万聖節当日、あちこちで祈りの声が囁かれる中、マッドは入手したお菓子を半分残しておいて、
 聖霊達の囀りを躱すように地面を這っていた。
  その日は良く晴れて、木々の隙間からは青い空が見える。その青い空を取り囲むのは、様々な色
 に変化した木の葉だった。
  赤、黄、茶。
  それらの色に染まった木の葉は、けれども決してその色一色ではなく、まだ先っぽに青味を残し
 た細長い葉っぱや、茶色に近い色をした赤に染まった手のような形をした葉っぱなど、多岐に渡っ
 ている。
  散らばる色は、あまりにも多く、しかし一生のうちに見る色の、それでも何分の一なのだ。
  そして人々から賛美を受けるこの錦は、実は木々にとっては死に装束でもある。秋から冬へと変
 貌する季節の変わり目に、木々は深い眠りに就くのだ。眠りに就く前に、全てを焦がすような鮮や
 かな色を振り散らし、小さな実りを落とす。
  マッドが地面を這って探しているのは、その小さな実りだ。
  色とりどりの落ち葉の間に転がる、茶色の艶やかな木の実は、これからの作物の乏しい冬を越す
 為の大切な食糧になる。
  こうした秋の実りを拾い集める作業は、獣人やドワーフといった者達にとっては重要な事項で、
 大抵が家族総出で取りかかる。
  しかし家族のいないマッドは、こうして一人で木の実を探すのだ。
  勿論、獣人であるマッドには、同じ獣人である子供の親から、何度も誘いを受けている。

  一緒にいらっしゃい、ほら、こっちに来て。

  優しくそう言われる事は、決して稀ではない。親を亡くしたマッドに対して、獣人達はとても好
 意的だ。
  しかし、マッドはその誘いに乗った事は一度もない。
  子供達と一緒に遊ぶ事はあっても、夕飯にお呼ばれしたり、お泊りしたりという事は、例え誘わ
 れてもしないのだ。
  マッドはまだ小さい。
  けれども、小さいなりに、気付いている事がある。
  自分に親がいない事。親は流行り病で死んでしまった事。その自分を拾ってくれたのがサンダウ
 ンである事。そしてサンダウンに対して、他の魔族達は何処か冷たい事。
  マッドがサンダウンと一緒にいる時は、彼らは硬い顔をしながらも普通に対応してくれるけれど、
 実は陰でこそこそ何かを言い合っている事には気が付いている。

  なんで獣人の子供が、あんな……なんかに。
  本当なら、さっさと………。
  ………長老は甘すぎる。

  言っている意味はほとんど理解できなかった。しかし、サンダウンに対して含みがある事は、十
 分に分かる。これまでサンダウンを見て顔を強張らせなかったのは、長老、或いは老師と呼ばれて
 いる年老いた狐の獣人と、緑色の髪を逆立てたドワーフくらいだった。
  そして、サンダウンがその事について、マッドに何か負い目を感じているようなのが、マッドに
 は嫌だった。マッドがこうして一人で木の実を拾っている事も、サンダウンは自分の所為だと思っ
 ているのだ。

 「あいつらはずるいから、おれがひろったどんぐりをかってにもっていっちまうんだ。それがいや
  だから、ひとりであつめてるんだ。」

  そう告げても、サンダウンは顔を顰めるだけだ。確かに、それは一人で木の実を拾う事について
 の口実に過ぎないのだけれど、しかし別に、マッドはお誘いも受けているし、嫌われているわけで
 はない。サンダウンの所為でマッドが苛められたり仲間外れにされたりという、サンダウンが心配
 するような事は何もないのだ。
  マッドは、ただ、マッドが獣人達の誘いを受けているうちに、サンダウンが何処かに行ってしま
 うような気がして、それを避けるために一人でいるのだ。
  サンダウンは、マッドに負い目を感じている。だから、いつか、もしかしたらマッドを置いて、
 何処かに行ってしまうかもしれない。マッドにはサンダウンの何が問題なのかは分からない。だか
 ら、マッドを置き去りにしようとするサンダウンを、ずるい、と思う。

 「そんなことをしようったって、そうはいかねぇんだからな。」

  呟きながら、マッドはせっせとどんぐりやクワの実を拾っては袋に詰めていく。
  マッドは小さいけれども、それでも冬を越す為にはまだまだ木の実は沢山必要だ。けれど、マッ
 ドは小さいから、一人で広い集める量には限りがある。当分の間は、毎日木の実集めをしなくては
 いけないだろう。
  しかし、これはマッドの仕事なのだ。マッドはサンダウンに養って貰っているだけの子犬ではな
 いと、ちゃんとサンダウンに証明しなくてはならないのだ。サンダウンが、マッドの育て方につい
 て自分を責めるような事だけはあってはならないのだ。
  これは、サンダウンがいつかいなくなってしまうという事に対して、それを加速させてしまうよ
 うな矛盾を孕んでいる思いだったが、マッドにはそれを深く熟慮するだけの余裕はまだない。
  一生懸命に自分の食べ物を探して、サンダウンがこれ以上負い目を感じずにすむ方法を探すだけ
 だ。
  そんな事ばかり考えて木の実を探していた所為で、周囲への警戒を怠ってしまった。
  曲がりなりにも犬の獣人であるマッドは、小さくても音には敏感だ。しかし、それを感じさせぬ
 ままマッドに近付いてきた気配に、マッドが気付いた時には、その気配はもう間近に迫っている。

