マッドは、カウボーイが満面の笑みを浮かべて連れてきた牛を見て、顔を顰めた。




 Fluffy asscow





 マッドは賞金稼ぎである。賞金の懸けられた犯罪者を捕える、または撃ち落す事で生計を立ててい
る。西部に来てからそうやって生きてきた所為か、マッドは掛け値なしに西部一の賞金稼ぎの名を不
動のものとしている。
 マッドが獲物とするのは、ほとんどが高額の賞金稼ぎだ。法律の名の下に賞金を懸けられた凶悪犯
を追いかける事もあれば、復讐心に駆られた残された者が積み上げる金を拾い上げる事もある。そし
て時には、気紛れのように普段なら歯牙にもかけぬ小物を打ち取る事もある。
 カウボーイからの依頼も、そういった小物狙いの仕事だった。
 酒場でグラスを弄びながら葉巻を燻らせ、アルコールと紫煙の匂いを楽しんでいたマッドのもとに、
カウボーイ達が泣きついてきたのは、とある日の夕刻だ。
 ならず者達に牛を奪われた、と、文字通り跪いて泣きついたのだ。
 むさ苦しいおっさん達に土下座されて、マッドは少々機嫌を悪くした。これが美女であったなら、
女好きの本性がくるくると舞い上がりもしようが、生憎とおっさんに興味がないマッドは、おっさん
に土下座をされて、放っておけば膝に縋り付いてそこで泣きだされかねない様子に、薄らと危機感さ
え覚えた。
 俺達の牛が、宝が!と泣き叫ぶ男どもは、マッドが危機感を覚えてもおかしくはない迫力を持って
いた。
 それに、酒場でおいおいと泣き叫ぶ男達に絡まれているマッドは、嫌な意味での注目を集めていた。
注目されて、そのど真ん中で踊ってみせる事が好きなマッドでも、こんな意味での注目は嫌だ。
 なので、マッドはならず者から牛を奪い返すという、賞金稼ぎが請け負わないとは言えないが、少
なくともマッドは請け負わないであろう仕事をする事になったのである。
 牛を奪ったならず者など、はっきり言ってマッドには赤子に等しい。マッドは年がら年中凶悪犯を
追いかけて、嬉々としてその首を刈り取っていく男である。しかも凶悪犯であればあるほど、一人で
立ち向かいたがるという、妙な癖を持っている。だから、牛泥棒など小物中の小物である。例え相手
が牛を従えて突進してきても、マッドはそこに突進し返すだろう。
 そんなわけで、マッドにしては物足りない仕事は、すぐに終わった。頼まれたのは夕刻だったが、
薄皮一枚ほどの太陽の光が顔を荒野に沈めていく間に、マッドは牛泥棒を撃ち落した。むしろ、群れ
る牛を集めて連れて帰る方が時間がかかった。
 カウボーイ達の牛は、もうもうと鳴き、一体どの牛が鳴いているのかも分からぬほど、大勢いた。
カウボーイがいるのだから、当然と言えば当然なのだが、夥しい量の牛を連れて帰るなど、マッドに
してみれば初めての事ではあった。マッドは賞金稼ぎであってカウボーイではないのだ。
 さて、そんな群れる牛の一匹一匹などマッドは見ていられない。一匹足りないとかそういう事をカ
ウボーイが喚いても、マッドには関係ない事である。マッドの仕事はならず者を打ち取る事である。
牛を連れて帰る事は、本来仕事には含まれていない。ただのサービスである。
 ただ、幸いにして牛は前頭いたようである。
 牛を連れて帰ったマッドに、カウボーイ達が歓声、もとい雄叫びを上げた。うおーと叫ぶ男達の野
太い声に、マッドはけれども嬉しくない。こちらに抱き付いてきそうな様相の男達を、もしも本当に
抱き付いてきたら躱してやろうと身構えていた。
 身構えるマッドを前に、男達が一際大きな歓声を上げた。波のように大きくなる歓声に、何事かと
思っていると、本当にカウボーイの一人が抱き着いてきた。勿論、躱すマッド。躱されたカウボーイ
はそのまま地面と抱き付く事になった。
 騒ぐ男達の声を聞いていると、どうやら牛の中に一頭、一番大切にしていた牛がいたようである。
一番大切な牛というものがどういうものなのか、マッドにはさっぱり想像できなかったが、とにかく
それが無事であった事を、カウボーイ達は喜び、雄叫びを上げたようである。
 そして、冒頭に戻る。
 嬉々としたカウボーイ達は、一番大切な牛とやらをマッドに、頼んでもいないのに見せてくれた。
 その瞬間、マッドは微妙な顔をした。
 別に、脚が八本だったとか、ユニコーンのような角を持っていたわけでもない。一見すれば、普通
の牛である。
 ただ、妙にもこもこしているだけで。
 そう、毛深いのだ。毛が長い、というか、毛深い。普通、牛というのは毛は短いものである。毛が
長いものもいるにはいるが、それらはだらりと毛を垂れ流しているのである。が、目の前の牛は、毛
は特に長くない。毛深いのだ。特に、脚を見れば顕著である。
 牛の脚というのは、すらり、というのは少し表現が違うが、馬のような脚をしている。少なくとも、
短い毛に覆われており、どちらかといえば細めである。だが、目の前の牛は、足が太く見える。毛深
い所為で、足が太く見えるのだ。
 なるほど、確かに毛深い牛というのは珍しいだろう。
 だが、そんなものを嬉々として連れて来られても、マッドも困る。マッドは別に牛に興味はない。
あと、毛深い物体にも。ふかふかしたものは好きだが、毛深いものは宜しくない。マッドは、どちら
かと言えば毛足が短い方が好きである。毛布もふかふかだが、毛足は短めのほうが好きだし、今現在
お気に入りの枕も、毛足は短い。
 もともと、マッドは毛深かったり、毛が長いものは好きではない。女の髪は仕方ないにしても、男
の髭は、きちんと短く刈っているほうが好ましい。もじゃもじゃと生えっぱなしにしているのは見栄
えも悪い。そういえば、これまで好きになる家具も、毛足の長いものは避けてきた。先に上げた寝具
がその良い例だ。服も、ファーが付いたものはあまり着ない。

