サンダウンは、古ぼけた小屋の中でごろりと転がって眠る賞金稼ぎを見下ろし、そんな無防備で
 良いのか、と幾度となく思った事をもう一度思った。
  荒野のど真ん中にある、彼のお気に入りの塒と比べるとかなり低レベルな古い小屋は、決して防
 犯性があるとは思えない扉しか備えておらず、例えつっかえ棒やらで防犯性を高めたとしても、鋭
 い一蹴りですっ飛ぶ可能性があるようなものだった。尤も、サンダウンが此処に普通に入ってこれ
 たところを見るに、眠りこけている賞金稼ぎは、つっかえ棒さえしていなかったわけだが。
  荒野のど真ん中は人通りがないとはいえ、代わりに飢えた狼やコヨーテがうろついているし、も
 しかしたらならず者がやってくるかもしれないのだ。
  そんな中、呑気に眠っているのは賞金稼ぎとしてどうなのかと思う。しかも、これが西部一の賞
 金稼ぎなのだから、西部の賞金稼ぎの程度とは高が知れているのではないかと思われても仕方がな
 い。
  おまけに。
  サンダウンは、小さく寝息を立てている賞金稼ぎを見下ろして、溜め息を吐いた。
  普段から綺麗に身繕いしている男だが、今はジャケットを脱ぎ捨ててシャツもベルトから引き摺
 り出した、些か行儀の悪い姿をして床に転がっている。しかも、寝ているうちに自分でそうしたの
 か、寝返りでも打ってそうなったのかは分からないが、シャツが捲り上がって何気に腹が出ている。
 真冬ではないとはいえ、それでは腹を冷やすのではないか。
  日に焼けてない所為でやけに白く見える、薄い、けれどもしっかりと綺麗に筋肉のついた腹を見
 下ろし、そういえば、とサンダウンは思う。
  そういえば、最近この男には会っていなかったような気がする。
  いや、会ってはいるのだが、あまり相手にして貰えていないと言うか。
  決闘とかはしているのだが、その他の面々で――具体的に言うならば夜の営みとかをしていない
 ような気がする。いや、気が、ではない、して貰っていない。
  その事実を思い出したサンダウンの思考は、賞金稼ぎの腹を見下ろして、腹を冷やすという考え
 から些か不埒な方向へと移動していった。そして、思考が移動するがまま、要するに本能に従って
 捲り上がったシャツの下に除く白い腹へと手を伸ばす。
  途端、サンダウンの眼の前に、世にも稀な、酷く艶めいた形の良い掌底が飛んできた。指の骨か
 ら筋まで、何から何まで艶やかで繊細なそれに思わず見惚れかけたが、すぐさまそれの破壊力に思
 い至り、慌てて避けた。その掌底によって、過去に何人かが昇天したであろうなと思ったが、サン
 ダウンはそんな昇天の仕方はしたくない。
  避けた瞬間、今まで寝息が零れ落ちていた口元から、忌々しげな舌打ちが聞こえた。
  その事実は、眼の前でおいしそうに転がっている賞金稼ぎの眼が覚めたという新しい事実を連れ
 てくる。それとも最初から狸寝入りだったのか。
  むっとしていると、サンダウンよりももっとむっとした台詞が黒い眼の開眼と共に吐き出される。

 「何してんだ、てめぇは。人の寝込みを襲うなんざ、遂に痴漢行為まで逸脱し始めやがったのか。」
 「お前以外の寝込みなど襲うと思っているのか。」

  襲うのはお前だけだ、と言ったつもりだったのだが、開いたばかりの賞金稼ぎの眼は冷ややかに
 細められただけだった。もしかしたら、サンダウンの気持ちはまるで伝わっていないのかもしれな
 い。
  サンダウンが自分の言葉少なさに、うぞうぞともどかしげにしているうちに、マッドはむくりと
 起き上がり、サンダウンを改めて睨みつける。

 「で、何しに来やがったんだ、てめぇは。遂に首に縄を掛けてくれとでも言いに来たってのか。」
 「お前の首に縄を掛けたいとは思うが。」
 「寝言を聞いて欲しいってんなら、別の奴に頼めや。俺はあんたの頭の湧いた寝言なんざ聞きたか
  ねぇ。」

  あふ、と欠伸を一つして、マッドは眠たげな眼をして、だるそうに視界を巡らせている。
  どうも、相手にしてくれなさそうな様子に、少しだけしょんぼりしながら、サンダウンはそれで
 もめげずに、マッドに絡もうとする。

