も、サンダウンにしてみればまだまだ子供なのですが。



「別にいいだろ。あんたには関係ねぇ。」

「そういう問題じゃない。」


 
 マッドの言葉に、サンダウンは苦々しく返します。

 サンダウンは決して口数が多い方ではありません。

 それに基本的には、他の動物には関わろうとせず、静観しているのです。

 けれど、マッドに対してはどうしても小言めいた事が多くなってしまいます。

 それはマッドがサンダウンよりも若く、またマッドが小さい時分からサンダウンが面倒
 
 を見ていたからという事も関係しています。

 しかしマッドにとってはそれは面白くありません。

 マッドはもう十分に大人ですし、サンダウンほどではありませんが、町に住む動物達か
 
 らは一目置かれるようになっているのです。

 なのにサンダウンは、未だにマッドを子供扱いして、一人で外に行く事にも良い顔をし
 
 ません。



「此処最近、野犬が出回っているともいう。お前といえど、大勢に囲まれたらただでは済

 まないだろう。それに、女に逢いに行って、万一子供ができたら………。」

「ああもう、うるせぇな。野犬には十分注意しているし、女だって口説くだけで手は出さ

 ねぇよ。」



 イライラと面倒臭そうに言うマッドに、サンダウンはどうしてこんな生意気に育ったの
 
 かと思います。

 昔はもっと素直だったのに、と思うのですが、それをマッドに言おうものなら、本気で
 
 臍を曲げられてしまいます。

 仕方なく、それを胸の内に秘めて、サンダウンはマッドの弱い部分を突きます。



「お前に何かあってみろ。ビリーが悲しむだろう。以前、お前が近所の子供を守る為に野

 犬と戦って怪我をした時も、泣きそうになっていた。」

「うー……………。」



 飼い主の名を出されると、流石のマッドも黙り込みます。

 それにサンダウンが挙げた野犬との喧嘩も、まだ記憶に新しいもので、その傷が完全に
 
 癒えぬうちにまた怪我をすれば、今度こそ飼い主の少年を泣かせてしまいます。

 

「それに今夜は雨が降ると言っていたぞ。」



 止めの一言とばかりに言ってやると、むー、と呻いていたマッドは舌打ちし、形の良い
 
 尻尾を一振りしてサンダウンに背を向けます。



「仕方ねぇ。今日は家で大人しくしといてやるよ。」



 てめぇの為じゃねぇからな、と別に必要もなく念を押して、マッドはひらりと身を翻し
 
 て部屋を出て行きました。

 その様子に、サンダウンは再び床に沈みこみ、やれやれと肩を竦めます。

 ぴんと立った黒い耳も、くるんと巻いて上向いた尻尾も、幼かった頃と変わりなく酷く
 
 可愛らしいものなのですが、どういうわけか性格だけが妙に生意気になってしまったマ
 
 ッドに、サンダウンはいつも何が原因なのだろうかと考えてしまいます。

 おまけに、どうやらそういう態度を取るのはサンダウンに対してだけのようなのです。

 他の動物――近所の兎や猫や犬には、どちらかと言えば面倒見の良い性格を発揮するの
 
 に、サンダウンにだけは酷く食ってかかるのです。

 

 ――嫌われているのだろうか?



 何度も繰り返した自問は、するだけ気分が落ち込むだけで、答えなど出ません。

 そもそも何が原因で、マッドがあんなにも頑ななのかも分からないのです。

 昔は今と逆で、自分にしか懐かなかったのに。

 憮然として、サンダウンは床に寝そべり、浅い眠りの中に入っていきました。