それから何年か経って、マッドは少し大きくなった。昔は持てなかったカボチャも、小さいもの
 なら一人で持てるようになった。
  サンダウンは相変わらずカボチャ頭のままだった。マッドは大きくなったけれども、まだ庇護が
 必要だと言い訳して、マッドを手放せずにいた。

 「キッド、これも。」

  両手をいっぱいに広げて黄色いカボチャを抱えたマッドは、それをサンダウンに押し付ける。
  今日は万聖節の前夜。例年ならば、マッドは他の獣人の子供達と一緒に、人間の子供達に紛れて
 お菓子を貰いに行くのだが、今年は近所の畑でたくさんのカボチャが獲れたのを見て、そのカボチ
 ャを刳りぬいて飾って遊ぶ事にしたのだ。
  マッド本人は、

 「おれはもう、お菓子をもらってよろこぶような子供じゃねぇんだぞ!」

  と吠えているが。
  ついでに、古くなったサンダウンのカボチャのお面も新しくしようというのが、マッドの提案で
 あった。
  それについてサンダウンが頷いた記憶はないのだが、ちいさな子犬の中ではそれは確定しており、
 近くの畑に忍びこんで、良く育ったカボチャを見分し、幾つか失敬してきたのだ。その失敬してき
 た中で、一番大きくて、マッドが転がしてでないと持って帰ってこれなかったカボチャを、サンダ
 ウンの新しいカボチャにするのだ。
  といっても、小さなマッドにカボチャを刳り抜く事は出来ない。
  マッドの仕事は専らカボチャに絵を描く事で、その絵の通りにカボチャを刳り抜くのはサンダウ
 ンの仕事だった。
  サンダウンが、その仕事や嫌なのかと言えば別にそうではない。
  それよりも、マッドが誰かと遊びに行ったりせずに、こうしてサンダウンの傍にいる事のほうが
 心配だった。そう思う度に、マッドを早く手放さなくては、と思うのだが。

 「キッド、はやくしろよ!おれは、カボチャのちょうちんを見たいんだ!」
 「分かったから、どいていろ……。危ない。」

  マッドに擦り寄られると、一瞬にして挫ける。
  マッド本人も、サンダウンと離れる事など、欠片も考えていないらしく、今も尻尾をぱたぱたと
 振って、刳り抜いたカボチャの中身を瓶の中に詰めている。どうやら冬の間の食糧として、保管す
 るようだ。
  そういえば、先日拾ってきた野苺も、ジャムにして保管用に置いておくのだと言っていた。
  あんたの作るご飯はあんまりおいしくない、とマッドが口にするようになったのは、数か月前の
 事。サンダウン自身は食事など取らなくても良いものだから、食事が上手くならないのは仕方のな
 い事だった。が、それでもサンダウンは落ち込んだ。何年もマッドにおいしくないと思われて、そ
 れでもマッドが一粒残さず食べていた事が、余計にサンダウンを落ち込ませた。
  一人勝手に沈み込んだサンダウンを余所に、マッドはと言えば、事態をより良くしようと奮闘し
 始めた。人付き合いというものが出来ないサンダウンに変わって、大人達に料理を教えて貰うよう
 になったのだ。子供達と遊ばなくなったのは、そういう事もあっての事だった。
  もともと物覚えの良いマッドは、すぐに簡単な料理くらいなら作れるようになった。ただ、まだ
 小さいので、大人が傍にいる時でないと、包丁やフライパンを持たせて貰えない。
  カボチャをペーストと種に分けるマッドの横で、サンダウンは鋸でカボチャの眼と口と鼻を刳り
 抜く。サンダウンの新しいお面にするのだ、と言ってマッドが持って帰って来た大きなカボチャも、
 たった今、眼と口と鼻を抜いたばかりだった。
  しかし、十数個刳り抜いても、まだ辺りには小さなカボチャが残っていた。それらは鋸で加工す
 るには小さすぎる。どうするのかと思って見ていると、その視線に気付いたマッドは、これはパイ
 にするのだ、と何故か威張って答えた。

 「パイにして、ここにチビどもにやるんだ!」

  自分も大概小さい事を忘れているのかもしれない。
  しかしそれよりも。

 「此処に、子供は来ないだろう。」

  殊更素っ気なくサンダウンは呟いた。
  サンダウンが住む木の洞は、お化けカボチャが住んでいると子供達の間でも有名だ。そしてお化
 けカボチャは、どれだけマッドという子犬が一緒に居ても、やはり恐れられる存在なのだ。もし、
 仮に子供達が来たがったとしても、大人達がそれを許さないだろう。
  しかし、マッドは強情だった。

    「おれが、パンプキン・パイをつくるって言ったら、みんなきたがってたぞ!」
 「……それなら、カボチャの提灯などないほうが良いだろう?」

  マッドが子供達が来る事を望んでいたと言うのなら、何故恐れられるカボチャの提灯など飾ると
 言い始めたのか。

 「カボチャのちょうちんなんかにおびえるような、おくびょうものになんか、お菓子はやらねぇぞ!
  それに、だれもこなかったら、おれとあんたで食べたらいいんだ!」

  そんな簡単な事も分からないのか、と言うような表情でマッドはそう告げ、余ったカボチャ達を
 料理するべく、台所へと向かう。放っておいたら一人で火を起こしそうなマッドを見て、サンダウ
 ンは慌ててその後を追いかけた。





