何を思ったのか、サンダウンがゼリーなんていうものを買ってきた。
  無言で差し出された箱の中に詰め込まれている、色とりどりのゼリーを見て、マッドがまず最初
 に思ったのは、一体何を企んでいるのかという事だった。そして次に思ったのは、こいつまた何か
 やらかしたのか、だった。
  基本的に、誰にも媚びない――悪く言えば感謝というものをしない――サンダウンが、こうして
 マッドの為に何かを購入してきたとなると、考えられるのは、その二点しかなかった。……後者に
 いたっては完全に『媚び』だと思うのだが。
  しかし、相変わらず寡黙な男は、ゼリーを購入した事について特に言及はせず、マッドの隣でミ
 ルク色のゼリーを選び、マッドがワイン色のゼリーを食べ終えた後、いつも通りに圧し掛かってき
 て、何か特別な事は一つとしてなかった。








  Pudding












     マッドは菓子屋の店先に立ち尽くしていた。
  先日の、サンダウンのゼリー購入の理由を考えていたのだ。明らかにサンダウンらしくないその
 行動に、一体どんな理由があるのか、ずっと気になっているのだ。
  むろん、何を考えているのか分からない男の事だ。もしかしたら、何の理由もないのかもしれな
 い。何せ、差し出されたゼリーの箱を見たマッドが、何を考えているのかと問い詰めた時も、『詰
 め合わせだったから』という意味不明な答えが返ってきただけだったのだ。それが真実なのかもし
 れないし、ただの誤魔化しかもしれない。
  しかし、結論がでないであっても、自分が納得して放り出すまで突きつめていかねば気が済まな
 いのがマッドだった。

  それに、借りを作りっぱなしにしておくのもマッドとしては気が済まない事の一つだった。ゼリ
 ーを買って貰った事が貸し借りになるのかという突っ込みはあるだろうし、何よりも既にマッド自
 身がサンダウンに大量に貸しを作っているだ。
  日頃の食事から洗濯まで、サンダウンの分まで行っているマッドは、間違いなくサンダウンに貸
 しがある。しかも大量に。
  が、そんな事に気づかない、献身的を通り越してもはや鈍感の域に達しているマッドは、とにか
 くゼリーのお返しをしておかねば気が済まないのだった。

  そんなわけで、マッドは甘ったるい匂いのする菓子屋の前に佇んでいるのだった。
  マッド自身はそれほど甘い物に興味があるわけではないが、駆け出しの幼さの残る賞金稼ぎや、
 娼婦達の中にはこうした物を好む者がいる。それで、こうしたところに顔を出す事もあるのだが、
 しかしサンダウンの為にこんな所を訪れる羽目になろうとは思わなかった。
  マッドは、サンダウンが以外と甘い物が好きな事を知っている。
  もしかしたら本人ですら気付いていないのかもしれないその嗜好は、サンダウンが食事の際に、
 最後まで果物やパンケーキ、クッキー類を残しておく事から、マッドには知れていた。最初は嫌い
 だから最後まで残しておくのかと思ったが、本当に嫌いならば、サンダウンは無傷で残す。キノコ
 とか。
  だから、せっかく菓子を貰ったのだから、マッドも菓子で返そうかと思ったのだ。
  しかし、だからと言っていつも小屋で出しているようなパンケーキやクッキーでは駄目だろう。
 サンダウンはわざわざ買ってきたのだ。普段は、もはや対人恐怖症なんじゃないのかと思うくらい、
 出来る限り人目を避けて生きている男が、わざわざ人生の対極に位置しているであろう甘ったるい
 匂いのする菓子屋に行ったのだ。しかも、ゼリーの入っていた箱を詳しく調べてみれば、それは大
 きな街にある有名店のものだった。きっと、人通りも多かっただろうに、その中にサンダウンは飛
 びこんでいったのだ。
  その徒労は、普通の人間ならば大した事ではないだろうが、サンダウンにとっては如何ほどのも
 のだったか。それが分かるからこそ、マッドも下手な物を返すわけにはいかないと思うのだ。自分
 が付け焼刃の知識で作り上げた菓子などで返すのは、あまりにもおこがましい。
  サンダウンにしてみればマッドの作った物ならば何でも良いのだが、生憎とマッドはそんなふう
 に考えられるほど自意識過剰ではなかった。そもそも、サンダウンがそこまで苦労して買ってきた
 菓子が、自分の為であるという事を理解しつつも、しかしそれについて深く考えないあたり、サン
 ダウンも報われない。
  マッドの為だからこそ、サンダウンが行きたくもない人ごみの中に飛びこんだのだという考えに
 は全く行きつかず、マッドは数日前のサンダウンと同じように、真剣な表情でショー・ウィンドウ
 の中に並べたてられているケーキを見つめる。 
  ただし、サンダウンの時と違うのは、行き交う人々の眼差しに胡散臭さがない事だった。店員も
 現れた端正な顔立ちの男に見惚れてはいるものの、変に固まったりはしていない。サンダウンとは
 真逆の意味で視線を集めるマッドは、そんな視線を一蹴して菓子を眺めやり、内心で舌打ちした。