 「おや、罪人の匂いがすると思ったら、子犬だなんて。」

  背中に四枚の羽根を付けた人が、そこに立っていた。
  気配を感じさせずに近付くなんて、そんなのはサンダウンしか知らない。

 「だれだ、てめぇは!」

  マッドは木の実の詰まった袋を抱き締め、牙を剥き出して吠えた。こっそり近付くなんてどう考
 えても良からぬ事を考えていた証拠だし、何よりも背中の肉色の羽根が、マッドの本能を刺激して
 鋭い警鐘を響かせている。

 「安心したまえ。私は君に手出しはしないよ。」

  炎にも似た剣を携えた若者は、肉色の不気味な羽根に似つかわしくない爽やかな声を出す。しか
 し、それでマッドの警戒が解けるわけではない。何よりも、マッドの中では若者の口にした『罪人』
 の言葉が引っ掛かっている。
  それは、大人達がサンダウンに向けて使う言葉だ。

 「此処から罪人の匂いがしたからやってきたんだけれども、どうやら人違いのようだね。君はただ
  の獣人のようだし。」

  この若者は、サンダウンを探している。
  小さいマッドの中では、何よりも早くその結論に行きついた。そして次に見るのは、若者が手に
 している炎のような剣だ。奇妙な形に捻じれ上がったそれは、もしかしたら本当は聖なるものかも
 しれないが、マッドの中では禍々しく眼に映った。
  その禍々しさと、サンダウンを探しているのだという思いが直結すれば、脳裏に閃くのは不吉な
 想像しかない。

 「ここはおれのなわばりだぞ!あっちにいけ!」

    マッドは吠えた。
  とにかく、この若者を、此処から追い出さなくてはならない。でなければ、サンダウンは若者の
 手によって葬り去られてしまうかもしれない。
  サンダウンが過去に何をしてきたのかなど――サンダウンが何処にも行けぬおぞましき罪人であ
 る事など、マッドは知らない。マッドにとってサンダウンはサンダウンでしかなかった。
  一人ぼっちのカボチャ頭。
  マッドが一人でいる事を、自分の所為だと思っているお化けカボチャ。
  本当なら一人でいたいと思っているけれども、マッドの為に彷徨う事を止めた彷徨う炎。
  そしてマッドはサンダウンから離れるつもりはないし、サンダウンが一人で何処かに行くなど許
 さない。だから、サンダウンを何処かに連れ去ろうとしている不吉な肉色の翼は、今すぐに追い払
 わなければならなかった。

 「でてけよ!あっちいけ!」
 「ああ、悪かったよ。君の縄張りを荒らすつもりはなかったんだ。」

  ぶんぶんと袋を振り回すマッドに対して、薄ら笑いを浮かべながら若者は後退りし、そしてぱっ
 と羽ばたいていく。ぬめりとした質感の翼の羽ばたきが、途方もなく不快だった。耳にこびりつく
 それは、若者の姿が消え去った後も、鼓膜を震わせている。
  マッドはしばらくの間、肩で息をしながら若者が飛び去った青空を眺めていたが、やがて、へな
 へなとその場に座り込んだ。そして、振り回していた袋をぎゅっと抱き締める。
  あの若者は、あれから何処に行くのだろう。もしかして、サンダウンを見つけてしまうんじゃな
 いだろうか。
  そう思えば、身体が小刻みに震え始めた。
  今すぐに駆け出して、家に帰らなくては。そしてサンダウンと一緒に逃げ出さないと。
  それは、浅はかな子供の考えだったかもしれない。しかし、マッドにとっては必死以外の何者で
 もなかった。あの若者は、あまりにも不吉すぎた。もしかしたらその姿形から、皆は天使だという
 かもしれないが、マッドにとっては死鳥よりもおぞましい。
  慌てて立ち上がり駆け出そうとして、しかし震える脚はあっと言う間にもつれた。
  が、マッドがそのまま地面に倒れこむ事はなかった。

 「……大丈夫か。」

  いつの間にか傍に来ていた大きな手が、マッドの身体を支えたのだ。
  はっとして振り返ると、果たして大きなカボチャ頭のサンダウンがいた。マッドの腕を掴んで支
 えた手はかさついていて、けれどもマッドが良く知ったものだ。

 「遅いから……迎えに来た。」

  ぼそぼそと呟いて、サンダウンはマッドを抱え上げようとして、一瞬動きを止めた。おそらく、
 昨日抱え上げようとしてマッドに拒絶された時の事を思い出したのだろう。
  けれども、マッドは動きを止めたサンダウンの首に、ぎゅっと腕を回してしがみ付く。
  マッドのその行動に、サンダウンは眼を瞠った。だが、すぐにマッドを抱え上げる。途端に、マ
 ッドの視界は一気に高くなった。