平凡な、しかし首から下がごっそりと抜け落ちている少女の顔からは、全くと言っていいほど苦
 痛の表情は見られなかった。
  首が食い千切られているのだという情報を聞いていただけに、少女の眠っているような顔は、い
 っそ不気味にさえ思えた。阿片か何かをやっていて、それで痛みがない間に首を噛みきられたので
 はないか。そんな憶測さえ飛び交いそうな表情だった。
  マッドは少女の写真をまじまじと見た後で、それを嫌々ながらも差し出した保安官助手の顔を見
 た。
  保安官助手というのは、未だに正義とやらを信じている若者がなる場合があり、それ故に賞金稼
 ぎという命を食い物にしている輩を厭う場合がある。どうやら、この保安官助手もその性質を持っ
 ているようだった。 
  ただ、その一方で保安官が行方不明になった所為で、藁にでも縋りたい気分にもなっているのだ
 ろう。突如として現れた賞金稼ぎに、渋々ながらも少女の写真を見せた保安官助手は、とにかく何
 でもいいから情報が欲しかったに違いない。
  少女の写真にもう一度眼を下したマッドは、ゆっくりとした口調で問いかけた。

 「このガキの身元は、分かってねぇんだな?」
 「当たり前だろう。街中の人間が丸ごといなくなったんだ。身元の確認だってできやしない。」

  ぶっきらぼうな口調の保安官助手に、マッドは苦笑いしそうになりながら言った。

 「こっちの町には、その町と交流のあった人間はいねぇのか?そいつなら、何か知ってるかもしれ
  ねぇだろ?」

  すると、助手はふるふると首を横に振る。

 「最近じゃ、駅馬車以外にはあんまり交流はないんだ。あちらは治安が悪いから。」

  こちらに知り合いがいる者はほとんどこちらに移ってきているし、こちらから向こうの町に行く
 事も、ほとんどない。辛うじて駅馬車を使う旅人だけが行き交うだけなのだ。しかしそれでも、凶
 行があれば、今回のように旅人を通じて状況を知る事が出来る。

 「何年か前までは、治安が良かった頃は交流があったんだけどな。それ以降はさっぱりだ。だから、
  この子が誰なのか知っていても、分かる事はないんじゃないか。」

  月日の流れは冷酷だ。少女を知る人物がいても、この写真を見て自分の知る少女であると分かる
 かどうかは微妙なところだ。特に、女は一瞬で姿形を変えてしまう。たった一年で、まるっきり別
 人かと思うような変貌を遂げる事さえあるのだ。

 「その後、町には行かなかったのか?」
 「一度行った時に、天井裏まで探したんだぞ。それで見つけられたものといえば、子供生首一つだ
  けだ。あれ以上、探す物なんてないさ。」
 「保安官事務所は?一応、あるんだろ?そこには何も残ってなかったのか?」

    いくら治安が悪くても、保安官事務所はあるだろう。そこになら、例えば過去の犯罪履歴だとか
 は残っているのではないだろうか。勿論、その精度、及び信憑性には欠けるかもしれないが。
  すると、案の定、保安官助手は首を竦めた。

 「資料は勿論残っていた。だが、過去の捜査資料とかばかりだったさ。今回の事件に関係のありそ
  うなものはない。」

  そう言ってから保安官助手は何かを思いついたように顔を顰めた。

 「言っておくが、その資料は見せられないからな。関係者以外に保安官の資料を見せるなんて、と
  んでもない事だ。」
 「分かってるさ。」

  少女の生首の写真を見せた時点で、既にその発言に反してるのだが、マッドはそれを指摘するほ
 ど愚かではない。
  しかし、その後誰も町に行っていないのだとすれば、もしかしたらゴースト・タウンと化した町
 には、ならず者連中がこれ幸いにと屯している可能性もある。

 「ってか、駅馬車は、あれ以降はそこを通ってねぇのか?」
 「ああ。もともと駅馬車自体、それほどまで通ってたわけじゃないんだが、あの事件が起きて以降
  はさっぱりだな。行きたがる奴も、そうはいまい。」

     治安が悪かった上に、今回の奇怪な事件。もはや誰も訪れようとしないのだろう。
  ただ、その一般人の感性が、ならず者にもあるかどうかは分からない。
  マッドは頷いて、これ以上聞く事はないと踵を返そうとしたが、ふと立ち止まる。

 「そういや、生首は見つかったのか?」

  保安官がいなくなった後のごたごたが一段落してから確認してみたら、なくなっていたという少
 女の生首。
  しかし、助手は首を横に振っただけだった。

 「箱に鍵とかは掛けてなかったのかよ。」
 「箱に鍵はない。ただ、保管していた部屋には、いつも保安官が鍵を掛けていた。」

  あそこの、と扉を指で差す。

 「資料の保管室に、一緒に置いていたんだ。あの場所なら、鍵も頑丈だからな。」

  言ってから、助手は奇妙な表情を見せた。

 「ただ、保安官がいなくなった朝、そこの扉は開いていたな……。まあ、この事務所自体に鍵が掛
  かっていたから、大した事じゃないのかもしれないが……。」
 「まあ、それに保安官が持ってた事務所の鍵は、なんでか知らねぇが事務所の中にあったんだしな。
  同じように鍵を持ってたお前以外は、事務所に入る事もできねぇよ。」
 「俺を疑ってるのか?」
 「そうじゃねぇよ。大体、お前が事務所には入れたって、保管庫の鍵は保安官だけが持ってるんだ
  から、お前にはどうする事も出来ないだろうが。」

  勿論、助手が保安官に何かをしたという考えもあるが、しかしそれならば保安官を何処にやった
 のかという疑問が付きまとう。争う声も誰も聞いておらず、且つ銃声も轟いていない。まして、死
 体を短時間で隠しおおせ、その後長時間隠しておく事など、小説でもなければ不可能だ。
  マッドは今にも憤りそうな保安官助手をその場に残し、保安官事務所を辞した。



  そして、マッドはディオに荒野を駆けさせている。
  隣町と一言で言ってしまっても、西部開拓時代の隣町、はそれこそ馬で走って一日二日かかるく
 らい離れている。今回の場合も、そうだった。
  とりあえず、様々な奇妙な出来事が折り重なっている町には、日も暮れかけた今から行けば半日、
 ちょうど明け方に到着しそうであった。
  ただ、やはりディオの脚は重い。
  確かに、意気揚々と向かうには、その町は不気味すぎた。
  町の住人が悉く消え失せただけではなく、それを担当していた保安官まで消えたというのは、オ
 カルティックな匂いがしなくもない。
  それに加えてディオまで行きたがらないとなると、やはりそれなりの何かがあるのかな、と思う。
  だが、とマッドは嗤う。
  そもそも馬から人間、そして馬に戻ったディオが一番の怪奇現象なのだ。ならば、何を恐れるの
 かと思う。

 「それとも、まさか怖気づいたってのか?」

  脚の鈍いディオに、嘲笑うように告げればディオは心外そうに鼻を鳴らし、カポカポと走り始め
 た。