ベッドの上で、ころころと子犬のようにマッドが転がっていた。そして、しっとりむっちり――
 というかがっしり――した身体をサンダウンに擦りつけてくる。
  なぁなぁ、はやく、してくれよぅ。
  そう、耳元でぞくりとするようなハスキーな声で囁いてくる。ついさっきまで思う様貪っていた
 から、声は少し嗄れており、身体も汗で濡れている。けれども一回りほど年下の賞金稼ぎは、もっ
 ともっとと擦り寄ってくる。
  子犬のような様子を見せながら、それでも妖艶に誘ってくる若い恋人の身体を抱き止めながら、
 サンダウンは首だけ動かして、その耳を食む。すると、擽ったそうに眼を伏せて、マッドは身を捩
 った。

 「さっき、相手をしてやったばかりだろう。」

  低く息を吹き込むように囁けば、足りねぇよぅ、と膨れたような声が返ってきた。欲を持て余し
 たティーンではあるまいに、とは思うのだが、マッドがどちらかと言えば快楽に弱い人間である事
 は、サンダウンも承知している。

 「俺は、あんたと違って若いんだ。」

  そう言って、若い股間をサンダウンに押し付けて、恨みがましそうにサンダウンを見る。
  あんたの所為なんだぞ、こんなふうになったのは。
  告げる声も恨みがましそうだ。しかし、確かにマッドをそんな身体にしたのはサンダウンだった。
 若い身体を自分好みに変えたという自覚はある。その責任を取れと言われると、喜んで取る自分が
 いる事も知っている。
  やれやれと身体を持ち上げ、ころんとマッドを身体の下に組み敷くと、マッドは嬉しそうに擦りbr>  寄っ<てくる。どうやら、サンダウンが望みをやっと叶えてくれると思っているようだ。サンダウン
 もその望みを蔑ろにするつもりはないが。
  すりすりと寄ってくるマッドは、サンダウンを受け入れる事になんら戸惑いはないらしく、焦ら
 せば焦らすほど恨みがましそうな眼を深める。それを無視していると、遂には、いい加減にしねぇ
 と俺が突っ込むぞ、と言い始めた。ふにゃふにゃの状態で言われても、全く信憑性はないが。
  けれどもこれ以上焦らして後で何か言われるのもつまらないので、マッドの望み通りにしてやる
 と、マッドはぎゅうっとサンダウンにしがみついてきた。
  そういった事を、あと2、3回してやると、マッドは遂には黙りこんだ。
  いや、黙りこんだのではない。ことん、と眠りに就いたのだ。流石に疲れたのだろう。
  サンダウンも、少し疲れたと思う。どう考えても体力は若い頃に比べると落ちた。ただ、それな
 りに身体を鍛えている所為か、普通よりも衰えが少ない。しかし、やはり若い恋人を満足させるの
 はそれなりに疲れる。
  先程までサンダウンにじゃれついていたマッドは、今はサンダウンの腕の中で、くうくうと眠っ
 ている。終わった後も、キッドキッドと言って、サンダウンの髭やら髪やらを引っ張って遊んでい
 たが、ふわ、と一つ欠伸するとそのまま落ちるように眠ってしまった。顔を覗きこんでも眼を覚ま
 さない所を見ると、熟睡しているようだ。他の連中の前では、こんな姿は見せないだろうな、と思
 うと疲れた身体が少しだけ力を取り戻した。
  しかし、他の誰か、がいるのだろうか、と不安にも思う。
  マッドはもてる。
  本人がそう言っているだけでなく、実際にもてるのだ。女にも、男にも。
  女にもてるというのは仕方がない。マッドも本来は女好きだ。サンダウンにぴたぴたと擦り付い
 ているが、それはサンダウンだからであって――だと信じたい――それ以外の男には興味もない。
 だが、男にもやはりもてるのだ。その秀麗な容姿は、どうしたって男の欲を刺激する。
  その男の中にサンダウンもいるのだが。
  マッドの顔を見つめながら、それだけではない、とサンダウンは思う。サンダウンは、マッドの
 容姿にだけ惹かれたのではない。白い額も、黒い髪も、どれも愛しいと思うけれど、それらが焦げ
 付いたとしてもマッドを愛おしいと思うだろう。その身体から、命が炎のように燃え滾る以上、サ
 ンダウンはマッドに捕らわれ続ける。
  サンダウンが、マッドの銃弾でこの胸を貫かれるまで。
  それまで、マッドには誰にも傷つけられる事がなければ良い。マッドを傷つける事が出来るのは
 サンダウンだけであれば良い。
  ふにふにと、無自覚にサンダウンに擦り寄るマッドは、居心地の良い場所を見つけるとそこに顔
 をすっぽりと納めて、また眠りを貪り始める。その髪を一房掬い取ってみるが、マッドは寝息を止
 める事無く、くぅくぅと眠り続ける。
  時折、むにゃ、と唇を動かして寝言らしき言葉を残していく。眉間に少し皺が寄っている。苦し
 そう、とまでは行かないが、不機嫌そうに見える。
  一体、どんな夢を見ているのか。
  気になって、マッドを抱き締める時にマッドの唇を自分の耳元に寄せる。むにゃむにゃと言葉に
 成り切れていない言葉が、ぽつぽつと耳朶を打つ。
  そして―――




