マッドは、背後に荒野を体現したかのような男を引き連れ、人気のなくなった街の中を徘徊して
 いた。
  いつ、どんな状況で、事件が起こったかは理解した。
  しかし、何が起きたのか、までは把握出来ていない。
  少女の生首だけが残っていた理由も。
  その理由を求め、マッドは生きる者の気配のない町の中を、ゆっくりと探しているのだ。その背
 中を、マッドが暇つぶしの為にこの町に来させた理由である賞金首サンダウン・キッドが、無言で
 見ている。
  マッドが時折立ち止まって、家の中を覗きこんだりしている背後で、サンダウンはまるで何もか
 もを了解したかのような静かな気配だけを湛えて、マッドの様子を見ていた。マッドについて行く
 気配も、澱みない。

 「あんたも、この町の噂でも聞いてやってきたのか?」

  振り返りもしないまま、マッドは地面に散らばった洗濯物を検分しながらサンダウンに問いかけ
 た。それに対して、サンダウンからの返事はない。
  だが、マッドのサンダウンの返答など求めていなかったのか、勝手に一人で口を開き続けている。

 「でも、あんたが噂話に乗っかるなんて、天地が引っくり返らねぇ限り、起こりそうにもねぇしな。
  この町に、そこまでの魅力があるようにも見えねぇ。なんせ、昔はともかく今はならず者が蔓延
  ってるような町だ。まあ、そこなら身を隠せるとか思ったのかもしれねぇねど。」

  そして、ふん、と鼻先で嗤う。

 「けど、もしもそう考えてたってんなら、この町の人間も良い迷惑だろうな。あんたがいるならず
  者の町なんて、俺にとっちゃ恰好の狩場にしかならねぇよ。」

     尤も、マッドの狩場となる前にこの町は無人と化し、そしてこうしてマッドはサンダウンと廻り
 逢ったわけだが。
  マッドとサンダウン、どちらが強運に恵まれているのかは、わざわざ口にする必要もなかった。
  やがてマッドは、ふらふらと歩いているうちに、一際頑強そうに見える建物を見つけ出していた。
 それが保安官事務所である事は、明白であった。一見すると古びた建物に見えるが、中を覗き込ん
 でマッドは苦笑いする。

 「この町の保安官は、随分と良い趣味をしてやがる。」 

  ちらりと見えたのは、赤い絨毯に鹿の剥製。まるで古臭い金持ちの家の中を模したかのような事
 務所内に、マッドはこの町の保安官はやはりならず者と癒着していたのだと思う。 
  勿論、事務所に私物を置く保安官は多い。基本的に事務所に寝泊りする事が多い為、娯楽用品を
 持ち込み、暇を潰したりする事だってある。または、事務所で有力者への接客をする事もある為、
 それなりに高価な日用品を置いている。
  だが、それでも、ものには限度というものがあるのだ。
  華美な装飾は事務所には似つかわしくないし、そもそも犯罪者を留置する為の場所でもあるのだ
 から、厳めしいのはともかく華々しいのはどうかとも思う。
  けれどもそれをしてしまうのは、保安官が事務所を犯罪者の為にしてしまっているからに他なら
 ない。ならず者に取り入る為に、或いは己の欲望の為に、事務所をけばけばしく彩るのだ。
  そして開いたドアの先にあった事務所の中には、けばけばしい装飾品以外の値打ちものは何一つ
 としてない。
  それはそうだ。この町の犯罪録は、隣町の保安官が少女の生首と一緒に数少ない貴重品として持
 ち去っている。それは助手の手の中で丁寧に保管されている事だろう。
  つまり、この事務所の中には、見るべきものは基本的にはないはずだった。

 「だから、探す物なんか特にねぇんだけどな。」
  念の為、とだけマッドは言ってから、事務所の中を漁り始める。その様子を、サンダウンはやは
 り無言で見ているだけだった。ただ、微かにマッドの手の動きを注視している趣がある。
  そして不意に、マッドが声を上げた。

 「あ。」

  直後に、ぽそりと音がした。
  赤い絨毯の上に転がったので、甲高い音は響かない。跳ねる事もない。ただ、低い音を立てて転
 がるだけだ。小さく煌めいた事だけを除いては。
  掌に収まってしまう銀の煌めきを、マッドは繊細な指先で拾い上げる。 

 「ふん。事務所の取り出しやすい机の引き出しに仕舞っておくって事は、いつでも都合の良い時に
  これを使ってたって事だろうな。」

  銀に煌めく星――保安官バッジを手の中で転がしながら、マッドは嗤う。
  恐らく、ただただ権力を誇示する為に、或いは弱者を言いなりにする為だけに使用されたであろ
 う正義の御印。それをマッドは憐れむように見下ろし、机の上に置いた。きらりと煌めいた印に、
 けれどもマッドはそれ以上の手は出さない。 
  マッドは決して、正義の御旗の下にいるわけではないからだ。こんな物を胸に付ける趣味はない。

 「とりあえず、此処には何もねえな。」

  形骸化した、銀の星以外は。 
  マッドは薄く笑って踵を返す。その様子を、サンダウンはやはり無言で見ていた。口を出す必要
 も、何処にもなかった。
  そんな事よりも、とマッドは踵を返してそのまま歩き始めながら、もう一度問いかける。

 「あんた、何しに此処に来たんだ?まあ、ならず者の町に逃げ込もうってのは冗談として。どうせ
  この俺様から逃げられるってわけでもねぇんだし。やっぱりあれか。偶々町を見つけて、それで
  来たのか?」

  しかし残念な事に、補給できる物は何もなく、代わりにいたのは賞金稼ぎだったわけだが。
 やはり、マッドとサンダウンでは持って生まれた星が違うのだろう。
  
 「それとも、この町に知り合いでもいたのか?だったら、話は早いんだけどな。何せ、この町の
  人間は、全員消えちまったんだから。んで、唯一残ってたのは女のガキの生首だけだ。でも、
  町中の人間がいねぇから、身元も分からねぇ。」
  
  どんなガキかっていうと、とマッドがようやくサンダウンを振り返った。

 「茶色の髪のガキだ。顔は不もなく不可もなく。身体がねぇから年齢の判断は確かじゃねぇが、
  十歳を超えたかどうかじゃねぇか?」

  ちょうど、少女から女に変わる兆しが見え始める時期。
  しかし、それだけでは誰も誰だか判断はつけられないだろう。
  そして、マッドの問い掛けが真実を得ているかどうかはともかくとして、サンダウンは一切の顔
 色も表情も変えず、ただただ青い眼が凪いでいた。