最近、夜が寒い。
  ので、厳重に毛布に包まって眠るようにしている。温かい毛布の中でうつらうつらしている瞬間
 は、至福以外の何物でもない。多分、女を抱いている時よりも、酒を飲んでいる時よりも、幸せだ。
  その一方で、稀に出会う事のある薄汚いおっさんがいる。賞金首であるこのおっさんは、確かに
 自分が追いかけている賞金首ではあるのだけれど、薄汚過ぎて稀に挫けそうになる。それでも気を
 確かにして、決闘を申し込むのだが、決闘の後で薄汚いポンチョで包まれる事がある。そしてその
 まま夜を明かすのだが、これは何かの――決闘に負けた事に対する――罰ゲームなのだろうか。
  ポンチョとむさ苦しい図体のでかいおっさんに包まれているのは、それはそれで温かいのだが、
 なんとなく精神的なダメージが大きい。間違っても至福ではない。
  そもそも、決闘の際に銃を弾き飛ばされたマッドが、腕を抑えて蹲っているところにいそいそと
 近寄ってきて、ばさあっとポンチョを広げて包み込むのは、何故だ。マッドを抱き枕にしたいのか、
 湯たんぽにしたいのか、どちらだ。
  しかし問い掛けたところで返事はない事は分かっているので、今日も一応は抵抗してみるものの、
 やっぱり、ばさあっとポンチョを広げられ、微妙な身長差の所為で抑え込まれて包み込まれる。




  滑空する動物について





  しかし、何かに似ている。
  マッドは首を傾げて考え込んでいた。
  サンダウンにポンチョを広げられて、そのまま包み込まれる事には、もう馴れた。人間は適応す
 る動物だ。それにマッドは人一倍、変化というものに慣れている。マッドに向かって、賞金稼ぎ仲
 間がストリップを請おうが、保安官がポールダンスを請おうが、マッドは気にしない。というか、
 既にそれらは経験済みだ。
  だから、孤高の5000ドルの賞金首が、マッドをポンチョに包む事だって、まあそれなりに有り得
 ない話ではない。
  大体、マッドはマッド自身を求められている事に、最初から慣れていた。
  ただ、大抵の事には抵抗できるマッドが、唯一圧倒的な力の差を以て抵抗できないのがサンダウ
 ンであり、それはマッドにしては初めて抵抗を挫かれた事だった。
  サンダウンがマッドをポンチョで包む事を止める術が、マッドにはないのだ。
  だから、マッドは抵抗しても最終的にはサンダウンに包まれて、そのまま夜を明かす。その度に、
 サンダウンのポンチョが、ばさあっと翻るのを眼にするわけなのだが。
  大きくポンチョを広げてマッドに覆い被さる、サンダウンのシルエット。
  何度も見てきたその形は、何かに似ている。
  しかし、それが何なのか、マッドには思い出せなかった。何かに似ているのは確かだ。それはい
 つだったか、実際に目撃したのかそれとも本か何かで見たのかは分からないが、マッドの視界を掠
 め去った。
  が、思い出せない。
  物だったのか、それとも動物だったのか。食べ物なのか、服なのか、獣なのか、鳥なのか。肝心
 のところがさっぱり分からない。すっぽりと、その部分だけが綺麗さっぱりと抜け落ちている。
  はっきりしないのは、マッドの好むところではない。
  ありとあらゆる物事に、白黒はっきりつけたいというわけではないのだが、世界が曖昧であるな
 ら曖昧である以上、マッド自身だけは自分の中でだけでも、一つ何か芯の通った部分がほしかった。
 だからマッドは、物事はきっぱりと結論を付けるし、ぐだぐだと話を長引かせて物事をあやふやに
 する事はない。あやふやにする事に何らかの意味がない限りは、マッドは余計な躊躇いや話などは
 切り捨ててきた。
  そんな性分だから、自分の前でばさあっとポンチョを広げるサンダウンが、一体何に似ているの
 かを思い出せない自分が、非常に腹立たしい。
  そんなマッドを置き去りにして、飄々とした顔つきで何も考えていないような表情で、サンダウ
 ンはマッドを包みこむ。ふさふさの収まりの悪い髭と髪は鬣のようだが、しかしライオンや馬だと
 は思わない。広げるポンチョは鳥のようだと思うけれど、まるきり鳥だとは思わない。
  ポンチョをばさあっと広げるサンダウンのシルエットは、疾走するものでも跳躍するものでも、
 飛翔するものでもなかった。
  じゃあなんなんだ。
  首を傾げるマッドに、後ろからその身体を抱き込んだサンダウンは、ふんふんとその黒い髪の毛
 に鼻先を突っ込んでいる。犬のような仕草ではあるが、生憎とサンダウンは犬なんていう可愛げの
 ある生物では有り得なかった。
  尤も、身体を包み込むポンチョは、非常に獣臭いが。
  一体、いつ洗ったのか。
  何度荒野で出会っても、いつも同じポンチョと服を着ているような気がする男に、マッドは嫌な
 汗が流れた。まさか、同じ服を何着も持っているなんて、都合の良い期待はあるまい。だとすれば
 考えられる事は一つだ。 
  ずぅぅうっと同じ服を着ている。それしか有り得ない。
  サンダウンがポンチョを広げた時のシルエットから、マッドの思考は徐々に、サンダウンのポン
 チョが何故獣臭いのかに変わり、最終的には一体いつサンダウンがポンチョを洗ったのか、に行き
 つく。
  そしてそうなってくると気になるのは、そのいつ洗ったとも知れないポンチョに包み込まれてい
 る自分の存在についてである。
  むしろ、今すぐに此処から逃げ出せ、俺。
 近付き過ぎた真実に、ぎゃーっと叫んでサンダウンを振り解こうとすると、サンダウンが何事か
と驚いた顔をした。ついさっきまで大人しくポンチョに包まれていた賞金稼ぎが、突然奇声を発し
ながら逃げ始めたのだから、驚いて当然である。
 だから、サンダウンとしてはマッドを落ちつかせる為に、更に力を込めて至極当然のようにマッ
ドを抑え込もうとした。
  が、勿論それは逆効果である。
  じたばたと暴れるマッドを、無理やり抑え込もうとするサンダウンの姿は、青年に暴行を加えよ
 うとしているおっさん以外の何物でもなかった。




    後日。
  夜の闇を裂くように木から木へと滑空する姿を、マッドは目撃した。
  前脚と後脚の間に伸びる皮膜が、ばさあっと大きく広がって、木の上から、別の木の下方へと飛
 び移っていく。

  ――あれだ。

  マッドは、ようやくあの日流してしまった問題の解答を見つけた。





 「あんたは、ももんがに似てるな。」

  その夜。
  ばさあっとポンチョを広げたサンダウンに、マッドはそう告げた。
  唐突にももんが呼ばわりされた男は、本気で怪訝な顔をした。