  マッドは暗闇の中にいた。
  子供の頃、暗闇は友人であり、けれどもマッドの支配者だった。暗闇に包まれる頃、マッドの周
 りには誰もいなくなり、マッドは一人ぽつねんと毛布に包まって、夜明けを待たなくてはならなか
 った。
  暗闇は、マッドに様々なものを描いてみせた。
  妖精や御伽噺の中にいる不思議な生物をいれば、おぞましい形をした死者を引き連れる事もあっ
 た。妖精達とは友達になれても、死者についていく事は出来ない。けれども死者に限って、マッド
 の手を引こうとするのだ。
  がむしゃらに手を振って、身を捩って、叫んでも、死者には効果はない。
  その、冷たい手でマッドを連れて行ってしまおうとする。
  なのに、誰もマッドのもとには来てくれないのだ。母親は夜毎何処かの男の元へと忍んでいく。
 父親はもうすでに他界している。幼いマッドを助けてくれるものは誰もいなかった。
  いや。
  一人だけ、いた。
  薔薇園の手入れをしていた老人の、これまた年老いた犬が。だから、正確には一匹というべきか。
 茶色の毛の長い、のそのそと動く犬だった。その犬は、隙間を見つけてマッドのいる部屋に入り込
 んでくるのだ。
  その犬の訪れが、深い夜の底では、マッドにとって唯一の寄る辺だった。
  ふわふわもさもさとした毛並みに顔を埋めて、床の上で闇に包まれながら、夜を明かすのだ。死
 者の手が伸びてきたら、犬に顔を押し付けて、眼を背けるのだ。犬の名前を呼びながら。いつもは
 マッドの声など無視する犬だったが、その時だけは尻尾をぱたりと振るのだ。

 「マイケル……。」

  闇の中で、あの時のように呟いてみる。
  すると、思いっきり頬を抓られた。
  何事か。
  ぱちりと眼を開けると、そこには信じられないくらい不機嫌な顔をしているサンダウンがいた。
 そういえば、先程までサンダウンと色んな事をしていた。その最中はサンダウンは非常に嬉しそう
 にマッドを見ていたのに、その時とは一変した顔つきだ。

 「……良い度胸だ。」
 「何が?」

  唸るようなサンダウンの声に、マッドは何の事か分からないというような声を出す。本当に、何
 の事か分からなかったからだ。

 「私の眼の前で、他の男の名を口にするとは………良い度胸だな。」
 「は?俺が?いつ?」
 「……さっきだ。つい今しがた、マイケルと他の男の名を呼んだだろう。」

  サンダウンの背後に立ち昇っている気配は、普通のならず者ならば裸足で逃げ出すほど恐ろしい。
 マッドも、普段ならたたらを踏むところだった。
  が、今にもマイケルを撃ち殺しそうな、ただならぬ気配を纏わせているサンダウンを見て、マッ
 ドはそのまま安穏とした眠りに陥ろうかな、と考えた。というか、欠伸が出てくる。そんなマッド
 の欠伸を見て、サンダウンはますます目つきを険しくするが。
  マッドには、恐ろしくもなんともない。
  それどころか、小馬鹿にした声で応酬してやらなかっただけでも優しいものだ。単に眠いから、
 これ以上話を続けていたくないというだけの理由からくる、優しさだったが。
  欠伸を噛み殺しながら、マッドは鬼の形相のサンダウンに告げる。

 「犬の名前だよ、そりゃあ……。庭番が駆ってた、もさもさの犬。」

  ふわ、と欠伸混じりにつげる。そして霞んだ視界の向こう側にいる男の姿を見て、そういえば、
 と思い、付け足す。

 「あの犬、あんたに似てたなぁ……。」

  茶色でもさもさで無愛想なところとか。
  もう一度欠伸をして、もぞもぞと居心地の良い場所を見つけてそこに納まる。それを見ていたサ
 ンダウンが、小さく、犬、と呟くのが眠りに落ちるその前に聞こえた。