  確かに、マッドはサンダウンが甘い物が好きな事を知っている。
  しかし、そこに更に細かく分類される味の好みまでは知らなかったのだ。
  ホイップクリームが良いのか、チョコレートが良いのか、それとも果物が良いのか、それが分か
 らない。何せ、サンダウンは出された物は、嫌いでなければ全部舐めるように食べてしまうのだ。
 だから、これが特別好きだという推測が全くできない。
  シュークリームが良いのか、エクレアが良いのか、チーズケーキが良いのか、モンブランが良い
 のか、それともタルトかパイか。
  途方に暮れながらも、マッドはサンダウンの好みを思い出す。
  酒が好き、葉巻が好き。
  ならばブランデーをたっぷりと使った、匂いのきつめの物がいいだろうか。しかし、それだと甘
 さは控えめになってしまうんじゃないだろうか。
  思いながら、マッドは見るからに甘ったるそうなケーキの山を一つ一つ物色していく。
  そして、ふと、ショー・ウィンドウの中のとある一画で眼を止めた。

  器の中で固められ、ぷるぷると震えている物体。

  それだけだとサンダウンが買ってきたゼリーと被るが、ゼリーのようにそれは様々な色があるわ
 けではなかった。基本的に、クリーム色から乳白色。中には茶色の物もあるが、それはチョコレー
 トが混ざっているからだろう。

    プリン。

  型の底にカラメルソースを入れてから牛乳と砂糖を混ぜた卵液を流し込み、加熱してカスタード
 を凝固させた、所謂カスタード・プディングと呼ばれるものである。
  そう言えばあのおっさん、牛乳が好きだったな。
  アルコールに卵と牛乳を混ぜ合わせた物を、以前飲んでいた事を思い出し、マッドはその甘った
 るい味を想像して、一瞬げんなりとした。
  しかし、そんなものを好んで飲む男の事だから、眼の前でぷるぷると震えている物をおいしく頂
 く事は可能だろう。

 「詰め合わせになさいますか?」

  プリンが欲しいと告げたマッドに、店の娘は頬をほんのりと赤く染めながら、そう問うてきた。
 そういえば、サンダウンもゼリーを詰め合わせで買ってきた。あれは、結局なんでだったのだろう。
 特に意味はないのかもしれないが。
  どうせ勧められてそのまま買ってきたのだろう。そう思い、マッドはプリンを詰め合わせて箱に
 入れて貰い、それを手にして塒に帰った。






 「これで、貸し借りなしだぜ。」

  そう告げてプリンを渡せば、サンダウンは眼に見えて怪訝な顔をした。
  
 「ゼリーの借りだ。」
 「……………。」

  すると、今度は何だか酷く傷ついたような顔をした。なんで。

 「……別に、貸し借りのつもりで買ってきたわけでは。」

  確かに機嫌を取る算段はあったけれど。
  ぶつぶつと言うサンダウンの声に、今度はマッドが顔を顰めた。

 「ああ?どっちにしろ、何かやらかしたから機嫌を取ろうとしたんだろうが。一体何をやらかした
  んだ。着替えを出し忘れたのか、それともまた勝手に酒を飲んだのか。」
 「違う………。」

  機嫌取りの意味合いもあったけれど、それでもただのプレゼントのつもりだったのに。購入する
 時に、マッドも詰め合わせに出来たら良いのにとか、やや不純な事も考えたが。

  しかし、生憎と普段の行いが悪い所為か、マッドには通じなかった。
  憮然とするサンダウンの手の中に、マッドは顔を顰めたまま、プリンの入った箱を押しつけた。