  夜、マッドとサンダウンは、カボチャの提灯一つ一つに炎を灯していった。提灯達は、木の梢か
 ら根元まで連なるように吊るされており、背の高いところにある提灯にはサンダウンが、根元にあ
 る提灯にはマッドが火を点ける。
  サンダウンに火を入れられたカボチャ達は恨めしそうに、マッドに火を入れられたカボチャ達は
 嬉しそうに見えるのは、サンダウンの気の所為かもしれない。
  カボチャの中に灯される炎は、愚か者の炎と呼ばれ、悪魔が彷徨う魂を憐れんで贈った炎だと言
 われている。それはサンダウンの中にも灯っているし、そんなサンダウンに炎を灯されたカボチャ
 が、喜ぶはずもないだろう。
  溜め息を吐くサンダウンの隣で、マッドは既にパンプキン・パイを切り分けて、自分の口の中に
 放り込んでいた。どうやら、本当に、子供達が来る来ないは、マッドの中ではどうでも良い事らし
 かった。
  マッドは、灯の点いたカボチャの提灯を見て、ひどく喜んだ。おれのちょうちん!と歓声を上げ
 て喜んだのを見ると、子供達とお菓子を貰いに行くよりも、こちらを楽しみにしていたのは本当の
 ようだった。
  ひとしきり騒いだ後、マッドははっと思い出したように、サンダウンを見上げた。そして、口に
 パイを加えたまま、とてとてと家の中に入ると、戻ってきた時は両手いっぱいの大きなカボチャを
 抱えていた。

 「キッド!これをかぶれ!」

  マッドが、サンダウンのカボチャを新しいカボチャに取り替えようという魂胆で持って帰り、そ
 してサンダウンに加工させたカボチャだ。

 「かぶれったらかぶれ!」

  ぶんぶんとカボチャを左右に振りながら、マッドはサンダウンに迫る。ほうっておいたら、カボ
 チャごと体当たりしてきそうだ。
  仕方なくカボチャを受け取ろうとすると、しかし、マッドはサンダウンの手を振り払う。

 「そのカボチャをぬがねぇと、かぶれねぇだろうが!」

  言いながら、マッドの尻尾はぶんぶんと振り回されている。どうやら、当初の目的は、それのよ
 うだ。昔からサンダウンのカボチャを脱がせようとしていたが、それを此処で強行するつもりらし
 い。
  そのまま千切れて飛んでいきそうなくらい尻尾を振るマッドは、早く早く、と急かす。これで断
 ったら、きっと吠えるどころか噛みついてくるだろう。というか、わくわくと期待し過ぎているマ
 ッドの期待を裏切るのは、色々と恐ろしい。
  今にもよじ登ってカボチャを叩きそうなマッドに観念して、サンダウンは渋々お面を、本当に久
 しぶりに外した。
  ばさりと零れ落ちる砂色の髪と髭。
  その瞬間、狂気乱舞するかと思ったマッドは、非常に渋い顔をした。先程まで、千切れんばかり
 に振っていた尻尾も、ぴたりと凍り付いている。

 「マッド……?」

  想像していた以上に微妙な反応をしたマッドに、サンダウンは怪訝な声を出した。すると、じぃ
 っとサンダウンを見ていたマッドは、小さく呟いた。

 「……もったいぶってたわりには、たいした顔じゃねぇな。」

  なーんだ、と言わんばかりのマッドの口調に、サンダウンは沈黙した。

 「…………。」
 「ま、いいや。それよりも、ほら、これかぶれよ!せっかくおれがじゅんびしたんだからな!」

  マッドが準備したのはカボチャだけで、加工したのはサンダウンなわけだが、そこを突っ込むと
 話はややこしくなる。サンダウンは半ば諦めた心境で、差し出された新しいカボチャを被った。新
 しいカボチャの中は、まだ何となく青臭い。
  そして、古びたカボチャをマッドが抱えているのを見て、ふと聞いた。

 「……それをどうするつもりだ?」
 「あん?きまってるじゃねぇか。これをチビどもがやってくる道においておくんだよ。あいつら、
  おくびょうだから、きっと泣くぜ。」

  再びマッドの尻尾が勢い良く振れ始める。
  悪戯を思いついた子犬は、とてとてと夜道を下っていく。そして、しばらくして、また、とてと
 てと手ぶらで帰ってきた。

 「じゃあ、家に入って、パンプキン・パイを食おうぜ!」
 「………。」

  新しいカボチャのお面を身に付けたサンダウンの手を取って、マッドはもはや誰かがパンプキン・
 パイを取りにやってくるなどとは想定していない口調で、そう言う。
  それについて、サンダウンは特に何かを言う気にはなれなかった。
  ただ、背後で子供達の泣き叫ぶ声が聞こえたような気がした。




  子供達の泣き叫ぶ声が消え去った後。   一人の肉色の翼が、その地に降り立った。   若者は煌々と明かりを灯す古びたカボチャを見ると、首を傾げた。     「おや、臭いがするから来たのに、また違った。」     最近、どうも間違う事が多いな。   そう呟いて、若者はカボチャを蹴り飛ばす。蹴られたカボチャは、中に灯していた炎を掻き消し  て、沈黙した。    「まあ、いいさ。次に臭いがするまで、待てばいい。それまでには、新しいカボチャに、その罪の   臭いが移っているだろうからね。」   そうして、再びの羽音の後に、沈黙が訪れた。      



 「いいか、キッド!これから毎年、ちゃんとカボチャは新しいのに替えるんだぞ!服も新しいのに
  替えるんだ!わかったか!」

  あんたのカボチャ、変な臭いがしたぞ!
  そう吠える子犬に、お化けカボチャは頷いた。

 「………わかった。」