01: 遠き未来への約束



「く……そっ………。」


 乾き切った砂塵が口の中に絡まりそうな中、男は砂と一緒にそう吐き捨てた。
 違える事無く鉛玉を受け止めた銃は弾き飛ばされ、手の中にはその衝撃による痺れ
 のみが残っている。
 賞金稼ぎマッド・ドッグは痺れる腕を抱え、苦々しい表情で目の前で銃を構える男
 を睨みつけた。


「いい加減にしやがれ!」


 マッドの激昂した声にも、賞金首であるサンダウン・キッドは眉一つ動かさない。
 淡々と手にしていた銃を元通りホルスターに戻している。
 その光景はマッドの怒りに油を注ぐだけで。


「毎回毎回毎回!なんで俺を殺さねぇんだ!」


 名だたる賞金稼ぎがサンダウンの首を狙い、命を落とす。
 運良く命を奪われなかったものは、二度とサンダウンに手を出さない小物ばかりで。
 何度も何度も銃を突きつけて、にもかかわらず命を奪われない自分は、小物でさえ
 ないという事か。

 そう思えば怒りの温度は更に増す。

 ただしその怒りはサンダウンに向けられているというより、相手にされていない情
 けない自分自身へ向かうもので。

 痺れた腕を腹立ちまぎれに、色が変わるくらいきつく締め上げた。

 いっそ諦めてしまえという囁きは、身の奥底から湧き上がる怒りでとうに灰になっ
 てしまっている。
 灰になったものを今更掻き集めて再生する趣味はマッドにはない。
 マッドの中にはサンダウンを殺すか、サンダウンに殺されるかの二択しか残ってい
 ない。


 カチリ。


 撃鉄を上げる音と共に、マッドの上に濃い影が一つ落ちる。
 戻したはずの銃を再び自分の額に突きつけているサンダウンを、マッドは見上げた。
 相変わらず読めない表情の男に、口の端に皮肉な笑みを浮かべる。


「はっ。やっと殺す気になったってか?」
「…………お前は死にたいのか?」


 引き攣れたように笑うマッドに、サンダウンは表情と同じくらい無感動な声で問うた。
 その問いに、マッドは眉を顰めて怪訝な表情を作る。



「あ?」



 黒々と目の前で開いている銃口から目線を上げ、青い双眸を見ると、そこには珍し
 い事に奇妙な光が灯っている。
 その光の意味するところまでは分からなかったが。
 とりあえずその視線を振り払い、マッドは捲くし立てる。

「どこの世界に死にたがる奴がいるってんだよ、ああ?!
 俺が言ってんのは決闘の挙句に殺さねぇってのはどういう了見かって意味だよ!
 そこをどう履き違えりゃ死にたいんですってことになんだよ!
 勝手に人を自殺希望者にしてんじゃねぇ!」

「それなら問題ないだろう。」

 大声で一息に吐いた台詞に返された言葉は、恐ろしいほど素っ気なかった。
 ざりっという砂を踏む音と共に向けられた背に、マッドは大声の代償である荒い息
 を整える事も忘れ、ぽかんとする。
 そして一拍の沈黙の後、先程よりも更に大きな声を上げた。

「てめぇ!どういうことだよ、それ!」

 背中に思い切り打ちつけた疑問に、立ち去る歩みが止まった。
 肩越しに振り返ったサンダウンの答えは、やはり無駄を削ぎ落としたかのように短く。



「お前が死にたいと願うような男なら、とうに殺している。」



 しかし、真意がどこにあるのか考える余地だけは十二分に孕んだ答え。
 そしてその真意を測りかねて立ち尽くすマッドに、サンダウンは再び背を向けて愛
 馬のもとへと歩き出す。

 馬に跨った背の高い影が、強い光を放つ太陽を遮った時になって、
「待ちやがれ!」

 叫んで、背後にいた自分の愛馬の背に跨った。
 そんなマッドを無視して、サンダウンは何事もなかったかのように平然と乾いた風
 を割って走り去っていく。
 何事にも動じないその背に、マッドはいつものように怒鳴り声を叩きつけた。












 いつものように若い賞金稼ぎの罵声を背中で受け止めながら、サンダウンはある種
 の安堵を覚えていた。


 ――殺されたいのか?


 マッドに投げた問い。

 それに対する答えは端から分かっていた。

 そして彼はサンダウンの予想通りの、そして望んだ通りの答えを返した。

 砂を蹴り上げるような勢いで怒りの籠った否定を吐いたマッドに、サンダウンは望
 む未来がまだ消されていない事を知り安堵した。
 決して、答えの予想が外れるとは思わなかった。
 現れるたびに死神を携え、そのくせ眼に命そのものを凝集した光を湛えた男が死を
 願うなど想定外だ。


 しかし、もし。


 想像もつかない、けれど恐ろしい仮定の話。


 もしもマッドが、サンダウンの問いに頷いていたら、死にたいのだと一言でも言っ
 たなら。


 それはサンダウン自身の中で燻り続ける絶望が一気に炎を吹き上げる事を意味して
 いる。


 その事に思い至り、腹の底が冷えたような気がした。


 あの凶暴な命の閃光が、死を願うような言葉を一言でも吐き出したなら、その時は
 きっと、彼の心臓を撃ち抜く事に躊躇いはない。



 ――だって、そうだろう?



 何人もの賞金稼ぎがサンダウンを諦める中、マッドだけが変わらずにサンダウンの
 前に現れる。



 時には乾いた砂塵と共に、時には零れんばかりの星空を背負って、時には四肢が溶
 けてしまいそうな朝靄を割って。



 相変わらずの勢いでぽんぽんと吐き出される怒鳴り声は、いっそ小気味良い。



 その声が諦めの言葉を紡ぐ事など許せない。



 世界に背を向けた自分に、倦まず弛まず世界の欠片の切っ先を突き付ける彼は、そ
 れ故に自分を殺せる最も近い場所にいる。



 マッドだけがサンダウンを殺せるのだ。
 マッドだけがサンダウンを殺す事ができるのだ。
 だから、マッドがそれを諦めるなど許されない。



 それは望みなどという生易しい言葉では済まされない、確定にも近い願いだ。

 それが、あまりにも傲慢すぎる願いである事は、サンダウンにも分かっている。

 しかし、それでも、と願わずにはいられない。



 サンダウンがまだ絶望の中であがいている間に、マッドがサンダウンを諦めて真の
 絶望が訪れる前に、どうか。






 きっと彼が諦めた時が絶望の始まり。
 彼を殺した時が最後の希望が潰える瞬間。
 だから、どうか。






 その熱で以てこの心臓を撃ち砕け。
 
 
 




 Do you remember the promise on that day?