サンダウンは、自分よりも高い位置で不敵な笑みを浮かべる男を、しばし驚愕の面持ちで見上げ
 た。
  自分の腹の上で馬乗りになった男は、僅かに見開かれたサンダウンの瞳に、満足げに更に笑みを
 深くし、その黒い瞳に妖しい光を灯してサンダウンを見つめる。
  サンダウンよりも遥かに繊細で端正な白い指先は、まるで川に浸った時に悪戯に通り過ぎていく
 魚の腹のように、サンダウンの首筋をなぞっていった。そしてその指先は、サンダウンの喉仏の下
 で硬く閉じられているシャツのボタンを見つけると、その中にある肌に触れようと、ひらひらと花
 弁のように閃いた。




  Up side Down





  真夜中、ふらふらと風に揺らされるような笑みを浮かべて現れたマッドは、サンダウンの鋭い眼
 差しをものともせず、近くに寄ってきた。
  特に殺気も放たず気配も隠さず寄って来る様子は、いつもと変わらない。
  しかし、浮かべている笑みが、常日頃サンダウンが見ている皮肉な笑みではなく、どこか曖昧で
 掴みどころのないものだったので、サンダウンは顔を顰めた。
  どこか夢見心地な瞳に、赤く弧を描いた唇。
  今夜は月夜だ。
  眦の曲線から、喉仏の凹凸に至るまでがくっきりと濃い陰影を描いて、白と黒の鮮やかな対比を
 生み出している。

 「よお、キッド。あんたも一人か。」

  ほろりと零された言葉にからかいの口調はなく、かといって抑揚のない平坦な声ではない。ふわ
 りと漂うような笑みがあり、そこかしこに、やはり掴みどころのない熱が籠っている。
  ほんのりと朱を刷いた頬に、酔っているのだろうかとサンダウンは思った。
  けれども足取りもしっかりしているし、何よりも夢見心地の瞳は、それでも微かな打算の色を浮
 かべている。

 「しけた奴だな、こんな夜に一人だなんて。相手してくれる女がいねぇのか、それとも捜す気が起
  こらねぇくらい誰かの事を想ってるのか。」

  ひらりひらり。
  黒い蝶のように影を揺らしながら近づくマッドは、うっとりと首を傾げる。その白い首筋が描い
 た曲線に、月の光が舐めるように落ちる。黒い髪の縁も、月光を捕まえて震えている。
  さくさくと貝殻の欠片を踏みしめるような音を立てて、マッドはサンダウンに近付くと跪いた。

 「それで………。」

  月の所為か、やたらと白味を帯びた手が広げられ、サンダウンの頬を包む。
  傾げた首の艶めかしさに眼を奪われていると、マッドの唇が開き、ちろりと赤い舌を焦らすよう
 に僅かに見せた。
  ふわりと漂う甘い香り。 

 「どうなんだ、実際のところ?特定の相手がいるのか、いねぇのか。」

  とろりとした独特の香りは重く下へと向かう。それはサンダウンの口元で留まり、酷く纏わりつ
 いた。
  ちろりちろり。
  マッドの舌が見え隠れするたびに、その芳香は濃度を増していくようだ。

 「いねぇんなら、俺の相手をしてくれねぇか?」

  とん、とサンダウンの米神を、まるで撃ち抜くように軽く叩いたのは、白い人差し指。
  細く長い脚は、サンダウンの脚の間に割り込んで、膝でサンダウンの腿を押え込む。
  これ以上ないくらいで間近で感じる熱と黒い瞳に、何の真似だと呟けば、マッドの白い指が喉仏
 を擽った。

 「だから言ってるだろ?相手をしてくれって。」

  夢見心地の瞳に宿った打算の光は、けれども妥協が一つとしてない。それは悪戯でもなんでもな
 い事を示している。
  サンダウンが眉を顰めている間にも、マッドはサンダウンの砂色の髪に片手を差し込み、もう一
 方の指で器用にサンダウンのシャツのボタンを外していく。
  それと同時進行で、唇でサンダウンの瞼を柔らかく食むと、小さく吐息を吹きかけるように呟く。

 「あんたは、黙ってそこで寝てるだけでいい。俺が勝手に動くから。」

  言いながら、サンダウンの意見など全く聞かずに砂色の髪を掻き混ぜて、するすると自分もジャ
 ケットを脱ぎ始めた。
  まず片手を脱ぐと、その手で首を絞めていた赤いタイを一息に解く。無防備になった首筋は、更
 にボタンが外されて、もはや守るものは何もない。
  一つ一つとボタンが外されていくたびに広がっていく白い肌の面積に、サンダウンが眼を奪われ
 ている間も、マッドはサンダウンの顔を口付けを落としていく。
  頬に唇を這わせ、空いている手で首筋を辿って、中断されていたサンダウンのシャツを攻略にか
 かる。
  その時にはマッドの前は全て開け放たれて、もどかしげに袖を落としている。

