お化けカボチャのサンダウンが、ワードッグであるマッドに出会ったのは、マッドがまだよちよ
 ち歩きも出来ない頃の事だ。
  その年の流行り病は特に酷く、人間はおろか、人間よりも頑強で長命であるはずの獣人達までも
 が次々と斃れていった。なまじ、普通の病であるが故に、魔族である彼らへの被害はいっそう広が
 った。これが特殊な病であるならば、妖精やエルフの秘薬が効いただろうが、人間への病は不得手
 である彼らは、斃れる獣人達へ声をかけるしかできず、ようようドワーフ達が薬を持ってきた時に
 は、森の中は荒涼としたものへと変化していた。
  そんな森の中で、サンダウンはマッドを拾ったのだ。
  拾った。
  まさにその言葉は正しいだろう。
  流行り病で荒れ果てた森の中、まだ言葉も知らないマッドは、病で倒れた親兄弟の中に埋もれて
 いたのだ。
  何故一匹だけ助かったのか、それは誰にも分からない。母親の白い毛皮の中で、何も分からない
 ままきゅうきゅうと鳴くマッドが、一人で何日そうして過ごしたのかはサンダウンにも推し量れな
 かった。ただ、放っておけばこの子犬も死んでしまうだろう事は、子供でも理解が出来た。
  あまりにも憐れで、そして憐れの極みであるかのような鳴き声で泣くマッドには、サンダウンで
 なくとも手を出さずにはおれなかっただろう。
  しかし、マッドを拾ったのが別の魔族――妖精でもドワーフでも何でも良い――だったならば、
 誰も何の文句も言わなかった。けれどもサンダウンは、お化けカボチャはいけない。
  お化けカボチャは、その中に天国にも地獄にも行けない罪人の魂を抱えている、魔族から見ても
 唾棄すべき存在だ。そんな罪人の手に、小さな獣人の赤ん坊が渡ってしまうなど、許されざる事だ。
 サンダウンの手の中にマッドがいる事を知った獣人達は、こぞってマッドを取り返そうとした。
  だが、当のマッド本人が、それを嫌がったのだ。
  獣人達の手によってサンダウンと引き離されそうになった時、マッドはまだ言葉も分からぬ子供
 であるにも拘わらず、サンダウンにぴったりとひっついて離れなかった。動物は最初に見たものを
 親だと思う習性があると言うが、その擦り込みが果たして獣人であるマッドにも効いたのか、それ
 は分からない。ただ、きゅうきゅうと泣いてサンダウンにしがみ付く黒い子犬を見て、獣人達が罪
 悪感に駆られた事は事実だった。
  サンダウンから離れようとしない子犬に彼らは諦めを覚え、そしてすごすごと引き下がったのだ。
  こうして、サンダウンは小さな子犬を育てる事になったのだ。
  今の今まで誰かと触れ合う事もなければ、当然一緒に暮らす事もなかったサンダウンにとって、
 それは戸惑う事でしかなかった。サンダウンは確かにマッドを憐れに思い手を差し伸べたが、けれ
 ども一緒に暮らし、育てる事など想定してもいなかった。
  しかし、一緒に暮らすようになった以上、ちゃんと面倒を見てやらねばならない。まだミルクの
 必要な子犬の育て方など全く知らなかったが、やるしかなかった。
  普通に考えれば、人と付き合う事の不慣れな一人ぼっちのお化けカボチャに、子犬を育てる事な
 ど出来るはずもなかった。それが上手くいったのは、単に幼い子犬を憐れむ魔族達が、お化けカボ
 チャと関わるなど嫌だと思いながらも、こそこそと手助けをした為である。
  子犬の為のミルクを買おうとするカボチャに使いやすい哺乳瓶をおまけで付けてやったり、いら
 なくなった子供の服をわざとカボチャの眼の前で捨てていったりと、こっそりと手助けをしていた。
  こうした好意には、サンダウンも勿論気が付いている。
  それが、マッドに向けられたものであり、マッド一匹ならば誰も彼もこぞって育てたいのだとい
 う事にも。
  けれどもマッドを育てているのは、何の因果かサンダウンで、そしてそれ故にマッドには本来与
 えられるべき恩恵が与えられていないような気がするのだ。先だっての子供達の囃し立てる声も、
 もしかしたら僅かとはいえサンダウンの存在によるものも孕んでいるのかもしれない。

 「………すまない。」

  思い至った事実に少し落ち込んで、サンダウンは小さく呟いた。
  すると、巨木の洞を利用して作ったサンダウンの家の中で、すっかりと寛いで戦利品の一つであ
 るクッキーを頬張っていたマッドは、黒い眼を瞬かせた。

   「さっきのことならおれはきにしちゃいねぇよ。だいたいあいつらはおくびょうなんだ。ひとりで
  おれにけっとうをもうしこんできたことなんか、いっかいもねぇんだぞ。」

