拝啓、名前も知らぬ方へ。
 貴方は私の事を知らないでしょうが、私は貴方がならず者を撃ち殺した様を見ていました。躊躇い
なく銃をホルスターから抜き放ち、粗点を合わせたかどうかも分からぬその隙間に、彼の者の額を撃
ち抜いた瞬間を。
 私は確かに、ふっつりと、貴方の銃弾が命を断ち切る音を聞いたのです。同時に、私の心の中の何
かが、貴方に抉り取られた音も。
 ええ、ええ、貴方は私の心の一番純粋な部分を撃ち抜いていきました。
 もう一度、貴方にお会いする事ができれば。そんな、この荒野の砂の一粒を見つけ出すような願い
抱くばかりです。を


 なんたる僥倖でしょうか。もう一度会い見えることができるなんて。ふらりと場末の酒場に入って
いく姿に、心臓が砕けるかと思いました。まさか、あんな場所に出入りするとは思っていませんでし
たから。
 あのような場所には良くいかれるのでしょうか。貴方のような方が出入りする場所だとは思わなか
ったのですが。 
 ………。
 いえ、その言い方は失礼ですね。貴方が向かっていっていけない場所などこの世にあるはずもない
でしょうから。貴方は如何なる場所にも、その眼差しをくっきりと上げて、淀みなく歩いて行かれる
のでしょう。私が、酒場に入る貴方を見た時も、貴方はそうでした。
 もし、もしもですが、もしも貴方が何かの間違い、或いは神の配剤で私の下に来られる時も、その
ようにしていただけるでしょうか。迷いなく、真っ直ぐに私の下に。
 どうか、そのようであってほしいです。全てにおいて貴方はそうであって、そこに一切の特別はな
いのであっても。


 ああ、もう一度お会いする事が出来ましたね。しかも、今度はすれ違うという、あまりにも間近で。
ただ、近づきすぎて、貴方のお顔をしっかりと見る事が出来なかったのが残念です。それでも、荒野
の砂の匂いに混じって、葉巻の香りがいたしました。貴方のお吸いになっているものの香りでしょう
か。甘く、独特の香りがして、まさに貴方にぴったりの香りでした。
 ただ、その香りに浸る間もなく、背後から銃声が聞こえたのには、少しばかり肝が冷えましたが。
ならず者が貴方の足元に転がっていて、ああ、貴方はとんでもない世界に住んでいるのだな、と胸が
苦しくなりました。
 甘い香りだけで済ませてくれないなんて、貴方も大概、意地が悪い。けれども同時に、貴方らしい、
とも思うのです。貴方の事は未だに良く知りませんが、それでもその横顔から決して人を甘やかすよ
うな人ではないと思うのです。私の、勝手な思い込みでしょうか。
 自分にも、他人にも、厳しさを求める人だと思うのですが……。
 もちろん、私にも厳しくし、そして厳しさを要求されるのでしょうね。ただ、やはり銃弾の飛び交
う中に貴方が立っているというのは私にとっては切ない事なのです。
 どうか、無理をしすぎないようにしてください。


 ようなく、貴方の名前をしる事ができました。有名な方だったのですね。私はそういった事に疎く
て、なかなか貴方に辿り着く事が出来ませんでした。ですが、これからは貴方のお名前を呼ぶ事が出
来るのですね。
 …………。
 ああ、でも、いざ呼ぶとなると恥ずかしいものです。まだしばらくは、名前を呼ぶ事はできそうに
ありません。
 自分の事は臆病なのだと思っていましたが、ここまでだとは思いませんでした。貴方に知られたら
笑われてしまいそうですね。自分でもどうかとは思っているのですが、どうにも治らないのです。
 貴方は何かに怯えたりとか、不安になったりとかはするのでしょうか。いつ見ても自信ありげに振
る舞っているので、私のような臆病者のことは見えないかもしれませんね。
 すみません、少し後ろ向きになってしまいました。こんな姿を貴方に見られると、きっと怒られて
しまうでしょう。貴方に悪く思われたくはありません。
 私の不安や臆病さは、貴方に起因しているのです。いつか、貴方にこのことを知ってもらえれば。


 ……ああ、どうして。


 突然の事で取り乱してしまいました。
 でも、でも、何故?あの人は、貴方のなんなのでしょうか?とても親し気にしていましたが。貴方
が有名な人であることは知っています。貴方と飲みたいという人はいくらでもいるでしょう。実際に
貴方が酒場にいる時に、貴方に親し気に話しかける人は大勢いました。
 ……その中に私は一度として入り込めませんでした。
 ええ、それでも良かったのです。良かったのです。だって、誰も彼も、貴方に話しかけるだけでし
たから。
 でも。
 あの、男は。
 貴方から、話しかけましたよね?
 酒場のマスターでも、店の店員でも、何でもないにもかかわらず。貴方が話しかける必要性など何
処にもないのに。
 何故ですか?何故貴方がわざわざ話しかけたのですか?
 どうして、どうして…………。
 私が、見ている事を、知っていて……?
 なんて、酷い。


 ……………。


 今夜、貴方に、会いに行く。





 マッドが、焚火の前で何かをぺらぺらと捲っていた。
 愛馬を背にして酒を片手に読み込んでいる姿に、サンダウンは頭上からそれを覗き込む。夜に落ち
た影は、マッドの手元を完全に黒で塗りつぶし、マッドは顔を顰めた。

「何の用だ、ヒゲ。」

 いつもなら嬉々としてこちらに銃を向けてくる賞金稼ぎは、鬱陶しそうにサンダウンの影を払おう
とする。そんな事をしたところで、サンダウンがそこを動かない限り、影は晴れないのだが。
 サンダウンは無言でマッドを見下ろし続ける。
 そんな無言の応酬など意味がないと判断したのか、マッドはぱたりと読んでいたものを閉じる。そ
してサンダウンを見上げ、

「ただの、付き纏いの、手記さ。」
「……お前の事か。」
「撃ち殺すぞ、おっさん。付き纏われたくないんならその首にかかってる賞金をどうにかしな。」

 ぎろりと睨み上げ、マッドは手記だと言ったそれを、ぽいと焚火の中に放り込んだ。一瞬、炎が赤
さを増したが、すぐに萎んで灰になった。