  ほとり、と袖が全て脱げて邪魔になるものがなくなると、マッドはいよいよ本格的にサンダウン
 の身体に乗り上げた。
  サンダウンが呆気に取られて見上げているうちに、圧し掛かって口付け、舌を絡め取る。
  その隙に、手は投げ出されたままの下半身へと伸びて、ホルスターの付いたままのベルトへと到
 着した。
  それには今は関わらずに通り過ぎ、ゆるゆると太腿の付け根をなぞり始め、そして口付けを解く
 と、マッドは唾液の付いた唇をぺろりと舌先で舐めると薄く微笑んだ。

 「嬉しいねぇ………感じてくれてんのか。」

  口付けと僅かな愛撫だけで形を変え始めたサンダウン自身の様子に、マッドはうっとりと首を傾
 げると喉仏に浅く噛みつく。
  息を呑んだサンダウンに彼は喉の奥だけで笑うと、そのままするすると唇を下へ下へと移動させ
 ていく。
  時に舌で舐め上げ、時には噛みつきながら、指先で愛撫を繰り返し。
  ずるずるとずり下がって行くマッドの身体は、そうこうしている内に白く伸びた背中を見せて、
 そこに芸術的でさえある陰影を描く。それはマッドが動くたびに、悩ましい曲線を揺らした。
  人の手では描ききれないだろう色合いにサンダウンが言葉を失っていると、マッドは今度こそサ
 ンダウンのベルトに手を掛けた。そして、既に硬く張り詰めているサンダウンの欲望を引き摺り出
 すと、上目遣いに見上げ、とろっとした笑みを浮かべる。

 「なあ、咥えて良いか、ってか咥えるぞ。」

  またもやサンダウンの返事も待たずに、マッドは赤い舌を一瞬覗かせると、躊躇いもなく一口で
 それを咥え込んだ。
  眼を見開くサンダウンの視線など気にもせず、舌で舐め上げ、根元まで咥え、歯先で軽く擦り、
 確実に追い上げて行く。
  男同士の的確さでサンダウンを追い詰めるマッドは、口元に淡い笑みを湛えて、焦らすような愛
 撫を続けたかと思うと、強く吸い上げたりして肉食獣が小動物を弄ぶような残酷さを見せる。
  白い指でも遊ぶように根元を締め上げたり、思う存分好き勝手にして、勝ち誇るようにサンダウ
 ンを見上げた。

  その時。

  サンダウンの大きな手が、マッドの黒髪を押さえつけた。
  今まで楽しそうにサンダウンの反応を見ていたマッドは、突然のサンダウンの動きに眼を見開く。
  が、次の瞬間、喉奥まで押し込まれて噎せそうになり、思わず眼を閉じた。
  息苦しさに動きが止まったその瞬間をサンダウンが見逃すはずもなく、マッドの頭を掴んだサン
 ダウンは、そのままマッドの頭を好き勝手に動かし始めた。
  先程とは完全に逆転した状況。
  主導権を奪われたマッドは、苦しげにくぐもった声を零しながら、口腔内をサンダウンに満たさ
 れるしかない。

 「ん、んんっ、んっ!」

  口の端からは、涎とも精液ともつかない液体が零れ始めている。硬く閉じたマッドの眼の端には、
 涙の塊が盛り上がった。激しくなるそれに、抵抗も出来ないマッドは、ほろほろと涙を零し始めた。

 「んぐ、ん、んんんっ、んあっ!」

  解放は突然訪れた。
  呼吸を奪われた口に、一気に空気が押し寄せる。
  口を閉ざす事が出来ぬほど呆然とした状態で、口からぬらぬらと液を垂らしているマッドの顔に、
 直後、生温かい液体が飛び散った。




 「何すんだ、おっさん!」

  あの後、無意味に煽られたサンダウンに、更に色んな事を強要されたマッドは、とりあえずサン
 ダウンのシャツで顔を拭くと、そう怒鳴った。
  途中まで自分が主導権を持っていたのに、それをあっさりと奪われた所為もあって、マッドの怒
 りもひとしおである。
  しかし、マッドに変態紛い――いや既に変態だ――の事をしたサンダウンは、平然とした顔で、
 こうのたまった。

 「誘ったのは、お前だ。」