  ぽりぽりと栗鼠のようにクッキーを頬に詰め込み、マッドは大人ぶった口調で言う。
  あんたをみただけでにげるなんて、おくびょういがいのなにものでもねぇ、とマッドは大人ぶっ
 ているが幼い声で得意そうに告げる。

 「だいたい、きっどだってわるいんだぞ!あんたがこそこそするから、みんなちょうしにのるんだ!
  かぼちゃのおめんなんかとって、どうどうとすりゃいいんだ。」
 「……そういうわけにはいかない。」

  小さなマッドにはまだ分からないのかもしれないが、天国にも地獄にも行けないというのは、何
 よりも憐れで罪深く、同時におぞましい事なのだ。死の安寧が未来永劫約束されぬというのは、普
 通に考えればおぞましい以外の何物でもない。
  その魂が外に漏れ零れないように、彷徨う人魂はお面を被る。刳りぬかれたカボチャの中を薄暗
 く光らせながら、何処かに幸いが落ちていないかと希薄な望みを抱いて、その願いだけをよすがに
 終わらぬ時間を漂うのだ。
  けれども、幼いマッドにはそんな小難しい事は分からない。小さい子犬は、ただ、サンダウンの
 顔を一度も見た事がないのが不満なのだ。サンダウンは他の彷徨える魂達と同じように、決してカ
 ボチャのお面を外さない。一度でも外してしまえば、その魂が飛び火して、更なる罪人を生み出し
 てしまうと危惧しているかのようだ。だから、サンダウンは例え家の中であろうとも、他に誰一人
 としていないと分かっていても、お面を外さない。
  まして、マッドがすぐ傍にいるのなら、尚更。
  サンダウンにとって、マッドは奇跡のような存在だ。本来ならば、決して手に入る事のなかった
 同居人。小さなマッドはサンダウンに絶対の信を置いて、サンダウンの悪口が言われようものなら
 小さな牙をむき出しにして怒る。
  そんなマッドのおかげで、一人ぼっちだったサンダウンの家には時折夕飯の残り物と称して、鍋
 が置いてある事がある。マッドへの憐れみは、サンダウンにも齎されている。サンダウンが町を歩
 けば、確かにまだ嫌な顔をされるが、蛇蠍の如く恐れられる事はなくなった。
  少しずつ、世界との差が縮まっていく。
  それは、紛れもなくマッドのおかげだった。

  だが、いつか、マッドはサンダウンの前からいなくなる。

  それはサンダウンの属性を考えれば仕方のない事だった。それに、大人になればマッドのほうか
 ら出ていくだろう。サンダウンのいる世界は小さくて閉じている。マッドはそこで満足はしないだ
 ろうし、また、そこに閉じ込めてはいけない。
  だから、サンダウンはいつかマッドを獣人の世界に返すつもりだった。
  マッドが獣人である以上、それはごく自然なことであるし、それが一番マッドの為でもある。
  それまで、サンダウンはマッドを大切に丁寧に育てねばならない。マッドが怪我をしたり、病気
 になったりして壊れてしまう事は避けねばならない。まして、サンダウンの魂が飛び火して、マッ
 ドまでも罪人になるなど、あってはならない事だった。

 「なあ、きっどー。」

  いつの間にか、お菓子を放り出したマッドが、サンダウンの膝の上によじ登っている。そして、
 サンダウンのカボチャのお面に手を掛けようとしている。重いそのお面は、小さなマッドの手では
 持ち上がるものではなかったが。

 「止せ……。」

    なんとかして外してしまおうとするマッドを、サンダウンは両手で押し止める。
  するとマッドは、うーっと唸り、カボチャのお面の口と眼の形に刳りぬかれた部分から、サンダ
 ウンを覗きこんで睨みつける。お面の中からマッドを見るサンダウンには、マッドの顔は良く見え
 るが、外側から覗きこんでいるマッドには、中の灯の所為で何も見えないだろう。

 「大人しく、お菓子でも食べていろ。」
 「うるさいぞ!いつかそんなかぼちゃあたま、おれがひっぺがしてやるんだからな!」

  それと、あんたよりもおっきくなってやるんだぞ!
  サンダウンの膝の上で叫ぶマッドは、叫んでから膝から飛び降り、とてとてと放り出していたお
 菓子の詰まった袋に駆け寄り、再びお菓子を食べ始める。
  が、不意に動きを止めたかと思うと、クッキーを咥えたまま振り返る。そしてお菓子の袋の中に
 手を突っ込むと、キャンディを一掴み取り出した。

 「おれはあんたみたいに、おめんをはずさないようなけちじゃねぇからな。あんたにもおかしのひ
  とつやふたつくらい、めぐんでやるんだぞ。」

  そう言って、サンダウンの手の中にキャンディを押しこんだ。