 「お前が腹を出して寝ていたから、風邪をひくと思って。」

  出来る限り、マッドにも伝わりそうな言葉を選んだつもりだった。
  それを聞いたマッドは、微かに片眉を上げると、自分の腹を見下ろす。そして口を尖らせた。

 「俺がいつ腹出して寝てたってんだ。」

  起き上がったマッドのシャツは、既に捲り上げられていた状態からしっかりと元の位置に降りて
 いた。もはや、マッドが腹を出していたという証拠は何処にもない。
  挙句の果てにマッドは、ふん、と鼻を鳴らして不機嫌そうに言った。

 「あれじゃねぇのか。てめぇが勝手に俺のシャツを捲り上げて、腹出そうとしていた、の間違いじゃ
  ねぇのか。」
 「私がそんな事をすると思うか。」
 「てめぇ、日頃の行い顧みてから言えよその台詞。」
 「私が腹だけで満足すると思うか。」
 「変なとこだけ顧みてんじゃねぇ。」

    開き直りに近い台詞を吐いたサンダウンは、しかしそれでも自信満々だった。腹を触ろうとは思っ
 たが腹だけで満足できるはずがない。大体、最近マッドはサンダウンに構っていないのだ。それを
 マッドは自覚しているのか、どうなのか。
  じりじりとにじり寄って問い詰めようとすると、そんなサンダウンの行動を見越していたかのよ
 うに、マッドは、ぺし、と枕にしていた荷物袋をサンダウンに投げつけた。それは、ぼす、とサン
 ダウンの顔面にぶつかって形を崩す。

   「で、何の用なんだよ。普段はてめぇから俺のとこに来る事なんか――うざい時くらいしか――ねぇ
  癖に。」
 「理由は、ない。」

  それは本当だ。
  サンダウンは、別にマッドに会うつもりでこの小屋の中に入ったわけではない。偶々入ったら、
 偶々マッドがいただけだ。
  いたらいいな、とかは思っていたが。
  なので、素直にそれを口にする。

   「だが、最近、会っていないだろう。」
 「昨日、俺があんたに決闘申し込んだの忘れたんか。遂にぼけたか、おっさん。」
 「お前が決闘を申し込んだだけで、それ以上は何もなかった。」
 「何をしろってんだ、何を。」

    一向にサンダウンの望む方向に話を進めようとしないマッドに、サンダウンは段々と苛々してく
 る。しかしそれ以上に、なんだか不安にもなってくる。もしかしたら、飽きたとかそんなんじゃな
 いだろうか。如何せん、サンダウンは言葉少なである為、マッドを喜ばせるような台詞を吐くスキ
 ルは搭載されていない。
  サンダウンがもごもごと口籠っている間に、恐ろしく対人スキルの高いマッドは、欠伸を噛み殺
 しながらも舌を動かしている。

 「大体、俺はあんたと違って忙しいんだよ。」
 「忙しいなど、言い訳だ。」
 
  忙しいの一言で切って捨てられるのを避けたいサンダウンは、咄嗟にそう言い返した。
  が、住所不定無職のサンダウンにそれを言われたマッドは、むっとしたようだ。

 「うるせぇ。暇しかねぇあんたに、なんでそんな事言われなきゃならねぇんだ。俺の忙しいが言い
  訳なら、てめぇの忙しいは嘘八百だろうが。挙句の果てに人の睡眠時間まで邪魔しやがって。暇
  だから構って欲しいってんなら、どっかで女でも買って相手して貰え。」

    ざっくりと言い放ったマッドに、サンダウンはそれでは意味がないと思う。マッドに相手して貰
 えなければ、暇つぶしにならないというのが分からないのか。
  しかし、サンダウンがそれを脳内でわめいて、どうやって口にしようかと迷っているうちに、マ
 ッドは先程までは脚で蹴飛ばしたのか足元に丸めていた毛布を引っ張り出して、その中に潜り込ん
 でしまった。
  そして、あっと言う間に聞こえてくる寝息。
  これで叩き起こすのは簡単だが、しかしそれをしたら後が怖い。
  よもやマッドに、まるっきり相手にされないという初めてかもしれない経験をしたサンダウンは、
 がっくりと肩を落としたまま、マッドの寝息が聞こえる毛布を見下ろすしかなかった。
  そしてこの後、マッドが再び眼を覚ますまでそのままの状態でおり、マッドに呆れられる事にな
 るのだが。