「…………それで。」

 サンダウンは、唐突にそんな事を言い始めた賞金稼ぎに、何が言いたいのか、と促す。
 すると、マッドは米神をひくつかせた。

「まさか、本当に分からねぇとか言ってんのか。ああ?毛深い人間の代名詞みたいな恰好してやがる
 のに、自分の毛深さを知らねぇとかねぇだろう。」

 サンダウンの伸び放題の髭と髪を指さして、マッドは極め付ける。
 あの牛は毛深かったが、もふもふという言葉で済んだ。しかしサンダウンは違う。もさもさなので
ある。長い放浪生活によって、髪も髭も、もぞもぞしているのだ。その中に蚤がいると言われても、
信じるだろう。

  「あんたの中身にまでは追求しねぇよ。胸毛も腹毛も、見えねぇ分には俺には関係ねぇ話だ。ああ、
 これで服脱いでうろつき回ってたら、毛深い云々以前に公共の風俗を乱したって理由でこの場で撃
 ち落してやるけどな。」

 見た事もないサンダウンの胸毛と腹毛について、薄らと言及したマッドに、サンダウンは誰にも分
からない程度に微妙な顔をした。

「だがな、眼に見えてる髭と髪はどうにかしろよ。そのもさもさ。猫とかに毛が長い奴がいるけど、
 あいつらだって手入れしねぇと毛玉が出来るんだよ。それともあんた、毛玉になりたいってのか。」
「………お前には関係ないだろう。」
「毛玉を追いかける俺の身にもなれってんだ!」

 既にサンダウンを毛玉扱いしているマッドに、サンダウンは面倒臭くなったのか、そっぽを向く。
そしてぽつりと、零した。

「………髭が生えないからといって、妙な言いがかりをつけるな。」
「やかましいわ!」

 マッドが吠える。

「てめぇの毛玉みたいな髭に、どれだけの価値があるってんだ!それともてめぇの賞金五千ドルは髭
 にかかってるって言うんか、ああ!?腹毛も胸毛も全部毟って、つるつるにしてやるぞ、てめぇ!」

 髭はおろか、胸毛も腹毛も、産毛さえ生えていないような黒い賞金稼ぎが、白い頬を紅潮させる。
やっぱり髭一本、髭の剃り跡さえない頬に、サンダウンは神秘の一欠片を見たような気がして、遠い
眼をした。

「………言っておくが、髭と髪を手入れしても、ふかふかにはならんぞ。」
「当たる前だろうが。てめぇ一体何を言ってやがる。俺がいつ、あんたにふかふかになれって言った
 よ。」

 そこまであんたに求めてねぇ。
 そこに至るまでには、随分と沢山のハードルがあるサンダウンを見て、マッドは言った。