賞金稼ぎマッド・ドッグが、とある町にふらりと立ち寄った時、ふと新しい賞金首の手配書を仕入
れようと思いついて保安官事務所に立ち寄った。
 手配書は酒場やらあちこちの壁に貼り付けてある事もあるが、そういったものはなかなか更新され
ず、古びて今にも風に吹き飛ばされてしまいそうだったり、色褪せて何が何だか分からなかったりす
る事が多い。
 賞金首もピンからキリまでいて、延々捕まらない賞金首もいれば、すぐにとっ捕まる賞金首もいる。
前者ならば貼られていた手配書が古すぎて賞金額が違っていたりするし、後者ならとっ捕まったは良
いが手配書はそのまんまという何とも紛らわしい事が起こり得る。
 いずれにせよ賞金稼ぎにとっては迷惑な話なので、そういう手配書はすぐにでも張り替えるなり、
引っぺがすなりしてほしいところなのだが、西部中に出回った手配書をいちいち剥していく手間を考
えれば、それは難しいだろうと理解している。
 なので、賞金稼ぎ達はこまめに保安官事務所に足を運び、新しくなった手配書がないかを確認し、
自分で手配書リストなるものを作るのだ。
 賞金稼ぎの中には、そんな七面倒臭い事してられるか、という輩もいるが、マッド・ドッグはしっ
かりと手配書リストを作り、定期的に更新している。何も変わってなくても、古びてしわしわになっ
ていたりする手配書も新しいものに変えるので、マッドの手配書リストはいつも新品のようだった。
意外とまめなマッドは、さほど苦にする事もなく、こうした作業をするのだ。
 ふらふらと保安官事務所に向かい、さて、新しい手配書が増えているか、と思いつつ扉を開ければ、
扉のすぐ向こう側で、なにやら難しい顔をしている一人の男がいた。
 この町には何度か立ち寄った事があり、賞金首を突き出した事もあるから、保安官とは顔馴染みだ。
その顔馴染みの保安官が、うんうんと何か考え込んでいるのだ。





Negative Film





「おい、なんだ?腹でも壊したのか?」

 マッドにも気づかないまま、唸っている保安官に声を掛ければ、ようやく保安官は気が付いたと言
わんばかりに顔を上げた。

「なんだ、お前か。」

 マッドに気づいた保安官は、ぞんざいな言葉を返す。

「人が入ってきた事もに気づかねぇで、その台詞か。」
「煩い。お前こそ手ぶらでなんだ。賞金首を捕まえたんでないのなら、そこにある手配書を持って、
さっさと行け。」

 随分な言葉だが、賞金稼ぎの大半がならず者と紙一重であると考えれば、保安官のこの態度も頷け
る。むしろ、ましなほうだ。
 マッドは保安官が指差した手配書の束にちらりと目をやり、そして再び唸る保安官に視線を戻す。
 保安官の手元に広げられているのも、また、手配書のようなのだが。
 マッドは手配書の束を手に取ると、さっさと保安官の背後に近づき、その手元に広げられた手配書
を覗きこんだ。

「なんだ?あのおっさん。賞金額が上がったのか?」

 手配書に乗っている顔写真を見て、マッドは声を上げる。
 それは、今の今まで延々手配書が更新される事のなかった賞金首の手配書だった。その首に懸けら
れたのは5000ドルという法外な金額。銃の腕は凄惨で、誰にも撃ち取られる事のなかった賞金首であ
り、マッドも追いかけては取り逃がしている男だ。
 サンダウン・キッド。
 生死問わず捕えた者に5000ドルの賞金を与える。そう書かれた手配書に、マッドは顔を顰める。

「……別に金額は変わってねぇじゃねぇか。」
「当たり前だ。これは単純に古くなった手配書を新しくしただけだからな。金額の更新はない。」

 要するに、新しく印刷し直して色褪せたものを貼り直すという事だろう。
 しかし、それならば別に、保安官がうんうんと唸る必要はないはずだ。

「だったらなんで、あんたはそんなに難しい顔をしてやがるんだ?」

 マッドの問いかけに、保安官はますます顔を顰めた。しかしそれは、マッドの問いに怒っていると
言うよりも、どのように答えたら良いのか分からない、という態であった。
 やがて、保安官は武骨な指を手配書の写真に落とす。

「お前、これが、見えるか?」

 こつこつ、と人差し指が写真を叩く。正確には、写真に写る、サンダウンの肩の上あたりを。
 マッドが見れば、そこには鄙びた色の背景があるばかりだ。

「何もねぇじゃねぇか。」
「そうじゃない。ここの染みみたいなものだ。」

 確かに、言われてみれば古びた本の紙のような色の背景の中、じんわりと滲む茶色の染みが、点々
と散っている。

「ああ、確かにな。でも、これがなんだっていうんだ?」

 首を捻るマッドに、保安官は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。

「顔に、見えないか?」
「顔?」

 聞き返すマッドに、保安官は苦々しい顔つきのまま頷き、太い指の先で、茶色い染みを追いかける。
これが、口、これが鼻、これが眼、というふうに。
 保安官の声と指の動きを見つめていると、なるほど、一人の男の顔が浮かび上がってきた。
 だが、マッドには釈然としない。

「言われてみりゃあそうだが、しかし気のせいじゃねぇのか?」

 現に、マッドは言われなくても気が付かなかった。人間は三つ点があれば、それだけで顔と認識で
きるのだ。飛び散った染みが、偶々そう見えたとしても何らおかしくはない。
 しかし、保安官は苦い顔をのままだ。

「濃くなっているんだ。」
「は?」
「だから、」

 保安官は一呼吸おいて、そして一気に言い放った。

「この男の手配書を新しくするたびにこの顔は濃くなっているんだ。」

 真剣そのものの保安官の台詞に、マッドは一瞬虚を突かれたような表情を浮かべた。そんなマッド
に、保安官はなおも言い募る。

「これを見てみろ。お前にも分かるだろう。手配書が新しくなるたびに、この染みだけが徐々に浮か
び上がっている事に。この男の姿は何も変わらない。変わっているのは、この染みだけだ。」
「……印刷の濃淡とかじゃねぇのか。」

 当時、印刷技術は決して高くなかった。白黒の、或いはセピアの色調の中で、それらの濃い薄いは
どうしたって出てくるはずだ。

「この男は変わらない、と言っているだろう。」

 保安官の言葉どおり、写真の中のサンダウンは微塵も変わらない。今の姿と比べて、ではない。色
調が、である。印刷の濃淡は、変わっていないのだ。

「背景だけ、色調が変わるなんてことは、あるのか?」

 保安官の問いかけに、マッドは無言だった。無言で、このおっさんは今も昔も同じ恰好をしてるん
だな、とどうでも良いことを考えていた。